四章 何かが少しずつ変わってる気がするぜぇ!

 俺が催眠アプリ……じゃなかったな。

 相棒に出会い、その力を美少女ギャルの相坂に使い出してから少しばかり経った。

 怪しまれない程度に予約催眠によって相坂を呼び出し、いつものようにあの豊満な体に包み込んでもらいながら、相坂の状況について確かめるのはもはや日課のようになっている。


「最近の俺、あまりにも充実してるわ」


 これも全て相棒のおかげと言っても過言ではない。

 そのせいもあってか俺は毎日寝る前に、相棒に向かってお礼を口にするようになったほどなのだから。


「そろそろ相坂以外の女の子をターゲットにしてもいいんだが……とにかく相坂が良すぎてなぁ」


 そう、あまりにも相坂と過ごす時間が良すぎて他の女の子に目移りする暇もない……まるで俺が一途な善良男子みたいだけど、その実は無抵抗の女の子に好き勝手する外道……ふっ、俺も慣れてきたもんだぜ。


「今日も世話になるぜ相棒」


 スマホに向かってそう呟き、部屋を出たところで姉ちゃんとバッタリ出くわした。

 羨ましいことに姉ちゃんは今日休みということで、一日のんびりと家から出ずに過ごすらしい。


「あら、今から出るの?」

「うん。行ってくるよ」

「行ってらっしゃい……あ、甲斐」

「なに?」


 階段を降りる途中で姉ちゃんに呼び止められ振り向く。

 近付いてきた姉ちゃんはいつものように小さいけど、階段の段差のおかげで顔の高さはちょうど同じくらいだ。

 正面に立った姉ちゃんは特に何を言うでもなく、よしよしと笑いながら俺の頭を撫でてきた。


「えっと……なんで?」

「甲斐ったら最近とても楽しそうにしてるから。弟に何か良いことがあったのかなって気にはなるけど、姉の身からすれば理由がなんであれアンタが楽しそうならそれで良いから」

「……………」


 姉ちゃん……なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。

 即座に赤くなった顔を見られたくなくて視線を逸らしたものの、姉ちゃんはクスクスと笑っているので意味は無かったらしい。


「それじゃあ今度こそ行ってらっしゃい」

「おう」


 朝からこんな気持ちにしてくれてありがとう、そんな気持ちを胸に抱きながら俺は家を出るのだった。

 まあでもこうして楽しく過ごせている理由が理由なだけに、若干姉ちゃんに対してごめんなさいって気持ちもあったけれど今更ってやつだ。


「よ~し、今日も相坂と楽しいことしちゃうもんねぇ~」

 早く予約催眠の発動する昼休みにならないだろうかと、そう考えるだけで鼻の下が伸びてしまう。

 眠たい中、学校まで向かうこの時間が億劫だったはずなのに今は本当に楽しみで仕方ないんだ――これぞ正にエロの力、やはりエロが世界を救うというのは真実らしい。

 気分ルンルンと言った様子で歩き続け、生徒の数が増えてきたところで俺はある女子に目を向けた。


「あれは……」


 艶のある髪を揺らし、堂々と歩く一際目立つ美少女――彼女は本間絵夢と言って一つ下の後輩だ。

 相坂ほどではないが彼女もスタイルが良く、クールな雰囲気も相まってとても人気の女子なんだが……彼女は氷の女王なんていう恥ずかしい異名を持っており、その理由はこっぴどく告白してきた男子を振るという姿から囁かれるようになった。


「氷の女王ねぇ……くくっ、良いねぇ」


 学年も違うので俺は本間と話したことなんてないしどんな人柄なのかも全く分からない。

 性格はともかく見た目はとんでもない美少女なので、いずれはあの子も俺の魔の手に落としてみせる! 氷の女王だなんて呼ばれる冷めた女の子を好き勝手出来るなんて最高だろマジで。


「こうして更に俺の外道レベルも上がってくんだねぇ」


 だから待ってろよ本間、いずれ必ずお前にはあられもない姿を披露させてやるからなぁ!

 グッと握り拳を作った俺だが、そんな俺に前を歩く本間が振り返った。


「……え?」


 握り拳のまま流石の俺も硬直してしまい、どうすれば良いのか分からなくなってしまう。

 まさか欲望が漏れ出たか、それとも声に出ていたか、色んな可能性を考えたが、本間は何もなかったかのように前を向いてそのまま歩いて行ってしまった。


「……なんやねん」


 俺のそんな呟きは無情にも空気へ溶けていくだけだ。

 ただあれは俺に振り向いたというよりは、何か気になって背後を見ただけにも思えるけど……まあ一言言わせてもらうなら、氷の女王と言われているのが分かるくらいに冷たさを纏う整った顔立ちでドキドキした。


「必ずやってやる……今はそれだけで十分だ」


 相棒、覚えておけよ――あれもまた獲物だってな。

 果たして本間はどんな姿を催眠時に見せてくれるのか、それを想像すると相坂の時と似た興奮が俺を襲う。

 よくよく考えればこの学校には相坂同様、あの本間のように美人と言われている女の子は大勢居るので、まだまだ俺にとっての楽しみは尽きることがなさそうでワクワクする。


「おはよ~さん」


 学校に着き、そして教室に着いてもワクワクは途切れない……それはつまりずっといやらしいことを考えていたというわけだ。

 相坂や本間、そしてまだ見ぬ美少女たちのこと……それを考えていた俺にまさかの人物から声が掛かり、俺の思考は一瞬にして停止した。


「真崎君、ちょっと良いかな?」

「……ほへっ?」


 間抜けな返事をしてしまった俺が声の出所へ視線を向けると、そこに立っていたのは相坂だった。


「相坂……?」


 なんで……?

