ノットワイヤージレンマ

しょう

草千里一里による爆弾処理

 携帯がアンダーザムーンの月の詩を流し出した。見れば黒崎の名前が踊っている。専用の着信音なので当たり前と言えば当たり前であるが、一々確認してしまうのは癖だろうが、それとも箱の中の猫が生きているのか死んでいるのか極めて曖昧な状態に置かれているのと同じようにひょっとしたら違う誰かかもしれないというちょっとした不安を持っているからだろうか?

 確かめた今となってはどちらでも良い。画面に触れたことでスピーカーから黒崎の声が飛び出してきたのが唯一の現実である。

『お前なにやってんだ!!!』

 なにとはご挨拶だな。友人に招待されたパーティーに参加しただけなのであるが。

 日本でも有数の財閥、は存在しないので企業グループの久々留木家による新ビル竣工式を兼ねたパーティーだったがなかなかな規模だったぞ。100近いドローンに編隊を組ませたり、AR使用の派手な開幕演出だったり、貴様も来れば面白いものを見れたものを。

『当日に誘ってきたお前がおかしいんだ! そもそも締め切りが近い人間を誘うな』

 安心しろ。私も明日締め切りである!

『安心できるか! だから、お前は一体何をしているんだ!!』

 通話越しに聞く黒崎の声色は近年稀な程に焦りを含んでいた。ここまで焦っているのは聞いたことがないのではないかな? しまった、録音していればよかった。今からだと、どうすれば良いのね?

『いいから、さっさとそこから逃げろ「Get out of the box」とかいうおかしな連中が爆弾仕掛けたって犯行声明は出てんだ。とれだけの規模かは分からんがそのままそこにいたらヤバイのはいくらお前でも分かるだろうが!』

 それなのだがね? 黒崎、貴様は赤と青どちらの色が好みかな?

『そりゃあ、どういう意味だ? どちらのコードを切ったらいいかって意味だったら怒るぞ』

 私は怒られてしまうのかね? 優しくしてくれると喜ぶぞ私が。

『言ってる暇があるなら逃げろ』

 黒崎の必死がさらに濃くなる。申し訳ないと思わんでもないが、逃げる訳にも行かない理由もある。

 今私がいるのはワンフロアぶち抜きの四十二階のパーティー会場だ。電子制御で自由自在に間取りを設定できるというなかなかにハイテクな技術が使われているらしい。下層の今後分譲予定のマンション部分にも部分的に導入されているとかで後で内見でもさせて貰おうと考えていたのだが、最初の脅しの意味も含んでいたであろうビル低階層で起きた爆発でシステムダウンしてしまったようなので後日にするしかなさそうである。

 つまりは、パーティの参加者約百人と一緒に閉じ込められているという案配なのである。幸い他の避難者は久々留木家の長女且つ私の友人である「るるる」が『お静かになさいまし。あなた方も大なり小なり人の上に立つ立場をお持ちの筈。そのような地位にあるものがこの程度の事で慌てふためくなど恥ずかしいと思いませんの』と諌めてくれたお陰でパニックにはなっていない。限界近くまで膨らませた水風船みたいなものなので何時破裂するか分かったものではないが、必要以上に騒がしくないのは有り難い。

 我が友人ながら中々堂のいった胆の据わりっぷりである。私も負けてはいられないのである。

 ということなのでアイデアを宜しく頼む。

『ふざけてないのは分かった』

 おや、今度は怒鳴らんのかね?

『怒鳴り疲れた。それに怒鳴ってもお前はこれっぽっちもこたえやしねぇだろうが』

 凪いだ海のように平坦な声である。実に後が怖い。しかし、仕方あるまい。甘んじて次に顔を会わした時には叱責を受けようではないか。

『御託はいい。映像に切り替えろ。実物を見んことには俺も相談が出来ん』

 無理である。私の携帯にそんな便利な機能はない!

『付いてる奴の携帯を借りろ』

 残念なのだが、タイマーの数字が残り二分を切ったので難しいと思われるのである。

 スゥと大きく息を吸う音が聞こえた。

 携帯を耳から話す。

『なに暢気にくっちゃべってやがんだお前はぁ!!!』

 目一杯腕を伸ばしたのだがそれでも耳が痛い。

 時間がないので宜しく頼むのである。

『あー、クソ。どんな形だ? 出来るだけ手短に詳しく教えろ』

 重箱のような箱の上に目覚まし時計が載っているのである。時計からは右から一本、左から二本コードが伸びてている。さっき聞いた赤と青のコードであるな。思ったより軽くて放り投げるところだった。なのでマイトやC4ではないと思う。あと、左端に牛乳パック位の縦長の箱がくっついていてチャポンチャポン音がしたのである。

