心のささくれ

くれは

 * 

 朝は寝坊した。慌てて飛び乗った電車の中で、メガネを忘れてきたことに気づいた。仕事でミスをしたのはそのせいもある。言い訳だけど。

 帰りの電車でポケットに入れそびれたスマホを取り落とし、画面が割れた。拾おうとして手を踏まれた。

 なんなんだ今日は。


 そう思って家に帰ってシャワーを浴びて部屋着に着替えてぼんやりしていたら、自分の心が随分とささくれだっていることに気づいた。

 本来なら滑らかなはずの表面は、たくさんのささくれができていて随分と刺々しい。

 調子の悪さはこれのせいかと気づいて、心を取り出してテーブルの上に置く。


 オリーブオイルが良いらしい。コットンにオリーブオイルを含ませて、そっとささくれを撫でてゆく。

 そういえばここのところ、自分の心を手入れする時間がなかった。時間を取らないでいるとこんなになってしまうんだ、と少し後悔する。

 でもこの後悔も日々の忙しさにかまけて、もう何回目だろうか。小さく溜息。


 目立ったささくれは爪切りで切ってしまうことにした。軽く引っ張ると、わずかな痛みもあるけど、なんだかむず痒いような、妙な快感がある。

 大きなささくれを爪切りで切ったけれど、切り口が少し出っ張って、かえって気になってしまう。指先で撫でると引っかかる感じ。

 そっともう一度爪切りを当てる。ぐ、と深く押し込む。ばちん、と力を入れるとき、思ったより痛みがあった。そして、心の中から赤黒い血が滲んできた。

 やりすぎちゃったな、と自分の心を見る。それでも、その痛みさえ、なんだか今は心地よいような気がした。


 絆創膏を血が滲むところに貼り付ける。じくじくとする。でも、ささくれを綺麗にしたという快感もある。

 ささくれを引っ張ったり、剥いたり、深く切りすぎたり、どうしても気になってやってしまう。性分だと思う。


 残りのささくれもすっかり処理して、心のケアは終わった。

 その日はすっきりした気持ちで眠れたし、きっと明日は大丈夫だって気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心のささくれ くれは @kurehaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説