 どうして相坂が俺に声を掛けてきたんだ……?

 クラスメイトだから別に珍しくはないんだろうが、それでもこんな朝っぱらに催眠状態ではない相坂が声を掛けてくることは……今までなかったはずだ。

 まさか催眠のことがバレた?

 そんなあり得ない不安を抱えた俺だったけど、相坂の表情からそうではないことはすぐに分かった。


「ほら、あれ」

「あれ?」


 相坂がピッと指を向けたのは黒板。

 その隅っこに今日の日直が俺と相坂であることが示されており、あぁっと納得するように俺は立ち上がった。


「ごめん相坂、すぐ行くよ」

「うん」


 他の高校がどうかは知らないが、うちは朝礼前に日直が日誌を職員室まで取りに行くのが習わしだ。

 忘れたりしても先生が持ってきてくれるのだが、そういう決まりであるなら真面目にやった方が絶対良いに決まってる。


「真崎君と日直をするのって初めてだよね」

「だな」


 相坂の問いかけに頷き、言葉数少なめに職員室へと向かう。

 先生から日誌を受け取り教室へと戻る途中、俺は何とも不思議な問いかけを相坂からされることに。


「ねえ真崎君」

「うん?」

「真崎君の声って落ち着くとか言われない?」


 俺の声が落ち着く……? 一体何を言ってるんだこの子は。

 ポカンとする俺を見て相坂はごめんごめんと苦笑し、どうしてそんなことを聞いてきたのか教えてくれた。


「いきなりごめんね。なんでそう思ったのか……う~ん、私もよく分からないんだよね。でも何となく安心するっていうか、不思議な感じがしただけだよ」

「……ふ~ん?」


 どうやら俺の声には女性を安心させる力があるようだ……ってそうはならねえだろうがよ。


「ご、ごめんね本当に……気にしないで!」

「……おう」


 大きな声にビックリしたが、それ以上に若干頬を赤くしている相坂が凄く可愛かった……なんというか普段絡みの無い俺に対してこんな風に接してくれる相坂を見ていると、最近流行りのオタクに優しいギャルを見ているみたいだ。


「まあなんだ……今日一日、よろしく頼むわ」

「うん、よろしくね」


 ニコッと、相坂は微笑んで頷く。

 相坂ってマジで美人だし、こんなに表情豊かで嫌味の無い言動が多いんだからモテるってのが良く分かる。

 だがしかし! そんな彼女も俺の力から逃れる術はない……くくくっ、今日の昼休みもたっぷりと付き合ってもらうからなぁ!


「……からの最低な時間の到来で~す!」


 さっさと時間は流れてまたまた昼休み。

 いつものように空き教室を訪れた俺、そんな俺に遅れるようにして今日もまた相坂は催眠状態でやってきた。


「じゃあ相坂、またいつもの頼むわ」

「うん」


 おいで、そう言わんばかりに腕を広げた相坂に俺は飛び込む。

 ふんわりとした柔らかさを頬に感じながら、俺は朝のことを思い出しながら口を開く。


「いやさぁ。朝はあんなことを言ってくれたわけだけど、実際の俺はこんなことをしてるわけさ」


 声が落ち着く? 不思議な感じ?

 悪いが相坂、本当の俺はこんな風に意識の無い君を好き勝手しているだけのクズなんだよ。

 スリスリと顔を押し付ければ、その強弱によって形を変える相坂の豊満バスト……う~ん最高!


「……でも」


 チラッと、俺は目線を上げた。

 相変わらず光の無い瞳を俺に向け続ける相坂は間違いなく催眠状態、俺の言うことを忠実なまでに熟す人形と化している……こんな様子を見ていると、あんな風に言ってくれた相坂に対してとてもとても申し訳ない気持ちにさせられてしまうが、それでもこの最高の時間を手放そうだなんて思えるわけもない。


「……ふぅ、満足満足」

「もう良いの? まだ時間たっぷりあるよ?」


 顔を離した俺に相坂がそんないじらしいことを言ってくれた。

 最初の内は俺の問いかけに反応するだけだったのに、最近は相坂の方からこんな風に聞いてくれることも増えた。

 これって相棒の力なのか? よく分からないが、相坂が催眠状態であることは疑いようもないだろ? だってクソみたいな変態クラスメイトに、正気の状態でこんな提案をする女の子が居るはずもないからな。


