火星軍の赤色迷彩

独立国家の作り方

第1話 火星定期航路のクルー達

 オアシスのような気持ちの良い草原、一本の大きな木

 恋人のエマは、にこやかにリンゴを差し出す。

 

 リンゴ、、、、


 ああ、これが楽園でなくて、一体何だと言うのだろうか。

 日に照らされたリンゴを見ていて、僕は自分の手に違和感を感じていた。


 こんな所に、なんてあっただろうか。


 まあいい、僕は今を楽しもう。

 上着を着なくても温かい日差しと、どこまでも続く草原、恋人のエマ、これ以上、何が欲しいというのか、、、、。



   ~



 「おい、ロイ!、前方50000に艦影だ、、、ちょっとおかしくないか?」


 火星定期航路の輸送船「ロストワールド」号は、火星軌道上への進入を前に、見たこともない艦影を目撃した。

 定期航路の物ではない、それは明らかに「軍隊」の持ち物、つまり「軍艦」であることは明白だ。

 目撃したと言っても、それは有視界の話ではなく、レーダーが捉えて、AIによって疑似可視化されたものであるので、やや語弊がある。


 宇宙飛行士と言う職業が、英雄視されない一般的な職業となって、もう随分になる。

 この頃の火星定期航路での輸送業務と言えば、かつてのトラック輸送の運転手や、遠洋航海の船乗りと、それほど大きな差もない時代、それでも未だ、火星は完全に探査されつくしていないニューフロンティアであることには変わりが無かった。


 運航中の窓の外には漆黒の宇宙が広がり、どれだけ時間が経過しても、その表情を変えることのない、退屈な窓である。

 定期航路とは言え、乗船しているクルーは3名のみ、ロイ・マッケンリー、ドワイト・セイム、マイケル・クール、泣いても笑っても、これだけだ。

 逆に、3人は多い方と言える、何しろ、ほとんどやることはない、3人にしているのは、交代クルー制であるためで、片道3カ月もかかる火星旅行であっても、観光名所がある訳でもなく、唯一の利点は、火星を間近で見られるというだけである。