『馬鹿だろ、お前。爆発物揺らすとかなに考えて生きてんだ……。後で説教だ、覚えとけ馬鹿』

 ド直球な罵倒が来た。語彙が死んだらしい。

『時計に繋がってるコードは3本なんだな。なら一本だけ伸びている方を切れ。良いか、もし針が動き出すようならすぐにコードを』

 切ったのである。次はどうすれば良い? 時計は止まったぞ。

 喧しい喧しい、鼓膜が死ぬぅ~。

 罵詈雑言が聞こえた。喧しすぎて聞き取れなかったが、黒崎が非常に怒っているのは分かる。黒崎の胃が心配だ。

 ま、結果オーライという奴である。ほれこの後どうすれば良い。

『……タイマーは止まったんだな。だったらもう触るな。出来るだけ離れて野郎連中で分厚いテーブル固めてその後ろに隠れてろ。ないとは思うが念の為だ』

 フムフム、なる程。しかし、よく切るコードが分かったものであるな。まさか三本目とは思わなかった。

『………、時限爆弾ってのは仕組みは単純でな。タイマーが作動して発火装置に電気なりが流れて作動して爆薬を起爆させる。で、話聞いた限り目覚まし時計使ってるなら複雑な回路も噛ませてないだろうからタイマーを止めりゃなんとかなると思ったんだが、なんとかなって良かったよ』

 心底安堵したと分かる気の抜けた声だ。微妙に優しげなのが珍しい。録音して後でからかいたい。やり方が良く分からないのが無念である。

 思った以上に単純なのだな。もっとダミーの線があって、赤か青か緑かと悩むのかと思っていたよ。

『映画の影響だな。時限爆弾なんで見つかる前提で数仕掛けるもんなんだよ。ダミーのコード仕掛けてまで拘る必要はねぇんだよ。極論桶にガソリン入れて線香立てておくだけでも時限……』

 黒崎? どうした?

『やられた。タイマーはダミーだ』

 ?? 何を言っているのか良く分からないのだか?

『タイマーだよ。本物は縦長の箱の方だ。おそらく中に二種類薬品が入っていて境が溶けるかなにかで混ざると発火する。でボンッだ。くそ。なに考えてんのか知らんが、仕掛けた奴は相当性格が悪いぞ』

 つまりまだ爆発するかもしれないとということであるか?

『ああ、それも何時爆発するか分からないってオマケ付きでな。だから』

 ふむ。だから逃げろと? 爆発しないことを祈りながら天に運を任せろと?

 実に性に会わない話である。

『おい、なにするつもりだ!』

 るるる、ドローンに借りるのである。

 これに括りつけて、排煙窓から外へ、そして出来るだけ高く遠くに飛ばす。ドローンがひどくゆっくり、それこそノロノロと離れていく。焦れったい。心臓の音が腹立たしい程大きく聞こえ、それ以上の大音響が生まれた。時限爆弾が上空で爆発したのである。

 これぞボルガ式解決法、私を崇め奉るが良い。

 黒崎、小腹も空いたのでTボーンステーキでも食べに行こう。




『黒崎棺による蛇足のような解説』

 正直今回は心底つかれたので簡単に済ませたい。


 久々留木家

 日本でも有数の大企業のトップ。代々女系家系らしく先代当代と女性が務め、子供も三姉妹だか四姉妹だかだそうだ。それぞれ実にキャラが濃いという噂だが、草千里の友人という時点で類が友を呼んだのか朱に交わって赤くなったのかは知らないが、残当といった話だろう。



 Get out of the box

 人類は古代より家という「箱」に守られていたいという原始的な欲望を持っている。

 しかしそれは人類という種を限りなく弱くしてしまった。にも拘らず、愚かにも人類は箱を高く積み上げ、ビル等という大きな閉じた箱に人類を閉じ込め始めてしまった。

 人類は箱から解放されなくてはならない。

 なる教義のもと、

 人類に自由を! をスローガンに掲げた過激組織。

 続く活動はまだ報告されていない。


 赤か、青か

 普通、時限爆弾に選択肢をもうける意味はない。簡単に数を作れるの一番のメリットだからな。

 一説には古い映画で犯人が交渉の材料としてわざと仕掛けたトラップが、盛り上がるという理由で受け継がれていると言われる。確かに一度は使ってみたいとは思うわな。


 時限爆弾

 定義としてはタイマーと点火装置と爆薬があれば作れてしまう。

 日本だと爆薬の調達に困りそうなもんだが、ものに拘らなければ実は簡単に作れる。


 ボルガ式解決法

 時限式の爆発物を上空から投下して、もしくは捨てて爆発させる処理方法。

 これまた、古いアニメに出てきたもの。

 なんで草千里がこんなもの知っていたのかは知らん。

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