「ありがとな相坂。でも今日は少し趣向を変えてだな……えっと、俺の腕を抱くようにしてくれるか? ほら、恋人に寄り添うような感じで」

「分かった」


 俺の言葉に頷いた相坂は、俺の隣に移動しギュッと腕を抱いた。


「……最高かよ」


 こんなものはエッチな行為でも何でもない……それなのに女の子にこうされることの満足感たるや素晴らしいものがある。


「良きかな良きかな」


 相棒の力によって相手を征服する興奮はもちろん良いんだけど、それ以上にこういうことで幸せを享受するのもまた最高だ。

 俺は腕に感じる大きな膨らみについて、堂々と相坂へと質問する。


「こんだけ大きいと色々大変じゃないか? 胸の大きい女性って下着とか選ぶの大変って聞くし」


 普段なら絶対に聞けないこともこの通りである。


「うん。お金は掛かるし肩も凝るから……それにいやらしい視線もたっぷり浴びちゃうね」

「それは仕方ないなぁ。こんな立派な物があれば、男なら誰だって見ちゃうっての」


 現に俺がそうだし、何なら顔面で味わったりしてるし。

 俺が知ってる催眠アプリ物ってエッチするだけだし、相手は特に会話をしたりしないしで……言うことを聞くだけじゃ味気ないものだと思ってたのに、こうやって会話が成立するから本当に楽しくて仕方ない。

 相手が催眠状態であっても会話が成立するだけでなく、棒読みでもないから普通に喋っている感覚になれるのも素晴らしい。


「楽しいの?」

「めっちゃ楽しいよ。俺、相坂に催眠掛けて良かったわ」


 堂々とこんなことを言える俺も中々の悪に染まったもんだ。

 何度も言っているが、これから先のステップに進めてこそ俺は更に上へと至れる……それなのに。


「……なあ相坂」

「どうしたの?」


 俺の問いかけに、彼女は無表情で返事をした。

 感情の起伏に乏しい声音のため、彼女の言葉には俺に対する心配の色は見えない……だが、この無表情と光の無い瞳の向こうに本来の彼女が見えてくるんだ。


「君は……ぶっちゃけどう思ってるんだ? このやり取りを」


 本来の相坂はこのやり取りを何も覚えてはいない……だからこそこの問いかけは無意味に等しい。

 俺は一体……相坂に何を求めてるんだろう。

 催眠状態の彼女は嘘を吐けないからこそ、今の相坂が何を思っているのか俺はそれを聞きたかった。


「私、このやり取り好きだよ? 全然嫌じゃない」

「……ふぇ?」


 好き……嫌じゃないだって?

 おそらく今の俺の顔は凄まじく呆気に取られたもののはずだ……相坂はそんな俺を気にした様子もなく、抑揚のない声音で続ける。


「絶望の底に居た私を真崎君は救ってくれたんだよ? あいつがおかしくなったのも全部、真崎君がやったんでしょ? 前にも言ったけど凄く清々したし……それに逐一私のことを心配して、誰にも言ってないこれのことも気に掛けてくれるじゃん」


 相坂は腕捲りをして薄くなった傷痕を露にした。

 もう新しい傷が出来てないのはもちろんだけど、元々あった傷も前に見た時に比べれば全然マシだ。


「い、いや……だからって俺がやってるのはだな――」

「真崎君の声……凄く落ち着くし、真崎君から感じる優しさとか気遣いは本物だって分かるから。心に響く真っ直ぐな気持ちが伝わるから」

「……そうか……そうなのか」


 へぇ……なら良いのか?

 俺は本当に何も悪いと思うことなく、ただただこの時間を満喫しちゃっても良いってことなのかい?

 それ以上は口にする言葉がなくなったのか相坂は沈黙した。


「って、俺はどう反応すりゃ良いんだよ!」


 こんな風に言われるなんて予想外すぎる!

 自我がない催眠状態なのに、それでも俺って単純だから舞い上がっちまうぜ。

 だって本当の相坂は俺が助けたこと、そして相棒の存在さえも知らないんだからな……けど、こんな風に言われたら興奮して色々と言いたくなっちゃうじゃないか!


「な、ならこれからも思う存分好き勝手しちゃうからな⁉ 良いんだな相坂⁉ 今更やっぱりダメとかなしだからな⁉」

「うん」


 言質取ったぞ? 絶対に取ったからな⁉

 抱きしめられている腕とは別の腕を思いっきり天へ持ち上げてガッツポーズをする……ふへっ、これで心置きなくこれからも相坂に催眠を掛けられるってもんだ。


「いやぁ今日も最高の時間だったわ。それじゃあ相坂、戻って良いぞ」

「うん」


 相坂が教室を出て行った後、俺も遅れる形で教室に戻った。

 さて……俺はこうして昼休みに催眠状態の相坂と疑似逢引きをしているわけだが、当然のようにこんなことを友人二人から言われてしまう。


「なあ、昼休みにどこで何をしてんだ?」

「ずっと居なくなってるよな?」

「……あ~」


 それは最近の俺を見ていれば出てくる至極当然の疑問だろう。

 俺としてもついに来たかって感じだったが、こんなのは想定済みで答えを用意していないわけがなかろう。

 悪党は表情を変えずに嘘を吐き、そしてその嘘をさも本当のように語るものだ。


「実は最近、腹の調子が悪くてさ……すまん」

「マジか……大丈夫か?」

「下痢か? 気を付けろよ~」


 割とマジで心配されたことに心の中で申し訳なさが溢れたが、相坂との時間を天秤に掛けたら圧倒的にあっちの方が大事だからな……だからごめん二人とも、俺は欲望を手にし続けるため嘘を吐くわ。

 ちなみに相坂の方も同じことは聞かれていたみたいだが、催眠というのはとても都合の良いものらしくそれっぽい理由を相坂に植え付けているようで、彼女の方は特に怪しまれてはいないらしい。


