第41話 二人のスケッチブック

 ヘルマンさんがウルリヒとルーペルトの墓を用意してくれた。小さなひつぎに一人と一匹を一緒に収め、地面の奥深くへと埋葬した。

 アロイスさんは大怪我を負いながらも一命を取り留め、回復するまで病院で療養することになった。ベルナルトさんの迅速な応急処置が効いたらしい。

 ジークさんは軽傷だったため、すぐに仕事へ復帰した。純血の魔猫もまた特別な力を持っていることを話したら、彼女は論文を書き直さなくちゃと悲鳴を上げていた。

 ベルナルトさんも軽傷で済み、翌日にはすっかり元気になっていた。事の顛末てんまつを話したら、精霊たちが勢揃せいぞろいしたところをぜひ見たかったと笑っていた。

 精霊たちについてはどうなったか知らない。いつか聖地へ行こうとは思うが、それはまた別のお話だ。


「ハインツ、ちょっとこっち来て」

 カウンターでうとうとしていたオレははっと目を覚まし、反射的にがたっと立ち上がった。

「何ですか?」

「これ、噴水みたいじゃないかい?」

 先生の手にしたのはうっすら青みのかったクオーツのクラスターだ。手の平に乗るほど小ぶりなもので、同じくらいの塊が三方向に伸びている。

「え、どこが?」

「ほら、ここからこう」

 と、指で噴水の水と思しき動きをしてみせるが、オレにはさっぱり分からなかった。

 じとりとした目をしてオレは呆れる。

「ふざけてないで仕事してください」

「えー、ひどい。せっかくおもしろいと思ったのに」

 先生はしょんぼりした様子でクラスターを机へ置いた。すると床にいたリーゼルがジャンプしてくる。

「ふんすいって何みゃ?」

「ああ、リーゼルは見たことなかったね。えっと、噴水っていうのは、水が下から上に――」

 あれから二週間が過ぎ、オレたちは魔法雑貨屋へ戻ってきた。先生はまだ魔法兵として軍隊に所属しており、緊急時にだけ招集がかかるらしい。当然ながら、オレの存在は隠されたままだ。

 リーゼルは先生の婚約者の名前だったことを知って腹を立てたそうだが、それは今の名前を気に入っているからだった。そのため、結局そのままリーゼルと呼ぶことで合意した。

 先生はまだ過去のことを忘れられたわけではないが、前向きに日々を生きようとしていた。そんな彼をこそ、オレは支えていきたいと思っている。

「っていうか、妖精のデザインはどうなったんです?」

 今日も客がいないため、オレは作業場と店の境界に立つ。

「ああ、それなんだけどうまくまとまらなくてね」

「じゃあ、作らないんですか?」

「うーん、どうしようかなって感じ」

 リーゼルはクオーツクラスターが気に入ったのか、前脚でちょんちょんと触っていた。

 そんな魔猫を横目に見つつ、言ってみる。

「オレ、ちょっと楽しみにしてたんですけど」

 眼鏡越しに彼の目がキラキラと輝く。嬉しそうに笑みを浮かべて先生は言った。

「嬉しいなぁ。それは頑張らなくちゃ、と言いたいところなんだけど」

「何か?」

「実はね、君にデザインしてもらえないかなって思ってた」

 と、先生がにこにこしながら鉛筆とスケッチブックを差し出してくる。

「ハインツがデザインして、それを僕が作るんだ。どうかな?」

「……そ、そんなのやりたいに決まってるじゃないですか!」

 手を伸ばして受け取り、内心でわくわくする。

「っていうか! オレにも魔法雑貨の作り方、教えてくださいよっ」

「え、知りたいの? いいよ、全然教える」

「あっ、う……」

 お礼を言おうとして恥ずかしさが限界を越えてしまった。

「で、でも、まずは妖精のデザインからで……」

 と、熱くなった頬をスケッチブックで隠す。

 先生はくすりと笑ってうなずいた。

「うん、いいよ。デザインが決まったら作り方を教えよう」

「は、はい……」

 そして逃げるように店へ戻ったのだが。

「最近のハインツは素直で可愛いなぁ」

 と、先生の声がして、ますます恥ずかしくなってしまう。――あの夜、世界の終わりに遭遇したことで、オレは努めて素直になろうとしていた。いつかオレたちは死ぬから、いつ死ぬか分からないから。

 再び椅子へ座ってスケッチブックを開くと、先生のこれまで考えてきた魔法雑貨が描かれていた。次のページにも、さらに次のページにも。

 商品化したものもあれば、没になったものもいっぱいある。そのどれもに覚えがあり、まるでオレとの七年間がぎゅっと詰まったようなスケッチブックだと思った。

「……」

 白紙の前のページにあったのは、オレがこの前描いた妖精だ。

「オレの絵も、増えていくのかな」

 小さな声でつぶやいてくすっと笑う。先生のスケッチブックではなく、先生とオレのスケッチブックになってしまいそうだ。

 すると作業場から声がした。

「何かいいことでもあった?」

「えっ、あ、いや――」

 とっさに振り返って、何でもないと言おうとしてやめた。スケッチブックを手にし、オレの絵が描かれたページを見せながら視線をそらす。

「こ、このスケッチブック……オレと、父さんのものになっちゃうのかな、って……」

 彼がそっと眼鏡を外して机へ置く。

「ハインツ、抱きしめてもいい? いいよね?」

 言いながらもうこっちへ来ては、後ろからぎゅっと抱きしめた。

「やっと父さんって呼んでくれた!」

「うっ、苦しいです。っていうか暑い」

「だって嬉しくって! 今日の夕飯は何でもいいよ、何だって食べる」

「じゃあ、ニンジンですね」

「いいよ! それと今日は添い寝しよう!」

「そ、それはちょっと……」

「あっ、暑くて嫌か」

「それもなんですけど、やっぱり、その……恥ずかしいので」

「ハインツ! 大丈夫、好きだよ!」

 何がどう大丈夫なのか分からなかったが、父さんがあまりに嬉しそうだから、オレも少しだけ笑った。

「もう、今日だけですからね」

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魔法使い連続殺人事件と失われし聖地〜世界で唯一混成魔法が使える養父と売れない魔法雑貨屋をやっています〜 晴坂しずか @a-noiz

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