第40話 束の間の安息
幸いにして
いや、ツキはあるのだろうと直樹は思い直す。そうでなければ二度も拉致されて、更にまともに襲撃を受けたのだ。だというのに、こうして無事であるはずがないだろう。
荒い息を整えながら六本木通りで捕まえたタクシーに乗り込んだ直樹と若菜は、そのまま三軒茶屋にある直樹の自宅に向かった。タクシーの中で直樹は何度か片山に連絡を入れたのだったが呼び出し音は鳴るものの結局、
片山のことだ。あのような危機的状況だったとはいっても、その身に何かあったとは簡単に考えられはしなかったが、こうして連絡がつかないことが気がかりであることには変わりがない。それに片山が無事だったとしても、発砲音のような音を聞いたことも直樹としては気になるところだった。
あれが本当に発砲音だったとすれば、それが新たな火種を生むことになる可能性もある。それらも含めて今は考えなければならないことがたくさんあるようだった。
若菜を伴って自宅に着いた直樹は扉の鍵を閉めた後、そのような思いを抱えたままで大きく息を吐き出した。別に自宅が絶対的に安全なわけではないが、やはり帰ってくると紛れもなく安堵感といったものがあるのは事実だった。
若菜と行動を共にしている男ということで自分の存在は既に知られているのだろうとは思うが、流石に素性までは分かってはいないと直樹は思っていた。となれば、後をつけられていない限りは自分の自宅が既に知られているようなことはないだろう。
時刻は午後二時を回っていた。考えてみれば昨日の夜から食事も睡眠も取っていない。だが、精神が高揚しているからなのか空腹感や眠気、そして疲れさえも未だに感じてはいなかった。
「危なかったわね」
部屋に入って若菜は直樹の顔を見ると屈託のないような笑顔で言う。まるで人ごとのような言い方が直樹の癇にさわった。そのような言い方をされると、誰のせいでこうなったと流石に言いたくなってくる。
直樹の険しい顔。その心情を機敏に察したのだろうか。文句を言おうと口を開こうとした直樹の口を若菜の口が塞いでしまう。
直樹の口腔内で若菜の小さくて生暖かい舌が巧みに動いてくる。それと同時に大きくはないが形のよい若菜の胸の双眸が自分の胸に押し付けられているのを直樹は感じる。
昨晩から互いに風呂にも何も入っていないのだ。だが、それによる匂いが逆に性的な興奮を生むようだった。既に直樹の股間は熱を帯びている。
頭の片隅にこんな時にといった思いが浮かんでくる。考えなければならないこと。しなければいけないことが山積みなはずだった。しかし、それも生まれた欲望の前では一瞬にして霧散していく。
互いに前歯が音を立ててぶつかってしまうほどに激しく唇を合わせて、何かに急かされるかのように舌と舌とを絡ませ合う。
匂いだけではないのかもしれない。危機的な状況から脱せられたという事実や、安堵感も互いにその行為を後押ししているようだった。この今のタイミングでは抗うことが不可能であるかの如き性的な匂いが若菜からは立ち昇っている気がした。
その匂いを感じながら、きっと自分もそうなのだろうと直樹は頭の隅で思う。若菜の右手が熱を帯びている直樹の股間に伸びてきた。
片山の安否もそうなのだが気にかかることも沢山ある。しかしそれらを忘れるように、直樹はその場で裸にむいた若菜の白い肌に舌を這わせるのだった。
寂寥なき街の王 ~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~ yaasan @yaasan
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