「なあ相坂、最近何してんだ?」

「そうだぜ。昼休みに居なくてつまんねえんだけど」

「ちょっと、茉莉はちゃんと説明してるでしょ?」

「しつこく聞くとか嫌われても知らないわよ?」


 相坂のことがあそこまで気になるのは男子だけのようで、しつこく聞いているのも彼らくらいのものだ。

 今まであまり気にしたこともなかったけど、ああやって相坂の周りに集まる彼らは全員でないにしろ彼女に気がありそうだな……まあ俺としてはあんな目立つ連中を出し抜けているようで機嫌が良い。

 そして時間は流れ放課後になり、相坂と向かい合って仕事の仕上げだ。


「ふんふんふ~ん♪」

「……………」


 日誌を書く相坂は鼻歌を口ずさむくらいに機嫌が良いらしく、俺が傍に居るのも忘れるくらいの勢いで日誌をどんどんと埋めていく。

 黙って見ているだけの俺が逆に除け者に思えてしまうが、こうして見ていると相坂って字が凄く綺麗なんだなとか色々と発見も多い。


「相坂って字が綺麗だな」

「そう? まあこれでも昔は書道のコンクールで入賞してたしね」

「そうなんだ」

「うん。真崎君はそういう経験ないの?」

「生憎と全然だな……つうか俺、字が汚い方だからさ」


 自慢じゃないが俺は字がそこまで綺麗じゃない。

 読めないほど汚いわけじゃないけど、出来れば女の子にじっくりと見てほしくないくらいには字が汚い。


「それならちょうど良かったじゃん。私が全部書いてるし」

「いやほんとに助かるわ……って、それじゃあ俺が仕事してなくてダメな気がするぞ」

「それもそっか。じゃあ残りは真崎君が書いてよ」


 日誌を差し出した相坂はニコッと微笑み、彼女の使っていたシャーペンも俺へと差し出す。


「えっと……自分のあるけど」

「良いよ。それ使っちゃって?」

「……うん」


 彼女の握っていた体温が残るシャーペンを受け取り、俺は残り少しの欄を埋めていく。

 先程相坂に言ったように俺が書く字は決して綺麗じゃない。

 だが相坂がジッと見ている手前でもあるので、俺はゆっくりと出来るだけ綺麗に書くのを心掛けていたが……途中からは開き直ってササッといつものように手を動かしていた。


「そんなに汚いかなぁ……普通じゃない?」

「お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しいよ」

「そんなつもりないんだけどねぇ」


 ニコニコと、何が楽しいのか相坂はずっと笑顔だ。

 一つの机を挟んで向かい合うこの状況……催眠状態でない相坂とこんな近い距離に居るなんて、こうして日直の仕事をする以外ではほぼほぼあり得ない距離感だろうな。


「……………」

「ふふっ♪」


 それにしてもなんで……相坂はこんなに楽しそうなんだろう。

 チラッと盗み見るように彼女に視線を向けた時、偶然に相坂も俺の顔を見ていた……そのせいでガッチリと互いの視線が噛み合ってしまい、初心な俺はサッと視線を逸らす。


「こら、サッと視線を逸らしたら相手を傷付けちゃうよ?」

「……ごめん」


 すんません……でも、これは仕方ないと思うんだ。

 普通に相坂と話すのが慣れてないのはもちろんだけど、自我のない相坂にあんなことやこんなことをしてるわけだし。


「それで……なんかあった?」

「ううん、見たくて見てただけ」

「……………」


 なるほど、こうやって女の子に男は勘違いするわけだ。

 果たして相坂の周りに居るあの連中の何人がこの子に落ちたのか……まあ俺からすればどうでも良いことか。


「よしっ、終わった」

「だね。それじゃ、先生の所に行こっか」


 相坂と共に教室を出て職員室へと向かう。

 終礼が終わってからそこそこの時間は経っているため、好んで教室に残る生徒以外の姿はなく、教室もそうだけど廊下も静かで大変歩きやすい。


「てか相坂は先に帰って良いぞ? これを渡すだけなら俺で十分だし」

「渡すまでが日直の仕事でしょ? 最後まで付き合わせてよ」


 ……この子、ホンマにええ子やで。

 内心でこれでもかと感動し、帰る前にまた催眠を掛けて好き勝手しようかなと最低なことを考えながら職員室に着く。


「二人とも、今日の日直お疲れ様。気を付けて帰りなさい」

「うっす。さよなら先生」

「さようなら~!」


 俺も相坂もそれから真っ直ぐに教室へ戻り、荷物を纏めてほぼ同時にまた教室を出た。

 晃は部活で省吾は既に帰り、相坂の方も友達はみんな早々に帰ったようでお互いに一人と……それは良いんだが、相坂にさよならと声を掛けて教室を出るとすぐ彼女は待ってと追いかけてきた。


「どうした?」

「流石に素っ気なさすぎじゃない? 残ってるの私たちだけなんだから下駄箱くらいまでは一緒に行こうよ」


 そう言って相坂は当たり前のように隣に並んだ。


「相坂って……コミュ力お化けだな」

「お化けって酷くない? でも貶されてるわけじゃなさそうだから良しにしとこっかな」


 全然貶してないしむしろ褒めてるよ。

 しかし……こうして相坂と二人になってしまうと、どうにか相棒の力を使ってどこかに連れて行きたい気分にさせられる。

 昼休みで満足出来たと思っていただけに、一度考えると中々この欲望は消えてくれないらしい。


(そもそも相坂が悪いんだぞ? 朝に俺の声が落ち着くとか、さっきのさっきまですっげえ楽しい時間を提供してくれたから)


