KAC20244 いつまでも残るわずかな痛み

茶ヤマ

1

中学時代の唯一の友人だったと言える Tが亡くなった。

自ら命を絶ったらしい。

夏のある日だった。


その知らせを受けた時、水泳の大会に向けての強化合宿中だったため、留守電に残された音声メッセージを聞き、文字でのメッセージを見たのは半日以上経ってからだった。


生まれ故郷は地方の片田舎。

入った大学は、故郷から離れた別の地方の公立大学。

なので直で帰れるわけでもなく。

ましてや、まだ合宿二日目、あと三日残っている。

いや、理由を細かに告げて申し出れば抜けることは可能かもしれないが…。

故郷の最寄りの駅などないので、今抜けようが、明日の朝抜けようが、現地に着くのは変わりなく明日の昼過ぎだ。

それであっても、中学時代の唯一の友人の死を告げる事にためらいを覚えた。


Tとの共通の知り合いで、故郷で職についたKへ「葬儀には行けなさそうだ」とメッセージを入れた。


中学時代の私は、自己顕示欲と承認欲求が酷過ぎる上に、自己陶酔も酷い自己愛の塊だった。

言葉遣いもきつい人間だったために周囲から距離を取られていた。

そんな人間であったのに、隣のクラスであったTは合同授業の時など、私の隣に来て普通に接していた。

思い返すとTも友人が多い人ではなかったので、ある意味、同病相哀れむ的な思いで傍にいてくれたのかもしれない。


何故、死を選んだのか。

それについてはほとんど考えなかった。

考えても仕方がないと思えた。

TにはTの「もう無理だ」と思える事があっただろうし、その警戒水位は私が推し測るのは不可能だと思う。


心の中に薄い墨汁が一滴、落ちて広がったようだった。


振り切るように、泳ぐことに没頭しようとした。

これでタイムが上がったとか、逆に、ものすごく下がったとかならわかるのだが、恐ろしい事に、普通だった。

タイムの上下は、通常の範囲内。

ご飯もふつうに食べる。

睡眠も普通に眠れる。

そんなものなのだろうか。


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