第4話 リンゴを持つ手

 この巨大な宇宙戦艦は、航行を開始してから半日も過ぎていた。

 今、一体どの宙域を航行しているのだろうか。

 孤独と恐怖が、ロイの神経を傷つけて行く。

 指令室には、新鮮さを保った遺体が一体。

 こんな暗い部屋に、遺体と一緒にされるなんて、マイケルなら発狂ものだ。


 しかし、このままという訳にも行かない。

 緊急時に使用するバックパックも、昇圧室に残したままだ。


「、、、、だから、そう恨めしそうな目で見るなよ、こちらも同じ被害者なんだからさ」

 

 ロイは、150年も前の遺体に話しかけた。

 その宇宙飛行士は、目を半開きにしたまま、鮮度を保って鎮座している。

 この骨とう品と言える艦艇の操作要領は、基礎的な部分からアクセス方法が解らないでいた。

 無理もない、コンピュータの概念が根本的に異なる時代の物、一体どのレベルのスペックなんだろうか。

 うっかり操作なんてしてしまえば、艦ごと宇宙の果てへ飛ばされかねない。

 もし、先ほどのドワイトが、本当に意識を乗っ取られたのだとしたら、自分は150年も前の人物と話をしたことになる、、、、それはとてつもない事ではないだろうか。


 そして、ロイの頭に、禁断のアイディアが浮かんだ。

 しかし、それは倫理にも法にも触れる禁忌だ。


 そして、ロイは再び横で鎮座する遺体をじっと見つめた。

 記憶を抜き取る、、、どうやって?。

 こんなプラグの形状すら互換性の無い時代の電子システムに、ドワイトはどうやってあの短時間にアクセスしたんだ?

 恐らく、何か共通のプラグのようなものがあるのかもしれない、、、、しかし、それを見つけて、自分は何をしようと?。


「だから、そんな目で見るなよ」


 ロイは、その恐怖から、ここに鎮座している遺体の記憶を垣間見ることが出来れば、この宇宙戦艦の操作に関しての知識を得られるのではと考えた。

 しかし、それは禁忌も禁忌、無事に火星軌道に戻れたとしても、違法には違いない。

 一体、どれだけの懲役刑を喰らうか解ったものではない。

 、、、、しかし、刑務所で暮らすか、ここで死ぬか、二択であれば、選択の道は一つしかない。

 それでも、遺体が目の前にある、、、、この人物の記憶を覗く、、、

 

 ロイは、しばらく考えて、とりあえず、接続プラグだけでも探すことにした。

 そして、それは案外早く見つかった。

 宇宙飛行士のバックパックには、記憶を放出するためのケーブルが間違いなく存在している、ご丁寧にカニばさみ式で、ケーブルを挟む事が出来るタイプだ。

 これなら簡単なキットで接続出来そうだ。


 「わかってくれよ、俺は未だ生きていたいんだ」


 最初は、ケーブルを見付けるだけの予定だったが、やはり見つけてしまうと、覗いてみいたい衝動も手伝い、ロイの手は、接続のための工作に移行していた。



 今現在、違法とされる「記憶」の取引は、主にアダルト目的で行われる。

 

 何しろ、人の記憶だ、そこには赤裸々な全てが入っている。

 このディバイスの凄いところは、記憶を思い出すだけでなく、記憶された当時を正確に体験することが出来る点である。

 そのため、その記憶の人物が過去に付き合った恋人や奥さんとのセックスも、全て体験出来てしまう。

 そのため、アダルト業界では、違法コピー品が地下で出回り、高値で取引される。

 それはまた、売る方も売る方で、金に困った老人が、自分の記憶を高値で売りつけることも人道上、またプライバシー保護の観点からも問題視されていた。

 

 つまり、この150年も前の遺体の人物の、、、、それら記憶の全てが「体験」出来てしまうのである。

 それは、タイムマシーンの発想に近い物がある。

 20世紀末の世界に行くことが出来る。


 ロイは、自分が止むを得ず記憶にアクセスするのだと、自分に言い聞かせて接続ケーブルを繋いだ。


 そして、目の前の遺体が未だ生きていた記憶にアクセスするのである。



「ああ、未処理の記憶が、これほど強烈とは、、、、自我が、、、、これでは自分が消えてしまいそうだ、、、、、」




 深い、それは深い記憶のダイブだった。




 まだ、ニュークラウド法が整備される遥か昔の記憶、それは接続に必要な処理がされていない、生の記憶と言えた。

 それは加熱処理されていない生肉を食すようなもので、決して食べられなくはないものの、それなりのリスクを伴った。


 もちろん、ロイもドワイトも、そのような仕組みを知る由もない。


 


「ジョン?、どうしたの?、ボーっとして、疲れてる?」


「え?、、、、、ああ、いや、何でもないよ」


 僕は今、何を考えていたんだ?

