箱の中身はなんだろな?

明日和 鰊

箱の中身はなんだろな?

 大学時代の友達から海外旅行のお土産に、模様の刻まれた木で出来た古そうなキューブ型のインテリア雑貨を貰った。

 一辺が10センチ程度の立方体で、模様とも海外の文字とも判別のつかないデザインが所々に彫り込まれている。 

 私の趣味に合う造形で、同じデザイン学科に通っていた彼女は旅行先のヨーロッパの骨董屋でコレを見た時、まず私の喜ぶ顔が浮かんだと言っていた。


「このあいだは時間がなくてごめんね、茜。また今度食事に行こう。それとお土産ありがとう、すごく気に入ってる」

「でしょ、あんたが好きそうだなってピンときたんだ。それで何、電話で聞きたい事って?」

「茜のくれたお土産、どうも箱らしいんだよね。しかも『秘密箱』みたいなんだけど、コレの開け方とかわかる?」

 『秘密箱』とは、表面の飾りなどを動かして箱の蓋を開けるからくりが仕込んである、日本にも昔からあるパズルのような箱根などの土産物である。


 この箱を持って眺めている時に、手が滑って落としそうになった事があった。

 その時、落とすまいと両手で強く掴んだ時に、箱の表面部分がズレた。

 はじめは壊したかとも思ったが、どうも元々そのような造りになっていることが観察してみるとわかる。

 その時に何かが外れたのか、動かすと箱の中からカタカタという音が聞こえるようになった。

 汚れや経年劣化による木材の膨張のせいか、スライドさせるには力が必要だったが、いくつか動かせる箇所はわかった。

 しかしあと一歩という所でどうにも動かなくなって開けることはかなわず、茜が骨董屋で何か聞いてないかと思って連絡をしたのだ。


「う~ん、店のおじいさんからは何も言われなかったし、私もそんな仕掛けがあるどころか、中に空洞があるなんて気付かなかったから。ごめん、もし気になるんだったら私に気を遣わなくていいから、壊しちゃってもいいよ」

「そんな、そんな。こっちはついでで、次の食事会の話がメインの用事だから」


 また会う日を決めて電話を切ると、私は目の前の箱を睨んだ。

 コレが寄せ木細工だと気付いた日から、私の頭の中はなぜだかこの箱に支配されていた。

 仕事をしていてもこの方法なら開くんじゃないかと考え続け、仕事も手につかなくなるほどだったし、箱を開けて中に入っている大きな宝石を手に入れる夢まで見た。

 いっそ茜が言うとおり、壊してしまおうかとも考えた。

 しかし壊してしまうには勿体ないほどの私好みの造形の美しさで、それに中に何かが入っているのなら箱と同時に中身も壊れてしまうかもしれない。

 そう思うと、壊すといった思い切った行動に移すことは、私には出来なかった。

 


 私はその後も、箱を開けるのに没頭していた。

 休日はおろか会社を休んでまで、一日中掛かりきりになる事もあった。

 開けなければいけない、ただ使命感のようなその思いだけが、取り憑かれたように私を突き動かしていた。

 その日、レンチンの食事をすませソファに向かおうと、ガラステーブルの上に置いてあった箱を掴んで立ち上がったところで、突然玄関のドアが叩く大きな音がした。

 私は驚いて箱をテーブルの上に落としてしまう。

 箱はガシャンと音をたてて、弾けるようにバラバラになった。

 壊れたかと思ったが、スライドする部分のパーツはキレイに外れており、私は解錠の最後の一手が強い衝撃を与えることだと気付く。

 私の口元には自然と笑みが浮かび、声を出して笑っていた。


 その瞬間、私の視界に映る世界は一変した。

 初めて経験する、光一つ射すことのない暗闇。

 真っ暗なその世界で手を伸ばせば、すぐに壁に突き当たる。

 手を壁に沿って這わせて、その空間の大きさを測ってみると、一辺が私の身長より少し大きい程度の立方体だとわかった。

 箱の中?

 私はあり得ないことを、なぜか頭の中で受け入れていた。


「ちょっとどうしたのよ?何日もLINEにも電話にもまったく出ないで」

「ごめん、ごめん。ちょっと最近立て込んでて。もう大丈夫、やっとカタがついたから」 

 空間の外から、茜の声が聞こえる。

 それに応えているのは、私の声だった。

 ワケがわからない。

 この空間も、外から私の声が聞こえてくることも。

 ともかく、私は大声で茜に助けを求めた。

 しかし茜は私の叫びもむなしく、外の私に促されるまま帰ってしまう。


「可哀想だけど君の声は今、僕にしか聞こえない」

 しばらくして、外から私の偽物が話しかけてきた。

「あ、あなただれ?」

「感謝するよ。君が封印を解いてくれたおかげで、その身体を貰ってボクは外に出ることができた。薄々わかっているだろう。僕はその箱の中に閉じ込められていたタマシイさ。僕も昔、悪い奴に唆されて閉じ込められてね。この封印は箱に刻まれた呪文を崩した人間にしか解けないから、君が現れるまでずいぶん待たされたよ」

 あの時私が箱をスライドをさせたことで、封印を解く準備が出来てしまったということ?

「僕に出来るのは、呪文を崩した人間の心に呼びかけることだけだから、苦労したよ。開け方を教えることも出来ないし。さて、君をこのまま放置するのも心苦しいから、何処かの古道具屋に売ってあげるよ。運が良ければ、誰かが封印を解いてくれるかもしれないしね」

「いつまで?あなたはいつからこの中に閉じ込められていたの?」

 外の私の声がしばらく無言になる。

「まあ、安心していいよ、その箱の中じゃ何百年経っても死なない。まったく、死ぬことも出来ないんだから、いやになるよ。君が早く交代相手を見つけられるように、心から願っているよ」

 カチッという木をはめる耳馴染んだ音が聞こえ、それを最後に外から音が聞こえることは一切なくなってしまった。

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