 ただの日直の仕事だというのに、相坂との時間は本当に楽しかった。

 話していた内容は世間話に等しいとしても、普段通りの相坂と話をすることがああも新鮮というか嬉しくなるなんて思わなかったぜ。


「……やるか」


 すまん相坂、やっぱりこのまま帰るのは我慢ならねえわ。

 俺は即座にスマホを取り出して相棒を起動……しようとしたのだが、残りの充電を見てハッとする。


(充電がもうねえ……だと⁉)


 そう……充電が、俺の命がもう尽きかけていた。

 もはやこの相棒の宿るスマホは俺の半身と言っても過言ではなく、残り二十パーセントの充電が俺の命の灯……あぁ、なんてことだ。


「ちょ、ちょっと真崎君⁉ 凄い顔が青いよ⁉」

「相坂……俺はもうダメかもしれん」

「真崎君⁉」


 一体何があったのと俺の肩を揺らす相坂に、俺はボソッと正直に言う。


「充電が……もうねえ」


 そう言った時の相坂の目を俺はたぶん忘れないと思う。

 一瞬目を丸くしたかと思えば、心配して損したとホッと優し気な眼差しに変わったことに。

 そうなんだ……相坂は呆れたりするのではなく、安心したように俺を見てくれたんだよ。


「スマホを見て顔色が変わったからショックな連絡でも来たのかって心配しちゃったよ」

「ごめん……マジでしょうもないことだ」


 どんだけ相坂良い奴なんだよ本当に……俺、こういう子と将来結婚したいって本気で思うわ。

 不相応なことでも考えるだけならタダだし、これくらいは好きに思わせてくれ。


「あ~あ、これからどうしよっかなぁ。友達は遊んでると思うけど、今から合流するのもねぇ」

「相坂の友達のことだから待ってるもんと思ってたけど」

「私が今日は終わったらそのまま帰るって言っちゃったからね。ああでも言わないとあの子たちはともかくあいつら残り続けるし」

「……ふ~ん」


 あの子たちというのは仲良くしている女子たち、そしてあいつらというのは相坂に言い寄っている男子たちだろうか……何となくそんな気がする。


「相坂も苦労してんだな」

「友達付き合いって楽しさと面倒が半々みたいなもんだよ。真崎君はそういうことない?」

「俺は特に普段の面子と一緒に居て疲れたりは……ないかな」

「普段の面子って言うと向井君と遠藤君かな?」

「そそ」


 もちろん他にも友人は居るけれど、普段の面子と言えば彼らだ。


「あいつらは……良い友達だよマジで」


 元々俺たち三人は最初から一緒に居たわけじゃない。

 省吾とは席が隣になった時に漫画とアニメのことで話が弾み、晃とは体育の時にサッカーで同じチームになったのがきっかけで……なんつうか誰かと友達になる瞬間って急なもんで、それで後になって気付けば友達になってるもんなんだよな。


「……真崎君、凄く優しい顔してるよ?」

「え?」

「それだけ友達のことが大切なんだねぇ」

「……………」


 改めて言われると照れちまうな……。

 その後、相坂が言ったように俺たちが一緒だったのは下駄箱まで……靴を履き替えた彼女は笑顔で手を振り歩いて行った。


「……不思議な時間だったな」


 本当にそう思う。

 そもそもこんな風に不思議に思ったのは相坂とあそこまで話せたこと、より具体的に言えば終始砕けた雰囲気で……それこそああやって近くで長い時間話したのは初めてなのにだ。


「催眠状態の相坂と話をしていたから……か? たぶんそんな気はするけど、相坂の方があんな風に俺に対して友好的だなんてなぁ」


 いや、そもそも相坂は誰とでも仲良くなれるタイプの人間なので、俺だからあんな風に優しいということはないはず……なるほどこれが相手の男を勘違いさせるってことかやっぱり。


