第5話(最終話) 少しでも後世の誰かに

 火星軌道に入る手前の宙域で、予想外の事が起こった。

 兵士の一人が、発狂してしまったのだ。

 

 誰もが不安な中、それを隠そうと皆、懸命だったが、人類にとって初めてのオペレーションであり、何か不測事態があっても救助体制すら皆無なのだから。


 そして、その発狂した兵士を、何ら躊躇なく射殺したのだ、、、作戦参謀のマクドナルド大佐が。


「何てことするんですか?、鎮静剤を打つなり、方法はあったでしょうに!」


「何?、お前?、小隊指揮官の、、、、」


「はい、ジョン・トーマス少佐です」


「少佐ごときが口を挟むな、この作戦は、合衆国のみならず、国連軍の極秘プロジェクトだぞ、失敗しましたでは済まされぬ、貴様の一生をもってしてもな」


 この作戦に従事する者は、温厚な人間ばかりを集めたと考えていたが、考えてもみれば指揮官や参謀は、生粋の軍人な訳で、僕たちは彼らの横暴に意見なんて出来なかった。


「小隊長、我々はもう我慢できません、極秘作戦とは言え、自分たちは一体、何と戦うと言うのですか?」


 小隊下士官が、堪り兼ねて僕に意見具申してきた。

 正直な所、僕にも敵が何なのか、よく解らないでここまで来てしまったのだ。

 

 更に、1週間が過ぎた。

 

「小隊長、このままでは流石の我々であっても、もはや暴動寸前です、こんな宇宙の果てで、こんな扱い、誰も納得なんてしていません」


 、、、、僕の力では、もう限界だと感じた。


「しかし、こんな宇宙の果てで、皆が暴発したって、地球に帰る方法なんて解らないだろ、ここは大人しく作戦を成功させて、みんなで地球に帰ろう、、な」


 今日は先任下士官だけではなく、多くの下士官が僕の元に集まっていた。

 各国の軍隊から適正を認められた優秀な下士官たち。

 その中には、この艦艇整備員や操縦手も含まれていた。


 それは、条件が揃っている事を示していたのだ。


 これでは、反乱が起こっても、地球に帰還出来てしまう。

 そんな現実が、彼らを本気で反乱へと掻き立てた。


「わかった、それが君たちの総意ならば、私が全責任を負う、ただし、私の命令にだけは背いてはならない、いいね」


 下士官たちの表情に、明るい笑顔が戻っていた。

 この反乱作戦が成功したとしても、僕は責任を負ってかなりの懲罰を受けることになるだろう。

 、、、覚悟はしていたけど、、、やはりエマの事が未練となるな。

 ごめんなエマ、どうか君だけでも幸せになってくれ、こんなことしかできなくて、本当に申し訳ない。

 火星から地球までの実距離が、僕の心に重く圧し掛かる。

 こんな事を考えた所で、誰にも伝わらない。

 この艦には、試作の記憶バックアップ装置が付いている。

 試作も試作、そんなお伽噺のような事、本当に出来るとは思っていないが、、、、このエマへの気持ちが、ここで消失してしまう事が、僕には堪らないかった。

 だから、一度だけ接続する、この気持ちが、少しでも後世の誰かに繋がりますように。




 ん?、、、あれ?、、、、なんだ?、どうして、僕が、、、、、あれ?


 いや、違う、僕はジョン・トーマスじゃない、、、、ロイ・マッケンリー

だ。


 凄いな、これは完全に自我を失っていた、、、、、しかし、なんて悲しい記憶なんだ、、、、これが、生前の僕、、、、、。


 ロイの目の前に鎮座するのは、記憶を接続する前までは単なる遺体であったが、記憶を共有してしまった現在では、元自分の身体であり、それは愛おしい存在であった。


 エマは、、、あれからどうなったんだろう。

 彼女の事を考えた時、150年も昔の記憶に想いを馳せずにはいられなかった。

 もちろん生きてはいないだろうが、せめて幸せに生涯を終えて欲しいと心から思った。

 

 そして、そんな感傷に浸っている場合ではない現実に、ロイは気付き始めた。

 そう、あの記憶が正しければ、なぜこの艦艇はこのような状態になってしまったのだろうか、それこそ、あの記憶のバックアップをした後の発生したであろう事件について、早急に解明する必要があった。

 

 幸いなことに、ジョン・トーマス少佐の記憶のおかげで、この骨とう品レベルの艦艇の操作要領と、古いコンピュータへのアクセス方法は理解出来ていた。


 そして、この艦で当時何があったのかの記録フォルダを発見したのである。



 彼らは予定通り反乱を起こしたようだ。

 第1指令室にいた火星軍司令の准将と、大佐級参謀を拘束し、彼らは地球への帰還と、火星に何が存在するのかの開示を迫ったらしい。

 火星軍指揮官は、地球への帰還を約束する前に、火星に何が存在するのかについて、まずは見てほしい、と前置きをした上で、メインモニターに本作戦の主敵となるであろう存在を映し出した。


 そこには、地下で生活できる大きくて丸い、卵のような生き物が映し出され、それを壊滅させなければ、200年以内に地球がその生命体の浸食を受けるであろうとの見解が告げられていた。

 この生き物は、寄生することが出来るため、地球にこれが侵入したが最後、人類は生き残れない事を付け加えた上で。

 

 暴動を起こした下士官たちは、茫然とし、やがて表情は絶望へと変化した。

 一部の下士官が、地球帰還を取り下げるべきだと意見した。

 今自分たちが反転して地球に帰還してしまえば、あの生命体は確実に地球を浸食してしまう、、、、電波をエネルギーとして、宇宙空間でも生きられる最強の生命体、ここで完全駆除しなければ、地球人類に明日はない。


