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ronre

第1話

学業終了のチャイムと共に、一目散に駆け出す。

夏。窓から見える空は青々としていて、換気のために開けられている窓から若木の匂いが薫っている。

外に出て運動するのにはとってもとってもいい日和だ。

まああたしたちは、外で運動なんかしないんだけどね。

見つめるのは青々とした木々の葉っぱじゃなく、言葉と文字なので。

向かっているのは図書室。


言葉部部長、敬愛する名倉あむ先輩が今日もそこで待っている。


「あむパイセン!」

「あ、ハヤちゃん。おつかれー」

「こら〜矢口、図書室で大きな声を出すな」

「ぎえーすみません」


言動先生(入口カウンターの奥に潜む図書室の番人)に怒られながら、図書室奥の大机へとあたしは駆け寄る。

そこには可愛い可愛いあむ先輩がちょこんと座っていて、あたしの顔を認めるとにこりと笑った。


「今日も怒られたねえ」

「すみません……パイセンへの愛がデカすぎて図書室に収まりませんでした……!」


トレードマークの三つ編みおさげがささやかに揺れる。

夏なのに厚地の冬制服を着て、度の強めな丸メガネを掛けた、文学少女然としたお姿。

肌は病的なまでに白くて、メガネの奥にはバチバチに綺麗に延びた睫毛とお人形みたいに整った目を隠していらっしゃる。

元運動部所属で、日焼け切った腕に汗で夏服を張り付かせているあたしとは対極にある、お姫様みたいな存在感だ。しばし見惚れて立ち尽くす。


「うんうん、ラブが溢れてるのが伝わってくるよ。じゃあ座ってね」

「はい!」


優しくあたしをたしなめながら席に付かせてしまうその言葉遣いが愛おしい。

どきどきしながら席に着くと、ようやくあたしは改めて辺りを見回した。

普段は色々な学術書やら小説本に埋もれながらこの図書室で生活しているあむ先輩だけど、今日、大机には見慣れないものがごろごろと並んでいた。


「ええと……これ、今日の部活動で使うんですか?」

「うん。今日の言葉遊びはねえ、「ワードキューブ」です」

「わーどきゅーぶ?」


まず目を引くのは、アクリルか何かで出来た大きめの箱だ。

あむ先輩のメガネと同じくらい透き通っているそれは、光の屈折で輪郭が見えなかったらそこに存在していることを気付けなかったかもしれない。

蓋を閉められる構造になっていて、中に何かを入れるものであることだけがわかる。


そしてその透明な大箱を囲う用に、平仮名、が無造作に机の上にばらまかれている。

小さな立方体の六面、それぞれに「あ」とか「む」とかが描かれている、平仮名のブロックだ。

それらは、五十音の数だけ存在している――いや、「が」とか「ぷ」も見えるから、濁音半濁音を含めた七十一個かな?