「……俺も帰ろっと」


 いつもなら面倒だし面白みのない日直の仕事も、今日は相坂のおかげで本当に楽しかった。

 このお礼はまた明日、催眠状態の彼女に好き勝手するという形でさせてもらおうかな。


「お、甲斐じゃないか!」

「っ⁉」


 完全にエロエロな妄想のせいで気が抜けており、遠くではあったが名前を呼ばれてビクッと肩が震えた。

 声の在り処に視線を向けるとそこに居たのは部活中の晃だ。

 ユニフォームをグラウンドの土で汚し、汗を掻いたその姿は彼のそこそこ整っている顔面に憎たらしいほど似合っている。


「日直の仕事、今終わったのか~?」

「お~う! これから帰るところだ~!」

「そうか~! 相坂に失礼なことしてないか~?」


 お前はなんてことを響く声で聞いてんねん……既にもうやってるけど。

 馬鹿野郎という意味を込めて中指を立ててやると、晃はケラケラと楽しそうに笑いながら練習に戻って行った。


「……相坂に言ったこと、取り消そうかな」


 そうは思ったが、必死に駆け回る彼を見ているとそんな気持ちも失せて行き、俺は自然とこんな言葉を漏らしていた。


「頑張れよ……三年だし、今年が最後だからな」


 ……俺らしくないなと頭を掻きながら、学校を後にするのだった。

 学校から少し歩いたところでスマホが震え、充電が残り僅かなのに誰からの連絡だよと顔を顰めたが、送り主の名前は省吾だ。


『新しく出来たメイド喫茶めっちゃ良さそうだぞ! 今度、晃も連れてみんなで行こうぜ!』


 内容としてはそんなもの……ったく、明日でも良いだろこんなの。

 顔を顰めた俺だったがやっぱりそれは間違っていなかった……けどこの文面からどうしても行きたいんだという興奮と期待が見え隠れし、いつも変わらないなと苦笑する。

 笑った時の俺はもちろんしかめっ面なんかじゃない。


「なんつうか……悪くないなこういうのって」


 友人に囲まれて過ごす日々……うん、本当に悪くない。

 この尊い気持ちを糧に、明日もまた相坂に……そして新しくターゲットに選んだ本間に対し好き勝手しようじゃないか!


「ははっ、最低だなおい」


 俺はそう言って笑い、また明日から訪れるワクワクなパラダイスに胸を躍らせるように帰路に就くのだった。


▼▽


 日直を通しての相坂との時間を過ごした翌日のことだ。

 俺は昨日断言していたように昼休みになった瞬間、速攻で空き教室へと向かい相坂がやってくるのを待った。

 そして訪れた催眠状態の彼女に抱きしめられ、最近の日課でもある最高の時間を謳歌する。


「やっぱこの柔らかさだぜぇ……」

「気持ち良いかな?」

「めっちゃ気持ち良い」

「いつでもしてあげるね」


 相坂ぁ……ほんまに最高やで!

 俺を見ている彼女はやはり無表情で昨日の面影はない……もしも今この瞬間に催眠を解いたら、きっと彼女は大きな声を出して俺を拒絶するんだろうなぁ。

 そこには昨日の優し気な姿はなく、完全に俺を敵と見なし憎悪の目を向けてくるはずだ……絶対に催眠が解けないよう気を付けないと。


「ほれひゃあへいひほうほふを……」


 あ、胸に顔を埋めたままじゃ全然喋れねえや。

 ちゃんと喋れるように口元のスペースを確保し、相坂にいつものあれを聞くことにした。


「それじゃあ定期報告を――腕に傷は出来てないな?」

「うん」

「家族とは大丈夫そうか?」

「うん」

「元カレはちょっかい掛けてきてないか?」

「うん……ありがとう真崎君」

「良いってことよ。こうやって俺も対価をもらってるんだからさ!」


 すりすりぃ……すりすりぃ。

 ……いや、流石にキモイか。


「……キモイ?」

「そんなことないよ」


 あらあらまあまあ、それならもっとすりすりしちゃうもんねぇ。

 相坂がそんなことないと言ってくれたので俺も少しだけリミッターが外れ、もう少し強くすりすりと相坂の胸に顔を擦り付ける。


「なあ相坂」

「なに?」

「実際の君は何も覚えちゃいないだろうし、こうして催眠状態の相坂だからこそ聞けることだけど……何かあったら言ってくれよ――出来ることがあれば俺が助けてやるから」

「……うん。ありがとう真崎君」


 俺がというより、相棒の力をこれでもかと使ってだけどな。

 相坂は俺の言葉が嬉しかったのか、少し抱きしめる力が強くなり更に胸が押し付けられた。

 この感触……どれだけ味わっても飽きない魔性の魅力がある。


「これのおかげで何だかんだ、本間に手が向かないんだよなぁ」


 相坂の次は本間だって意気込んだのに、こうして相坂とのやり取りで満足しちまうんだ俺は。

 そもそも本間とは学年も違うので行動パターンが読めないのと、基本的に彼女を見る時は周りに三人以上人が居る……はてさて、いつになったらあの氷の女王に俺は手が出せるのやら。


「本間って誰?」

「ほら、氷の女王って呼ばれてる後輩の……むがっ⁉」


 相坂に本間のことを口にした瞬間、かなり強い力が俺を襲った。

 今までと同じように胸元に顔を埋めているのは間違いないのだが、俺が離れようとしても離れられないくらいの強い力で頭をロックされている。


(ちょ、ちょっと相坂⁉)


 幸せなんだけど⁉ 幸せな感触なんだけど力強すぎぃ!

 参った参ったと言わんばかりに相坂の背中をトントンと叩いたら、ようやく彼女は俺を解放してくれた。


「……もしかして俺、もっと強くしてくれとか言ってたか?」

「……………」


 相坂は黙り込んだが、ジッと俺を見つめている。

 心なしかその表情に怖いモノを感じるのは気のせいか……まるで睨まれているように思うんだけど嘘かな?