 火星軍の下士官たちに、過酷な現実が明かされた。

 それほどの秘密であったため、これら事実は、火星着陸直前に告げられる予定だったのだそうだ。

 それを早い段階で知ってしまえば、火星軍全員のメンタルが持たない、孤独と不安と恐怖で、作戦に影響が出る、との判断だった。


 こうして、反乱部隊は、作戦の肯定派と否定派に別れてしまう。

 そして、肯定派が、ジョージ・マクドナルド大佐の拘束を解いた時、マクドナルド大佐は、否定派に対して突然発砲したのである。


 火星軍全将兵は、緊急事態に備え、宇宙服を着用、逐次マクドナルド大佐に応戦を始めるが、時すでに遅し、否定派のほとんどを射殺してしまった。

 

 こうして、火星軍は、第2ステージへと、その作戦を自動的に移行させてしまう。


 この第2ステージとは、万が一、火星軍に反乱が発生した場合を想定し、艦艇を火星に強行着陸させ、残った人員を持って生命体の駆逐をした後、艦艇を起爆させて、火星生命体を滅ぼす、というものだった。


 この時、それを阻止すべく、一人の将校がマクドナルド大佐の殺害を試みる


「、、、、それが、これの正体か」


 ジョン・トーマス少佐が、最後に撃った相手、それがマクドナルド大佐だ。

 

 この反乱で、火星軍の艦艇は既に地球へ帰還する能力を失い、貨物室ペイロードに避難した将兵の多くが宇宙空間へ投げ出されてしまう。


「だから、遺体があまり残っていないんだな」


 トーマス少佐の身体には、確かに弾痕が残っていた、銃撃戦で受けた傷だろう。

 その真っ赤な血も、赤色迷彩の一部のようになり、溶け込んでしまっている。

 

 、、、、いや、待てよ、、、あのドワイトを浸食した記憶がマクドナルド大佐の物だとしたら、この艦は、、、、


「おい、ドワイト、聞こえるか?、正気に戻れ!、この艦は危険だ、火星に強行突入する、核爆発を引き起こすつもりだ!」


 すると、第3指令室の扉が左右に開くと、そこには激昂したドワイトがライフルを構えてこちらを睨んでいた。


「なぜ貴様のような民間人が、軍の最高機密情報を知っている、もはや生かしてはおけぬ、死んでもらうぞ」


 そう言うと、それまで腰だめで構えていたライフルを肩にかけて、射撃姿勢に入った。


 、、、、すまんドワイト、悪く思うなよ


 ドワイトのライフルは、ほぼ正確にロイを捕えていたが、トーマス少佐の遺体に向けて勢いよく飛んだことで、弾丸は辛うじて身体を避けて通った。

 ロイは、ジョン・トーマス少佐が腰に付けていた拳銃を抜くと、素早くドワイトの頭部目がけて発射した。


 ドワイトの眉間から水鉄砲のように血が噴き出すと、後ろ向きに回転を始める。


「だから、金に目が眩むとこうなるんだ」


 今、自分が撃ったのは、ジョンの仇でもあるマクドナルド大佐だ、そう思う事にした、乗っ取られた時点で、ドワイトの自我は既に死んだと同じなのだから。


 ロイは、火星軍艦艇の逆噴射装置を入れると、再び激しい衝撃が身体を襲った。

 その反動で、艦の外にドワイトとジョン・トーマス少佐の遺体も放り出された。

 そして、ロイ本人も逆噴射装置の衝撃により、意識を失ってしまうのである。




「ロイ、、、、気が付いたか?、先生!、ロイが、ロイ・マッケンリーが目覚めました!」


 あれ?、何処だここは?

 病院?

 今、マイケルが居たよな?

 俺は、なんだか嫌な夢を見ていたような気がする。

 それでも、俺の中には、確かにジョン・トーマスの記憶が残っている。

 あの日のリンゴを持った手の感触。

 そして、自分の手を見て、あの時の違和感が理解出来た。

 あの時、リンゴを持った手には、ささくれが沢山出来ていて、訓練の激しさを物語っていた、、、しかし、実際の俺の手には、そんなもの、一つもないのだから。

 

 俺は、こっちが現実で、本当に良かったとつくづく感じた。

 あの火星軍の艦艇は、何故かニュースにも噂にもならなかった。

 

 どうしてだろう。


 結局、ドワイトの件も、事故死で処理され、まるで火星定期航路上では何も起こらなかったかのように、俺たちの日常は元の通りだ、、、ドワイトの死を除いて。


 それでも、俺は何か大事な事を忘れているような気がしてならなかった。

 だけど、入院のせいか、そこがはっきり思い出せない。

 エマとの記憶は、はっきり覚えているのに、、、、

 

 エマはその後、どのような人生を歩んだんだろうか。

 現代のように、ニュークラウド法が未だない時代の事だから、彼女がどうなったかを探るのはほぼ不可能だろう。

 それでも、エマのことだから、きっと長らくジョンの帰還を待っていたに違いない。


 俺は得も言われぬ切なさに支配された、、、、俺も誰かを幸せにしたくなる、、、まあ、相手がいないのだけれど。


 

 そうして、俺は徐々に意識がはっきりしてくると、その大事な内容を思い出してくるのである。



「火星の生命体が、、、200年以内に、、、、地球に、、、ん?」



 そして、それは人類の危機に繋がる大変な事態であることも。

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火星軍の赤色迷彩 独立国家の作り方 @wasoo

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