第5話 一人暮らしは親のありがたさを一番感じる

(そういえば、こっちに来てから洗濯ってしてないな)


 のんびりしようと思っていた優一に、こちらへ来てから放置されっぱなしだった洗濯物の存在がよぎる。


 優一は立ち上がって、脱ぎ散らかしてある下着類を集めようと周囲を見渡す。実家にいた頃は、こんなに散らかすことはなかったし、洗濯機や脱衣所の洗濯かごの中に入れておけば、親の手によって勝手に洗濯がされていた。当たり前のようにしてもらっていたことが、今や当たり前ではない。


 そんな、おそらく一人暮らし初心者が親のありがたみに気づく瞬間ナンバーワンであろう時間を優一は過ごしていた。


「優一くん、いるかーい」


 洗濯機を回すべく立ち上がった優一の足を止めたのは、玄関のドアをノックする音とともにかけられた声。その声の主はまだ聞き慣れない、やすらぎ荘の大家である中田直樹なかだなおきのものであった。


「はい、います」


 優一はすぐさま玄関から顔を出す。


「や、悪いね」


 顔を出した先には、どことなく申し訳無さそうな表情を浮かべている直樹がいた。


「どうされました?」

「いやね、昨日大事なこと……というか、このやすらぎ荘に住む人で気をつけて欲しいというか、気遣って欲しい人がいることを伝え忘れていてね」


 『気をつけて欲しい人』という言葉を聞いて真っ先に優一の頭に浮かんだのは、昨日の光景。変なおじいさんに「柵にもたれるな」と注意されたこと。


「山本寅太郎と言ってね、もしかしたらもう会ったかもしれないけど……もし強くなにかを言われたとしても、あまり気にしないであげて欲しいんだ」


「それはまた……どうして」


「あの人は少し、というかかなり口下手で。退職をするずっと前からここで住んでいるけれど、彼が素直にものを言っているところは正直見たことがない。だけど長いこと見ているとわかるんだよ。あの人はとっても優しいんだ。まだわからないかもしれないけどね」


 そこまで言い終わると、直樹は「急に長話をしてごめんね」と個包装のお菓子を優一に手渡してその場を後にした。

 山本寅太郎。口下手ということと、おじいさんという情報から察するにおそらく昨日の注意してきた人で間違いはないだろうと見当をつける。


 優一としては、口下手というよりは口が悪いという言葉のほうがしっくり来そうなところではあったが、付き合いの長い直樹が言うのであれば、と納得は行かないながらも理解はしようと努めることにした。


「って、洗濯物……」


 思い出して大慌てで洗濯物を拾い集め、洗濯機の中に放り込んだ。

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