「相坂……さん?」

「なに?」

「……何でもないっす」


 念のためスマホを確認したが相棒は起動したまま……まあ俺としても今のは決して嫌なものじゃなかったし、むしろ幸せな感触をグッと味わえたからプラマイゼロってことにしよう。


 いつもより早くはあったが相坂を教室へ帰し、俺も教室に戻った。


「今日も腹痛かよ」

「大丈夫か?」

「あ~うん平気平気」


 嘘を吐いてごめん二人とも。

 そう心の中で謝罪した瞬間、ちょうど良く尿意が襲ってきたのでもう一回トイレに行くという体で教室を出ると、晃もトイレに行くと言って付いてきた。

 そしてその帰り、俺は一人の女子に目を付けたのだ。


「あれは……」

「うん? あぁ地味子じゃん」


 晃が口にした地味子とは、隣のクラスに在籍する女子……つまり、今目の前を歩いている女子――我妻才華のことを指している。

 腰ほどまでの長い黒髪が特徴だが、目元も綺麗に隠れている。

 ひと昔前に流行ったホラー物に出てくる女を彷彿とさせる見た目が少々不気味だが、体を丸める猫背のような姿勢もそれを助長していた。

 そんな我妻はクラスでいつも一人らしく、自己主張もなくて周りと関わりを持たないので地味子と揶揄われているんだとか。


「イジメられたりはしてないんだよな?」

「そこまでは行ってないみたいだな……でも、他の女子の揶揄いがエスカレートすればちょい分からんかもしれん」

「なるほどな」


 俺もそうだが、晃も我妻とは一言も口を利いたことがないので、彼女の様子は人伝に時々耳に入る程度だ。


(なんつうか……ああいう地味な子ってエロいもんな)


 ちなみにこれ、漫画の受け売りだから実際は知らん。

 でもあんな風に周りに壁を作る子だからこそ、相棒の力を使った時にどんな姿を見せてくれるのかはすげえ気になる。


「ああいうのが気になるのか?」

「いや別に。でも顔立ちは整ってそうだけどな」


 髪の間から見えた顔立ちは凄く綺麗そうだけど、それをマイナスにしているのが我妻の持つ暗い雰囲気なんだろう。


「闇がありそうな気がするわ」

「あ、それは俺も思った」


 本間の時と違い、我妻はこうして見ていても振り向くことはなかった。

 彼女はずっと猫背のまま、どんよりとした空気を醸し出すようにして教室に消えて行き、俺たちはその後特に我妻に関して話すこともなく教室へと戻るのだった。


(さっきも思ったけど、ああいう子が実はエロいとかあるんだよ。そう古事記にも書いてあるからなぁ!)


 それに確か……これはうろ覚えだけど我妻ってめっちゃスタイルが良くなかったっけ? 普段は猫背で分かりにくいんだが、体育の時間とかで体操服姿の時に胸がめっちゃ大きいとか誰かが言ってたような……気のせいかもしれないけどそれは是非とも確かめねば!

 そんなこんなでエロの妄想を脳内で繰り広げることで、授業中に襲い掛かる眠気を追い払いすぐに放課後がやってくる。


「じゃあ俺は部活行ってくるわ」

「頑張れよ~」

「怪我すんなよな。甲斐はもう帰るか?」

「いや、俺には使命があるから先に帰ってくれ」

「なんだよ使命って……最近付き合い悪くね?」

「すまんすまん。いずれ埋め合わせはするからよ」

「ま、別に良いんだけどさ。じゃあな!」


 すまねえ省吾。

 我妻を催眠状態に出来る隙を窺うために、俺は彼女の行動パターンを予習しないといけないんでね。

 そうは言っても我妻にストーカーするのではなく、それとなく彼女のクラスの生徒に話を聞くだけだが……まあ相棒の力を使えば一発よ。


「さ~てと、行くか……?」


 サッと勢いよく立ち上がったその瞬間、ちょうど教室を出ようとしている相坂とバッチリ視線が噛み合った。

 そのまま友人たちと出て行けば良いのに、彼女は俺の方へと歩いてくるじゃないか。


「やっほ~真崎君」

「お、おう……」


 あの……声を掛けてくれるのは嬉しいんだけど、俺たちって普段全然喋らないから後ろの連中……特に君に気がありそうな男子たちの目が怖いんですが。


「え、アンタたち絡みあったっけ?」

「凄く意外……あぁでも、日直一緒だったね」

「うんうん♪ それもあるけど真崎君と話すの楽しいんだよ?」

「へぇ」

「そうなんだ」


 女性陣の受け止めは悪くなさそうだけど、ギロリって睨んどる! 男子がめっちゃ睨んできてるって!