 意識が飛びそうだと感じていたが、、、あれは何だったんだろう。

 せかっくのピクニックなんだからエマとの時間を大切にしないといけないな。

 それにしても、ここは実に気持ちが良い。

 軍務に追われ、なかなか時間を割けなかった。

 本来なら、エマとの結婚も済ませていなければいけないのに、彼女は待ってくれている。

 エマは美しい、昔からそうだ。


 彼女は、「幼馴染のエマ」から3年前に「婚約者のエマ」となった。

 僕たちは、将来を誓い合た。

 いつの頃からか、近くて気が付かなかったけど、エマは街一番の美人として評判だった。

 僕もそれは意識していた、、、、誰かに取られたくない、そう思っていた。

 大学に進んだ頃、大きな戦争が始まった、僕は予備役登録しながらの苦学生だったから、この予備役招集には応じざるを得なかった。


 それでも、持前の体力と学力で、僕は武勲を立てた、そして、予備役将校から、正式に新設される軍に入らないか、と誘いを受けた。


 CIAは、大学生をスカウトするという噂は、当然知ってはいたけど、まさか、僕に声がかかるなんて。


 当然、情報部への引き抜きだと思っていた僕は、それが非公式の「宇宙軍」だとは知らなかった。

 まさか、合衆国に宇宙軍が存在していたなんて。


 エマは美しい、そして人生は儚く短い。

 だから、僕は彼女を正式に妻としたかった、、、火星遠征軍に加わる前に。


 危険な任務だとは聞いていたが、まさか火星軍なんてものが既に組織されているとは、、、、世の中知らない事ばかりだ。


 実家に大金が舞い込んできた。


 宇宙軍が、手当の前金として現金で放り込んで来た。

 あいつら、やることがえげつない。

 こんな事されれば、両親は舞い上がるに決まっている。

 街の名誉だと言って、盛大にパーティーを開いてくれた。

 でも両親は知らない、僕が宇宙に行くことを、火星に遠征に行くことを。


 そもそも、火星に軍を送り込むって、何と戦うつもりなんだろう。

 火星人か?、SF小説じゃあるまいし。


 NASAに近い組織で、空軍内には秘密裏に宇宙軍の施設が多く作られていた。

 こんな予算、何処から捻出したのやら。

 スペースシャトルが、5号機以降のナンバーがあったことも、僕は初めて知った。

 火星なんだから、シャトルは着陸なんて出来ないだろうに。


 火星遠征軍の出発日時が決定した。

 ブリーフィングと、火星到着時の制圧要領の訓練が、繰り返し行われた。

 まさか、敵と戦って、合衆国の旗なんて掲げないだろうな、段々不安になって来た。


 僕は将校だが、軍歴にしては異様な出世で、今では宇宙軍少佐だ。

 部下も、気のいい奴が多い。

 荒くれの海兵みたいなのが沢山いたらどうしようと思っていたけど、長期滞在する宇宙空間では、気性の荒い兵士は選抜対象から外されるようだ。

 

 エマと結婚したいと両親に話す。

 火星遠征軍の話をする訳には行かず、長期遠征として、外国勤務だと説明する。

 両親は、その任務が危険だと感じたのか、結婚は帰還してからと言い、どうしてか結婚を認めてはくれなくなった。

 

 エマと二人で話がしたい。

 僕は、彼女をピクニックに誘った。

 いい年したカップルが、今更ランチを持ってピクニックって、とエマは笑ったが、それでもランチには沢山のサンドイッチを作って持って来てくれた。


 幸福な時間だ、空は澄み切って、流れる風は心地よい。

 何よりエマがいる、ここに彼女が居るのだから。


「エマ、帰ったら、僕と結婚してくれるね」


 エマは少し嬉しそうに、そして寂しそうに、笑って「はい」と答えた。

 そのまま、二人は何も話さず、静かに時間が流れた。

 瓶に入ったコーラが、喉を潤す。

 ランチは本当に美味しかった、忘れられない昼食だ。

 彼女は最後に、リンゴをそのまま僕に渡した。

 、、、、そう、これが最後の食事、彼女との、本当に最後の。

 大丈夫、必ず戻ってくる、、、火星に何がいようとも、僕は部隊を率いて、この地球に辿りつく。

 リンゴをじっと見つめる、美しい赤だ。

 そう言えば、今度支給された火星軍の軍服も赤い迷彩服だった。

 まさか、火星の砂に塗れて銃撃戦なんてしないだろうに。

 火星軍の赤色迷彩、、、SF小説も真っ青だ。

 リンゴを持ったまま、そんな事を考えていた。


 僕は、、、あれ?、

 

 僕の手って、こんなにささくれていたっけ?

 リンゴを持つ手に、何かとてつもない違和感を感じる。

 まるで自分が自分ではないように、、、、何故だろう、この手が自分の物と思えないような気がする。


 きっと、疲れているんだろう、体も心も。

 今日は彼女との時間を満喫しなければいけない、彼女を不安にさせてはいけないから。

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