ささくれに悩んでたら、ただの気の置けない同僚としか思っていなかった彼に、ドキッとさせられた

空豆 空(そらまめくう)

第1話

「あーもう、やだ。帰りたい。穴に埋まって冬眠したい」


「なにやさぐれてんの」


 イライラして思わずボヤいた私に、隣の席のいつきが声を掛けてきた。


「仕事でミスってやり直しくらった。もうこれで5回目」


 私はデスクに敢えて置きっぱなしにしているハンドクリームの蓋をパコッと開ける。


「あ、出た」


「うっさい」


 そしてハンドクリームを手に塗り込んだ。



 このハンドクリームは私のお気に入り。


 いい匂いがして落ち着くから、ストレスを感じた時に塗りたくるのが、私の最近のストレス解消法。そしてもう一つ、ハンドクリームを塗る理由が……


「お前、いっつもハンドクリーム塗ってるわりに、全然治らないな、その手荒れ」


 そう、頑固な手荒れがいつまでも治らないこと。


「うーるーさーいーでーすー。気にしてるんだから黙っててよ」


「まぁ、いいから貸してみろって」


 口を尖らせる私の手を掴むと、樹は私の爪のあたりにハンドクリームを塗り込んだ。


「ちょ、ちょっと何よ、いきなり」


「思うんだけど。塗らなきゃいけないところに塗り込めてないんじゃねーの。後、香り重視のハンドクリームより、効能重視のハンドクリームに変えてみたら? そしたらそのささくれも、ちょっとは良くなるんじゃね」


 樹はもっともらしいことを言う。けれど。


「それくらいで治るわけないじゃん。ハンドクリームなんて気休めみたいなものだもん。だったら香りで癒される方がいい」


 ぼやいた私に樹が言った。


「だったら、男変えたら? 平日フルタイムの彼女を深夜に呼び出してメシ作らせて、洗い物までしてくれてる彼女を癒すことなく寝てしまう男より、よっぽどいい男いると思うけど」


「え?」


「俺ならごはん作ってもらったら洗い物くらいするし、その後愚痴でもなんでも聞いて癒してやるぞ? そしたら睡眠不足も解消してミスも減少、肌荒れも解決、いいことづくめ! どーだ」


 ちょっとかっこつけた樹の顔が赤い事に気付いて、私の心のトゲが、ポロっと落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれに悩んでたら、ただの気の置けない同僚としか思っていなかった彼に、ドキッとさせられた 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