「ぃ……ひぃやぁあああっ!」

腕の中で身体を震わせていた愛美は、足先を硬直させ、目を開いたまま止まった。

「おい、愛美?」

二、三度軽く頬を叩いてみたが反応が無い。

俺は自分のモノをずるりと抜き出した。

――もう俺は童貞じゃない。

だらだらと垂らす分身を誇らしげに見ると、先端の皮膚に白い膜が張っていた。

いそいそとティッシュを取り出して先端を拭いたが、体液の塊ではなく俺自身の皮膚がみかんの薄皮のような小さな逆剥けになっていた。

「すっきりしないな」

気になった俺は繊維の埃を摘まむように、小さなささくれを引っ張った。


ささくれは先端から毛の生え際にかけてつつ……と剥けていく。

むず痒いような痛みがきた。

ひとつのささくれを取ると、先端の別の個所にもささくれが生じていた。

自分で処理していた時にこういう状態になったことがない。

下半身にできたささくれを剥いてばかりいるのも面倒になったので、シャワーを浴びに浴室へ向かった。


脱衣所に入って正面の洗面台を見る。

鏡に映る姿に言葉を失った。

ホルダーネックの赤いキャミソールに身を包んだ身体は、全体のラインが丸っこくなっている。

胸のあたりがぽよんと膨らみ、腰回り特に尻の肉がぶよぶよと震えていた。

肝心の男の象徴は、乾燥したにんじんのように黒く小さく干からびている。

「なんだこれ……」

顔だけは男の俺のまま、身体つきが女の特徴を持っていた。


――ぼとっ


黒く萎びたイチモツが、脱衣所の床に落ちた。

「ひぃいいいいい」

混乱してベットに戻り、床に落とした自分の服を拾う。

ベッドの上で仰向けになったままの愛美の様子を見ると、首のまわりが何かに絞められたように青黒い線と、皺が寄っている。

目を開いたまま死んでいた。

「なんだよ!? なんなんだよっ!?」

服を着ると急いで部屋を出た。


駅前の商店街、シャッターを下ろした店。

店の裏口から押し入るように入ると、住宅スペースの畳の間でおじさんが俺を見た。

「……なんだ」

いつになく焦る俺を見て、剣呑な目で低く呟いた。

「性器が無くなった。なんとかしてくれ」

長い経緯や状況説明などできる余裕がない。

ただ元に戻れる方法を、教えてほしかった。


「禁を破ったな」

おじさんはやれやれと首を振り、鋏を持って来た。

「こうなること知ってたんだろ!?」

俺は叫ぶ。わかってたなら説明してくれても良かったじゃないかと。

「具体的にどうなるかまでは知らんよ。決まりを破れば恐ろしいことになるとしか聞かされていなかった。儂は忠告したじゃないか」

じいさんは溜息をついた。

「俺の身体へんなんだよ。胸が張って、身体も妙に熱いって言うか、ぷにぷにしてるし……」

ぐずぐずと弱音を吐く俺は「見せてみろ」とおじさんに言われて服を脱ぐ。

愛美の部屋で見た時よりも胸が大きく張り出し、腹も小さな風船が入ったかのように膨れていた。男性器のあった場所には、小さな割れ目とそこから一筋の血が流れていた。

「なんだよぉ、これ!!」

涙目でおじさんに縋りついた。


「受胎したな?」

おじさんは首を捻りながら黙って俺の腹を見た。

「この状態で肚兜どぅどうの紐を切れば、どうなるかわからんぞ」

おじさんは鋏を持ちながら狼狽えた。

「ねぇ俺、死ぬの? ……死ぬの!?」

パニックになった俺がおじさんの両肩を掴んでがくがくと揺らす。

「お前、相手の女はどうした?」

おじさんが睨んだ。

事実を口にしたくない俺は、黙っておじさんの顎あたりに目を向ける。

「死んだのか?」

「お、俺がやったんじゃない、勝手に死んでたんだっ!」

「放って逃げてきたのかっ!?」

「お、俺のブツだって落ちたんだよ!? 驚いたんだよ!!」

「お前は……っ」

おじさんはものすごい力で俺を張り倒すと、首の後ろに手を回してきた。

「悪いが、契約は無効だな」

そう言って、赤いキャミソールの首紐に鋏の刃をあてる。


――ヂョキン


俺の肩から赤い紐がするりと滑り、身体に張り付いていた赤い布地が床に落ちる。


――ぶつんっ


俺の視界が真っ暗になり、音も感覚もなにもなくなった。


*


無音の闇に赤いキャミソールを着た女がクスクスとこちらを見ている。

「お前さま、愉しんだねぇ」

女はそう言って俺の足下に跪いた。

「男に生まれたからには、男女の性愛は堪能したいものだよねぇ」

女は俺の萎んだ男性器を右手で掴むと、赤く鮮やかな唇で咥えだした。

――え、俺のモノってまだ残ってたのか?

混乱する俺に、女はチロチロと赤い舌を出して俺のモノを刺激して来た。

「もうこの世に未練はないよねえ?」

女は押し倒し、俺のそそり立った下半身に自らの下半身を押し付けて強引に跨った。

俺の股にじわりと温かい絞めつけがきて、背筋がぞくぞくしだす。

上に乗った女は絹の帯を俺の首に巻きつけると、グッグッと両手で絞めてきた。

「お前さんに未練がないように、私は精一杯協力してやったんだからぁ」

くすくすと笑って女は俺の口に唇を重ねた。


――俺死ぬのか。意味もわからないまま、殺されるのか。

ぐぢゅぐぢゅと結合部を弄ばれながら首を絞められる。


――いやだ、こんなの嫌だ……っ




口のまわりがべとべとする。

目をあけるとパンが口のまわりをべろべろ舐めていた。

スマホの充電コードが首にまわっていた。

寝間着で着ていたTシャツを脱ぐと、俺の胸はぺったんこで、腹も膨れていない――息子も健在。

赤いキャミソールはない。

鞄の中を見ると奪われたはずの財布も入っていた。


駅前の商店街に行って、シャッターを下ろした店に行く。

見たことないおばさんが違法駐輪の自転車をブツブツ言いながらどかしていた。

「すみません、ここの御主人はいらっしゃいますか?」

声をかけられたおばさんは怪訝な顔で俺を見ると

「私がここのオーナーだけど?」

うるさそうに返事をしたあと、振り返りもせず自転車をどかしていた。


駅前に戻ってタクシー乗り場を通過すると、待合ベンチに座る着膨れした恰幅のいい爺さんが、赤い布をぶんぶん回していた。

紐の切れた赤い布をぐるぐる振りかぶると

「にいちゃん! いい夢だっただろ?」

と言って、足を引きずりながらバスターミナルの方に向かって行った。

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楊貴妃の腹掛け 百舌すえひろ @gaku_seji

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