大きさ的には、小さな文字の立方体が、大きな透明の箱にちょうど4つ×2段の、8個入りそうな感じ。

これらの情報と「ワードキューブ」という単語を頭の中で結びつけると、

学力最底辺のあたしでもなんとなく何をしようとしているのかは伝わってきた。


「ルールを説明しようね。と言っても、見たらなんとなくは分かると思うけど。

 ワードキューブは、2×2×2、8種類の平仮名をこの透明な箱に入れるゲームだよ。

 今日はわたしとハヤちゃんのふたりしかいないから、交互に入れていこうか」

「あ、ぎなた先輩とたほいやちゃんは今日は来ないんですね」

「二人ともちょっと別の用事で忙しいらしいんだよねえ」

「あたしはあむパイセンとじっくり蜜月を過ごせるのでとっても嬉しいですよ!」

「ハヤちゃん、付き合ってもないのに結婚したことにしないでね」


しれっとハネムーンを過ごしていることにしようとしたら、ツッコミを入れられてしまった。

くっ、言葉選びで距離を縮めたことにする作戦失敗。

脱線してしまった話を戻すためにあむ先輩が小さく咳をする。


「えほん。で、交互にこの平仮名を入れていって、言葉を作っていくんだね。

 たとえばこうして、「み」と「つ」を入れたら、その瞬間「みつ(蜜)」ができる。

 出来た瞬間に、そこに生まれている言葉を見つけてプレイヤーが宣言する。

 これは文字キューブを箱に入れた人でも、入れてない人でもいいよ。

 最初に見つけた人に1点。最終的に、点数の多いほうが勝ち、ってルール」


あむ先輩が「み」と「つ」の2文字を拾って透明な箱に入れると、

「みつ(蜜)」という単語がそこに発生した。


「はい! 質問です。この場合逆から読んで「つみ(罪)」でも1点行けますか!?」

「お~、着眼点がすっごく良い。ハヤちゃんそれは、頭なでなでだね」

「えっお願いしていいですか」

「比喩だねえ。ここからだとそっちに手が届かないし」

「そんなあ」

「さて、質問に答えようね。「つみ(罪)」って読むのだけど、もちろんありだよ。

 右から左でも、下から上でも、どの方向からでも読んでオーケーね。

 あ、ただ1文字――「み(実)」とか「つ(津)」は置いた人が点とるだけであんまり意味ないからなしにしようね。

 普段は読まない色々な方向から、立体的に文字を探すことで脳を活性化させよう。ってコンセプトだから。

 うん、脳の瞬発力が試される遊びだねえ」


言いながらあむ先輩はおもむろに「き」の平仮名を取って、箱の中に入れた。

上から見るとこんな感じ。


みつ

 き


「つき(月)!」

「きみ(君)、みき(幹)、つみき(積木)、つきみ(月見)、きみつ(機密)」

「――ひょえ~!?」


蜜月のくだりが頭にこびりついたあたしが勢いよく単語を叫んだところ、

あむ先輩が静かにかつ容赦なく単語をたくさん返してきた。

え、つき(月)を作るためのチュートリアルな一手かと思ったら、いきなり全力かつ想像以上の点数を取られてしまったんですけど。


「うんうん、ハヤちゃん1ポイント。いいよ~。そしてわたしは5ポイントだね」

「ちょっと待ってくださいついていけません! 君と幹はともかく積木とかはありなんですか!?

 ずる!」

「どの方向から読んでもオーケーだから、ナナメに読むのも、途中で曲がるのもオーケーだよ。

 ふふ、一気に難しくなったねえ? 今日は楽しくなりそうだね~?」

「ぐぐ、パイセンの悪い笑顔……可愛すぎる。なんでも許しちゃうう」

「ハヤちゃんわたしの笑顔だけで全部許しちゃってるの、社会に出て大丈夫か心配になってくるなあ」


おお、あたしが先輩に弱すぎて逆に心配されてしまった。

やだなあ大丈夫ですよ、こんなに弱いのはあむ先輩にだけですから!


「じゃあ、ここまででチュートリアルとしようかな。さっそくやってみよっか」

「はい! でも正直なところ、あむパイセンに勝てる気はあんまりしないですけど……」

「そうだねえ。じゃあ勝った人は作って宣言した言葉の中から、一つを要求していいことにしようか」

「え」


それはちょっと話が変わってくるな。


「といっても、つき(月)みたいに要求されてもあげられないものは要求不可ね」

「テンション上がってきました。どんなご褒美がほしいか考えながら文字を選ぶ必要があるってことですね……また難しくなった気もするけど、もうここまで来たら変わらないか。では、受けて立ちましょう!」

「うんうん、やる気が合って嬉しいよ。じゃあ、たくさん言葉を見つけて遊びましょう」


まずはじゃんけんで先行・後攻を決め、あたしが先行でゲームを始めることになった。

さあ――言葉遊びの始まりだ。


🍃🍃🍃🍃🍃


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・プレイヤーは透明な箱に2×2×2、計8個、8種類のひらがなを交互に入れていく。

・入れた瞬間にそこに生成された単語を読み上げる。一番最初に読み上げたプレイヤーに1点。

・単語は、縦横斜めどの方向から読んでもよい。

・1文字の単語は点数カウントしない。

・「みつ(蜜)」「つみ(罪)」のように双方向に読むこともできる。

・読む方向を折り曲げて3文字以上の言葉を作ってもよい。

・最終的に単語を宣言した数=点数が多かったプレイヤーの勝ち。

・勝者は、自分が宣言した単語の中から一つを要求することができる。


🍃🍃🍃🍃🍃



(まず、あたしとあむ先輩の実力差から戦術を考えないといけない……!