「ね、真崎君」

「うえっ⁉」

「なんでそんなに驚くの? ほら、私たちすっごく話合うじゃん」

「……そうなのかな?」

「そうだって言ってよここは」


 パシンと軽く肩を叩かれた。

 まあ話が合うとか以前に、とても濃厚な絡みをしてますけどね~。


「これからみんなとボウリングにでも行こうかなって話をしてたんだけど真崎君も来ない?」

「えっと……俺も?」


 いや俺には大事な使命が……でも、まさかこんな誘いを受けるとはな。

 俺なんかと違い明らかな陽キャ集団に交ざるのは怖いけど、こうして相坂が誘ってくれたのは素直に嬉しい。

 だがしかし、今の俺は我妻を探している変態紳士なのでこの誘いに頷くわけにはいかなかった。


「おいおい冗談だろ? なんでこんな奴を誘うんだよ」

「真崎なんざ誘う必要ねえだろ」

「……………」


 言い方はともかく、男性陣からは受け入れられないようだ。

 大して会話をしたことがないのにこんな奴と言われるのは癪だが、まあ彼らのことを考えたらそう言われてもおかしくないので逆に苦笑する。

 ならここは彼らの言葉に甘えて俺から断るとしよう――そう思った俺だが、なんと相坂がそこで言い返したのである。


「なんでそういう言い方が出来るわけ? 確かに私個人の勝手で誘ったのは間違いな

いけど、そこまで言う必要はないよね?」


 俺の位置から相坂の顔は見えない……けど、相坂の声から強い怒りを感じたのは確かだし、スッと男子たちが視線を逸らしたのでよっぽど怖い顔をしてるんじゃなかろうか。


「……悪い」

「ちっ……」


 思いっきり舌打ちされたことは別に気にならない。

 彼らにどう思われようが、普段から仲良くもない相手に何を言われたところで何も響かないから。


「誘ってくれてありがとう相坂。今日はちょい用事があるんだ……だからもしもまた良かったら誘ってくれ」

「……うん。分かったよ」


 残念そうにしてくれたのも凄く嬉しかったが……う~ん、一緒に日直をしたとはいえこうもいきなり会話出来るようになるもんなのかって、そう何度も考えてしまう。

 手を振って離れていく相坂を見送り、大きく息を吐く。


「あの様子だと俺があの面子の中に入ることは無さそうだが……催眠状態じゃない相坂と出掛けるのはちょっと憧れるかもな」


 しばらくボーッとそんなことを考え、俺はハッとするように我妻のことを思い出して教室を出るのだった。

 結論としては、既に我妻は帰っており会えなかった。

 減っていた充電に鞭打つように我妻のクラスメイトに催眠を掛け、我妻のことを色々聞いてみたが……やはり我妻は外に壁を作っているようで親しい友人は居ないらしい。


「……またの機会にするか」


 ただそのまま家に帰るのも勿体ないと思ったので、どこかに出掛けているかもと予想を付けて省吾に連絡すると、ちょうど外に出ていたということで一緒に遊ぶことに。

 男二人で遊ぶというのは華がないが、親友と遊ぶ瞬間というのはどんな時だって楽しいもので、別れる時には互いに笑顔だった。


「じゃあな省吾、めっちゃ楽しかったわ」

「俺もだ。またあのゲーセンで対戦しようぜ」

「おう!」


 省吾と別れ、一人歩きながらアプリを眺めていると、ふと疑問が湧いてきた。


「……つうかさぁ相棒、なんで俺の下にやってきたんだ?」


 相棒が俺の下にやってきてそこそこ時間は経ったが、いまだにどうして相棒が俺のスマホに宿ったのかは判明していない。

 そもそもこんな力が存在していること自体不思議なのだが……いつかそれが解明される日は来るのかな?


「仮に判明しなくても、こんな素晴らしい力を手放したくはねえが」


 一度考えると止まらなくなるのは悪い癖だが、これに関しては一生の謎になりそうなので考えても無駄かもしれん……しかしそれでも考えてしまうのはどこまで行っても相棒――催眠アプリが本来この世界にあるはずがない超常的な力だから。


「そもそも相棒はどうやって生まれて、今までどう存在していたんだ?」


 ……謎は多いし知りたいことは山ほどある。

 それでも当然のように相棒は……催眠アプリは俺の問いかけに答えてくれるようなことはなく、沈黙を保ち続けている。

 いきなり文章が浮かんで答えてくれてもそれはそれでホラーだけど、それでも答えてほしくはあるんだがそう都合良くはないんだなこれが。


「……こんだけ不思議な力なら答えてくれても良いだろうに」


 せめてもの抵抗をするように、何度もアプリを起動しては落としたりを繰り返したが反応は無し……はぁ、帰ろ。

 これ以上は無駄だなと諦め、俺は歩き出した。

 ここから帰ると途中で相坂の家の前を通るなと思ったが……どうやら今日はもう少し頑張らないといけないらしい。


「……うん?」


 相坂の家の前……二人の男女が向かい合っていた。

 それが誰なのかはすぐに分かった――相坂と、もう一人は彼女を追い込んだあの男……元カレだ。


「懲りねえ野郎だな」


 相坂から話を聞いているので、今まであの男は大人しくしていたはず。

 つまり今日になって絡んできたということか……まさか今日に限ってこんな場面に出くわすとは。


「またやっちまう……か?」


 俺には相棒が居る……だからこそ恐れるものは何もないと、そう思ってスマホを手にして俺は最悪なことに気付く。


「やべ……充電終わってる」


 充電は残り二パーセント……これではアプリを起動しても、すぐに電池が切れてしまい途中で催眠が切れる恐れがある……使えないな。


「仕方ねえか」


 腹を括るように俺は二人の下へと歩き出す。

 相棒が使えないからって無視をするのも気が引けた……そもそも一方的に俺は相坂のことを好き勝手している。

 そして何より彼女に俺は言ってしまったから――何かあれば助けると。

 たとえ催眠状態の相坂と交わした約束ではあっても、そもそもこんな状況を見て見ぬフリはしたくない。

 これって相手が相坂だから……?

 まあいいや、今はそんなこと気にせず彼女を助けよう。


「何してんだよ。この全裸駆け回り小僧がよぉ」


 煽り全開? うるせえ、イケメンには厳しいぞ俺は。

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手に入れた催眠アプリで夢のハーレム生活を送りたい【増量試し読み】 みょん/角川スニーカー文庫 @sneaker

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