 定期航路の宇宙船には、火星への着陸に必要な装備が無いため、結局、月と火星を往復するだけの単なるシャトルだ。


 そんな定期便クルーの3名にとって、眼前に存在する大きな未確認艦艇の存在は、久々に退屈を吹き飛ばす起爆剤となった。


「なんだ、、、随分とノスタルジックな作りだな、、、映画の撮影用か?、これじゃあ宇宙開拓黎明期の艦影じゃないか」


 ロイは、初めて見るタイプの艦影に、少し戸惑っていた。

 こんな宙域に、自分たちの知らない文化圏の艦艇、不安と期待の入り混じった興奮が3人を包み込む。


「ロイ船長、どうするよ、まさか通過する訳には行かないよな」


「、、、そうだな、ドワイト、船を任せていいか?」


「なんだよ、ロイが直接行くのかよ!、そりゃねえぜ、俺たちが行くって、ロイは船長なんだから、船に残らないとだろ」


 この3人は一応、飛行士学校の同期であるが、ロイは1級選抜試験に早く合格したため、この中で唯一の「1等飛行士」であり、船長を務めていた。


「いや、俺が行くよ、、、ちょっと気になる事があるんでな」


「おいおい、お宝を独り占めなんて事は無いよなねーよな、マイケル!、俺たちで行こうぜ」


「いや、船長が自分で行くって言うんだから、それでいいだろ」


「何だよマイケル、ビビってるのか?、だらしねーな」


 マイケルがそう言うのも無理は無かった。

 この宙域に艦艇が存在するのであれば、それは都市伝説の世界だ。

 公式に、この宙域に自分たちのデータベースに無い船が、存在するはずもない。

 それ故に、マイケル・クール2等飛行士の「ビビる」という感情は、生き物の本能としては正しいものと言えた。

 それでも、冒険に飢えた、この退屈な飛行士達にあって、ドワイト・セイム2等飛行士の抱く希望もまた、飛行士の心を大いに盛り上げることもまた事実だ。


「ロイ、あと40分で光学視界に入るけど、どうする?、航路警戒本部へ一報入れるか?」


「マイケル、なに野暮な事言っているんだ、お宝だぞ、航路警戒本部なんぞに一報入れたら、横取りされるだろ」


「おいドワイト、それじゃあ宇宙海賊じゃないか、俺たちはトレジャーハンターではないぞ、第一、この船が航路を外れれば、履歴を本社にどう説明するんだよ」


 ロイの言う通りだ。

 この宇宙の定期便など、噴射ノズルの動き一つまで履歴が残り、不審な動きは後日説明を求められる。

 それに、火星の軌道に入る前に、逆噴射をかければ正常な航路に戻るには、かなりの「氷」を消費する。


 人類が月面で大量の「氷」を発見して以来、惑星間航行は非常に安価に、そして軽易に出来るようになった、

 それは、地球の1/6の重力しかない月面から火星への航路は、エネルギー消費量が地球からのそれの遥かに少ない量で済んだ。

 それまでは、貴重な資源を無駄に使用しなければ、地球の大気圏を突破できなかった宇宙ロケットも、月面からなら月の「氷」を、高温の原子力エンジンに放り込むだけで気化し、ジェット噴流を生み出すことで、推進力を放出することが出来た。

 原子力エンジンの寿命は約50年、氷を入れようが入れまいが、50年間は常時加熱し続けるため、推進剤となる水や氷さえあれば、宇宙のどこまでも行ける乗り物である。

 それでも、定期航路用の民間輸送船であるこの「ロストワールド」号には、それほど多くの氷は積載されていない。


「それでも一回分程度の逆噴射なんて、どってこと無いだろ!、第一正体不明の艦艇なんて、中に生存者が居たらどうする?、軍の極秘プロジェクトかもしれないしな」


 ドワイトの言う事も、もっともだった。

 データベースに無い艦影、それは軍の極秘プロジェクトに使用されている艦艇の可能性もある。


「それこそヤバいだろ、軍の極秘プロジェクトなんて、係った時点で逮捕されるんじゃないか?」


「いや、、、仮に逮捕されるリスクがあったにせよ、放置は出来ないだろ、人道上な。宇宙飛行士の心得、第1条、覚えてるだろ」


「、、、、あらゆる状況において、人命を最優先とすべし、、、だよな」


 そんな、飛行士学校時代の初歩の初歩を、まさかこんな所で本当に詠唱することになろうとは、クルー3人とも思ってもみなかった。


「それでは行動方針が出たな、ドワイト、君が行きたいと言うのなら止めない、なら、マイケルが船長代理でいいよな」


「、、、いいけど、あまり遅くなるなよ、それはそれで怖いからな」


 二人はそれを聞いて大笑いした、結局マイケルは怖がりなだけであった。

 こうして、艦艇の捜索を決心した一同が、目標とするその艦艇が光学視界に入った時点で全員配置に付いた。


「これより逆噴射を行う、全員、衝撃に注意せよ」


 ロストワールド号は、火星衛星軌道への進路を僅かに離れ、目的宙域手前で逆噴射をかけた。

 物凄い反動が身体を締め付ける。

 前方に向けた重力が、全員の身体を前へ押し付け、安全ベルトに食い込む胸部、足は必死に踏ん張っている。


「逆噴射出力、40%に下げ、、、みんな、異常ないか?」


 計画に無い逆噴射は、彼らの予想以上の負荷であった。

 いつもは元気なドワイトでさえ、返事が苦しく、親指を上に伸ばしてグッドサインを出すのみでる。


「、、、、ロイ、、、これは、、、」


 逆噴射が間もなく終わる頃、マイケルが画面上に映し出された艦影を見て唖然としていた。

 まだ気持ちの悪いドワイトですら、その艦影には相当驚いたようだった。


「まさか、、、、火星軍の遠征艦隊?、、本物なのか?、、、」


 それは、火星定期航路に従事している者であれば、都市伝説として有名な話である。

 人類が未だ、ようやく月に進出したばかりの頃、当時のアメリカ合衆国を中心とした国連軍直轄の宇宙軍が密かに設立され、火星に軍隊を送り込んでいた、という言う噂。

 彼らがどうしてその艦艇を見てそう感じたか、と言えば、現在の宇宙船とは似ても似つかぬ旧世代の宇宙船独特のフォルムに他ならなかった。

 巨大なロケットの柱は8本は束ねられているだろうか、先端には大昔のスペースシャトルのような小型機が付いていて、その後方には巨大な貨物室ペイロード、そして、それを囲うように配置されたブースターとなるロケット群。


「まさか、、、本当に、火星軍が実在したのか?」


 ドワイトが愕然としながら目の前の宇宙船に目を奪われる。

 それは、ロイも同様であった、宇宙飛行士を志す者であれば、このような遭遇、一度は夢に見るものだから。

 

「やっぱり止めないか?、これは流石にヤバいって」


 恐怖しているのは、マイケルだけである。


「いや、この艦艇が、まだ機能を維持していた場合、本当に生存者がいるかもしれない、ドワイト、乗艦準備だ」


 輸送船内には、期待と不安の入り混じった感情が交錯していた。

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