 絶対にあむ先輩のほうが言葉を作るのに慣れてるし、語彙も多い。

 普通に沢山言葉を作れる文字を選んでいったら一生かけても勝てるわけがない)


あたしはあむ先輩からのご褒美をもらうために、真剣に戦術を考える。

一手目はそれ単体で点数をとれない一手ではあるが、

8種類の文字のうち一つを選び、ゲームの方向性を決める重要な手だ。


(単純に考えて、双方向に読めそうな組み合わせが多くなる文字を使ったら、危険だ。

 例えば「あ」と「い」なら……

 「い」は「いか(烏賊)」とか「いみ(意味)」とか、「い」から始まる2文字の単語もあって、

 「かい(貝)」とか「まい(舞)」とか、「い」で終わる2文字の単語も多い。

 「あ」は、「あみ(網)」とか「あき(秋)」とか、「あ」から始まる2文字の単語は多いけど、

 「あ」で終わる2文字の単語はあんまり思いつかないから、あたしなら「あ」を選ぶべき。

 しかも、報酬のことも考えないと……)


報酬、何にしよう。

3文字以上の単語を狙うのは難しそうだから、2文字の単語でかつ、あむ先輩に貰って嬉しいものを選ぶことになる。

いやあたしはあむ先輩に貰えるならなんだって嬉しいけど、

例えば「かね(金)」とかなんて別に要らないし。

それこそ「あい(愛)」を要求するのもなんか違うしなあ。

少なくとも言葉部の後輩として沢山愛してもらってるのは分かるし、愛って要求するものでもないし。

ほかに2文字で良い感じに、かつゲームの戦略的にも間違いないもの――。


「決めました」


思いついたあたしは、文字キューブを掴んだ。


「これで行きます。「は」!」


宣言しながら箱に入れたのは、「は」の文字キューブだ。

まださすがにあたしの報酬の狙いは見えないだろうけど、戦略には気づいたようで、あむ先輩はちょっと悪戯っぽく笑った。


「ふふ、ハヤちゃんは控えめだねえ。沢山言葉を作れたほうが楽しいのに」

「そしたらぜっったい勝てないですもん! ガチで考えて、限られた言葉数の瞬発力での取り合いに賭けますよ!」

「スタートダッシュの勝負にするのは、ハヤちゃんらしいかもね」


言いながらあむ先輩は「す」を箱に入れた。


「で、「はす(蓮)」。すは、なんて言葉は無いからここではこれだけかな」

「……「す」、ですか」

「「す」は結構双方向だよね。「いす(椅子)」と「すい(錘)」とか「じす(JIS)」と「すじ(筋)、「すか(スカ)」と「かす(滓)」。色々あるよー」

「じ、JIS……?」

「日本産業規格(JIS=Japanese Industrial Standardsの略)のことだね」

「やっばい、wikipediaみたいなこと言われた」


実力差が肌にびんびんに伝わってきて鳥肌が立ってしまう。

あたしは今、ここまで強大な力を持った存在に立ち向かおうとしているのか――。

いや、折れるな矢口ハヤ。

勝負するからには、勝ちを目指すのだ。

それが先輩への礼儀でもある。

――3ターン目、ここでまずご褒美を宣言しておく!


「先輩、ご褒美絶対頂きますからね。えいや!」


あたしは「ぐ」の文字キューブを箱の中に入れた。


はす


「「はぐ(Hag)」!! あたしが勝ったらなでなでどころではなく、ぎゅーっとしてもらいます!」

「うわあ。やっぱり溢れすぎてるねえラブが」

「なんとでも言ってください、このパイセンへの愛は本物なので。そして、他に読めそうな並びもないですよね……!?」

「うん、「すぐ(直ぐ)」は言葉ではあるけど、単語というのはちょっと違う感じがするね。

 「ぐす(具す)」って動詞もあるけど、動詞は単語とは言わないことにしないと、無限になっちゃうから省こうか。

 でもねハヤちゃん、「すぐは(直刃)」はあるんだよね」


ぴょこ、と可愛い音が立ちそうな動作で椅子から立って、とてとてと図書室の本の森の中へあむ先輩が消えていった。

身長小さめのあむ先輩はまるで小学生のようで、冬服の制服も最小サイズなのに、それでもけっこうだぼだぼだ。

本を抱えて戻ってくるあむ先輩。<日本刀の作り方>。なにそれ、この学校そんな本置いてあるの?

ぱらぱらとページをめくると、どうも日本刀の刃の模様である刃文の種類として直刃(すぐは)があるということだった。


「日本刀の絵を思い浮かべてみて。波みたいに模様を曲げてあることもあれば、真っすぐなこともあるでしょう。前者が乱刃(みだれば)で、後者が直刃(すぐは)」

「すっごく……勉強になりました……」

「という訳で、わたしがさらに一点ゲットだね」


あたしは喉から絞り出したような声で応答を返すので精一杯だった。

やばいぞ。これ、勝てなくない?

