2

合宿が終わり、まだ夏休み中であったため、私はKへ「Tへ線香上げに行く」と連絡を入れた次の日、早朝から特急列車に乗った。

6時間以上かけて私の実家へ着き、昼過ぎにTの家でご焼香し、実家で一泊した後、即座に大学のある地へ戻った。

いや、逃げた。


夏休み中ではあるが、大会も近いということで泳ぐことで逃げた。

何も考えたくなかった。


焼香をしに行ってから一週間くらいたった頃、Kから手紙が届いた。

今時メールでもメッセージでもなく、紙の手紙だった。


------------


Tにお線香上げに行ったんだよね。

Tも喜んでいると思う。

Tは中学時代、あなたにある意味依存していたのは覚えている?

あの頃のあなたが、何にも流されない毅然とした人間に思えていて、近寄ってみたかった、と大学受験の直前に言ってた。

あなたが今通っている大学、Tも受験しようとしてたって。

あなたが受験しようとしてると聞いて、願書とり寄せていたし、受験会場まで行ったらしいのだけど。

あなたの姿を見て帰ってきてしまったらしい。

怖くなったと言っていた。

近づきたいけれど、今更また近寄っていくのが怖いって。

Tはとても臆病だったからね、あなたに憧れてるけれど、今更また近寄る事が怖くなったんだろうと思う、Tがいない今、推測でしかないけれど。


------------


大学も一緒のところに行こうとして、土壇場で逃げた…か。

依存していたという部分はよくわからないが、もし私が大学受験の会場でよく見知った人の姿を見たら逃げたくなる気持ちは何となくわかった。

知ってる人がいて欲しい、けれどもいざそういう状況になると怖くなる…

そういう事だと思うのだが…思うだけだ。


私は重い重いため息をつき、手紙をゆっくりと畳んだ。

心の中に落ちた薄い墨汁の波紋はまだ消えそうになかった。


一ヵ月ほどが過ぎ、水泳の大会も終わった。

思ったより良いタイムを出せたため、2位になれ賞状と盾を授与された。

張り付いた笑顔で受け取り、その笑顔を写真に撮られた。

全てが上滑りしながら過ぎ去っていった。


アパートの部屋に戻って来て、荷物を降ろした途端に、衝動的に賞状を四つに割いた。

盾を振り上げ力任せに床に叩きつけようとしたが、それはできなかった。


今になりKから届いた手紙の内容が脳内に響いてきた。


中学時代、Tが私に依存していた?

私が毅然としていた?


依存していたのは私だろう。

毅然としていたわけではない、人を不愉快にさせずに接する術を知らなっただけだ。

依存していたのは私だろう、私だろう!?


4つに割いた賞状を見下ろした。

1位だったらTに顔向けできたというのか?

それとも3位にも入れないような燦々たる結果だったら自分を納得させられたか?

何にせよ私は苛立っただろうし、空しくなっただろう。


あの連絡が合宿中でなければ。

故郷がもっと近ければ。

私が理由を告げ合宿を抜けることをしていれば。

だとしてどうだったというのか。


「もう、全部過ぎた事だ…」


わざと声に出して言ってみた。


割いた賞状と盾は箱に仕舞い込み押し入れの中に入れた。


大学を卒業し何年も経ってから、ようやくその箱を開けてみる気になれた。

Tの写真は残っているので姿は思い出せるが、もう、Tの声は思い出せなくなっている。


この年の、この出来事は、心の中でささくれのように、いつまでも心の中にわずかな痛みとなって残っている。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20244 いつまでも残るわずかな痛み 茶ヤマ @ukifune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画