行先が暗い道でも

秋犬

行先が暗い道でも

 ミヨは暗い峠道を走っていた。


「あ、兄様あにさまの手袋……」


 懐を探るが、兄から工場に働きに行く時に貰った赤い手袋がなかった。


「しっかり持っていたはずなのに」


 雪のちらつく峠道は、一瞬でも足を止めればそのまま凍りついてしまいそうなほど寒かった。


「手袋! ︎︎兄様の手袋!」


 ミヨは立ち止まり、峠道を振り返る。あの地獄のような工場に忘れてきたのだろうか。ミヨは目の前が夜道より真っ暗になった。


「これ、落としましたか?」


 背後に立っていた人影が、ミヨに手袋を差し出す。


「ああ! ︎︎これです! ︎︎ありがとうございます!」


 ミヨはしっかりと手袋を握りしめ、それから手にはめる。ヒビもささくれも全てを隠す、暖かそうな手袋だった。


「夜道は暗い。気をつけな」


 ミヨは再度人影に礼を言い、先を急いだ。こんな時間にこんなところに人がいることについて、疑問は持たなかった。


 ***


「ひー、寒い寒い」


 手袋を無事に届けたシノスは、ロードの待つ時空艇に戻ってきた。


「歴史はどうなった?」

「ちゃんと修正されたみたいだけど……」


 ミヨは無事に故郷の村についた。しかし、極貧の村にミヨの居場所はなく、体裁を考えた親によってミヨは人買に売られてしまう。その後都会で芸者になったミヨはとある大物政治家に目をかけられ、男児を産むことになる。


「自分の息子が後の世界を変える政治家になるなんて、信じられないだろうね」

「ああ、その前に再び自分が売られることもな」


 それでも故郷を目指したミヨについて、2人は思いをめぐらす。


「身捨つるほどの祖国はありや、か……」

「何だそれ?」

「昔の詩だ。命をかけてまで祖国が大事かってことだ」

「それは……大事なんじゃないかな」


 シノスのぼやきに、ロードは続ける。


「祖国なんてものはわからないけど、生まれた場所に帰りたいと思うのは自然なことだと思うから」

「自然、ねえ……」


 雪はますます強く降り始めた。2人は雪から逃れるように、その時代を後にした。




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行先が暗い道でも 秋犬 @Anoni

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