ちょっと戦略とか練ってそれっぽくやろうとしてみたけど、そういう小細工で埋めれるような差じゃないんじゃない?

いまの、完全に知識の外から単語が降ってきて殴られているんですけど。


「さあ、四文字目からがもっと楽しくなっていくよ。どんどん行こうね――」

「ひええ~ッ」


すっかり楽しそうに文字を選び始めたあむ先輩に、もはや恐怖しか感じないあたしだった。


名倉あむ:2点(蓮、直刃)

矢口ハヤ:1点(Hag)



🍃🍃🍃🍃🍃



4文字目、あむ先輩は「み」を選ぶ。


はす

ぐみ


「「すみ(炭)」」

「「みす(Miss)」! 「ぐみ(グミ)」!」

「「はみ(銜)」と、「はぐみ(葉組)」」

「ええなんですかそれ……」

「馬の馬具だね、ハミは。葉組は、生け花で、葉のみを組み合わせて花型を作ることだよ」

「強すぎですよお~。でも、まだまだあきらめませんよッ」


名倉あむ:5点(蓮、直刃、炭、銜、葉組)

矢口ハヤ:3点(Hag、Miss、グミ)



🍃🍃🍃🍃🍃



5文字目、あたしは「ね」を選んだ。

ここから2段に平仮名が積まれて、文字組が平面的なものから、立体的になる。

下記では下段と上段を左右に並べて表現することにしないと訳わからないので、そうします。


はす ね

ぐみ


「「はね(羽)」、「すね(脛)」!!」

「「みね(嶺)」……のほかにはないかなあ。ふふ、ハヤちゃん頑張るね」

「「ねす(ネス)」はキャラ名なのでナシですもんね!?」

「うんうん。なしで合ってるよ。スマブラはたしなむの?」

「お兄ちゃんがマザーやってたんで。スマブラはカービィちゃん一択です」

「ちなみにわたしはゲーム&ウォッチ使いだよ。ぎなちゃんたほちゃんも入れて今度やろっか」

「絶対楽しいやつ~!」


名倉あむ:6点(蓮、直刃、炭、銜、葉組、嶺)

矢口ハヤ:5点(Hag、Miss、グミ、羽、脛)



🍃🍃🍃🍃🍃



「さて、このゲームもまだまだ面白くなっていくからね」


6文字目、あむ先輩は「ん」を選んだ。

……「ん」!?


はす ね

ぐみ ん


「「ねん(年)」、「はん(班)」」

「ええとええと……「ぐん(群)」! 「みん(明)」」

「明って何かな?」

「ええと、ち、中国の国名の一つです! 歴史!」

「うん、適当に言ったわけじゃないね。えらいえらい」

「褒められてるのかなこれ」

「で、「ねんぐ(年貢)」。ふふ、いきなり「ん」を使われるとびっくりするでしょ?」

「ぐう」


図星だった。

「ん」から始まる言葉がこのゲームで作れそうな限りではほぼないので、

むしろ戦術的には加減してもらってると言ってもいいのに、まさかの選択で完全に虚を突かれた。

あたしがこれまでの文字が「ん」で終わるか探している間に、

あむ先輩は間に「ん」を挟んだ3文字を作れるかを見ていたのだろう。


「いや、でもじゃあ、んで終わる3文字だってあるはず……あ、「ぐみん(愚民)」は!?」

「ありだねえ」

「やった!」

「そしたらわたしは、「はんね(半値)」を貰おうかな」

「ひゃあまた3文字……一気に点数伸ばしすぎですよ、あむパイセン~……」


机に突っ伏すあたし。

ちょっと頭が沸騰してきた。このゲーム、1文字触れるだけで組み合わせがすごい勢いで増えていくので、頭をものすごく使っていることに気が付かされた。

6文字から2文字組み合わせるだけでもなのに、何文字の単語でもいいんだから――あたし目線ではもはや無限だ。


(……ん?)


もう負けかあ、と机に突っ伏した状態から横向きに文字の箱を見たあたしは、

「ん」「ぐ」が縦に並んでいるのをふと気に留めた。

「ん」「ぐ」――「み」もあるから、「み」「ん」「ぐ」――……。


「あっ、はみんぐ(ハミング)!!」

「おお!」


たまたま見つけた四文字。

あむ先輩もこれには驚いた。


「すっごい、ハヤちゃん。確かにあるね。ここまではわたしも思い至ってなかったよ」

「や、やりました……!! もっと褒めて!」

「褒めて遣わすよお。うん、民が使う道具って意味の「みんぐ(民具)」も見つけてたけど、ボーナスとしてハヤちゃんにあげよっかな。ハミングの中に実質入ってるし」

「いいんですか!? ありがとうございます……っておお?」

「気が付いた? これで同点だよ」

「まじですか。まじだ」

「勝負、まだまだ分からないねえ。さあ、ハヤちゃんの最終ターンだよ?」


名倉あむ:10点(蓮、直刃、炭、銜、葉組、嶺、年、班、年貢、半値)

矢口ハヤ:10点(Hag、Miss、グミ、羽、脛、群、明(ミン)、愚民、ハミング、民具)



🍃🍃🍃🍃🍃



「最終ターン……」


さっきの偶然の発見から考えて、あたしには2つの選択肢がある。

ここまでの初志を貫いて、単語を作りにくい文字を選ぶか。

それとも、さっきみたいなラッキーパンチを期待して、長い単語が作れそうな文字を選ぶか。

悩んで、悩んで――ゆっくりと、文字を選ぶ。

ここは初志を貫くのが吉と見た。


7文字目、あたしは「ぽ」を選んだ。


はす ねぽ

ぐみ ん


「ここは広げずに最後に賭けます。「ぽん(ポン)」!」

「麻雀かあ」

「「はんぽ(半歩)」もありますよね!?

 これ、今更ですけど、置く前にある程度考えられるから置く側めっちゃ有利ですね」

「今気づくのは遅いなあハヤちゃん。でも正解だよ。ふふ、ちょっとわたしは他に考え付かないね。

 ということは、半歩と言わず2歩の差をつけられちゃったか。でも、これくらいじゃないとね、燃えてきたよおー」


名倉あむ:10点(蓮、直刃、炭、銜、葉組、嶺、年、班、年貢、半値)

矢口ハヤ:12点(Hag、Miss、グミ、羽、脛、群、明(ミン)、愚民、ハミング、民具、ポン、半歩)



🍃🍃🍃🍃🍃



泣いても笑っても最終ターン。

あたしに課された勝利条件は、2点差を守ること。

つまり、あむ先輩があたしより3個多く単語を挙げてきた瞬間、あたしの負けということだ。

奇跡的に2点の差を持てていると捉えるか、それとも2点しか差が持てていないというべきか。

8種類の平仮名から2文字以上選んで作れる単語の数なんて、数学赤点のあたしでは想像すらつかない。

そして、最後の文字を選ぶのはあむ先輩――あたしがさっき選んだようにあんまり単語が作れなさそうな文字ではなく、おそらく組み合わせ爆発が起きるような文字を選んでくるはずだ。

身構える。


「じゃあ、いくよ」


窓越しに聞こえてくる蝉の声が、いやに耳に付いた。

じじじじと。

夏の図書室の中でもいちばん冷たく静かな時間が図書室に流れている。

あむ先輩が文字を掴む動作が、綺麗で恐ろしくて美しい。


(……そういえば)


と、ふと最後の最後であたしはまだ、考慮していないことがあったことに気づく。

ここまであむ先輩が獲った単語の中に、報酬にできそうなものがない。

あたしは、ハグを報酬にしたけど。

あむ先輩って、何を報酬にしようとしてるんだろ?


思考がそこへ至り、目の前の光景からあたしの意識がブレた。


……その一瞬を、突かれた。


はす ねぽ

ぐみ んき


「――「すき(隙)」」

「えっ!?」


8文字目、あむ先輩は「き」を選んだ。

そして一言目にあたしをまっすぐ見て、すきと言ってきた。

えっいま好きっていいました? それとも隙って言いました?


「「はき(破棄)」「はんき(反旗)」「みき(幹)」「きみ(黄身)」」

「ちょ、あむパイセン」


動揺しているあたしを尻目に、あむ先輩が淡々と単語を獲っていく。

にっこりと笑いながら。堂々としたその姿に気押されてあたしは頭がまっしろになる。


「「きぐ(器具)」「きんぐ(キング)」「きん(金)」「きね(杵)」」

「は、早い、速いですって」


この速さは、最初っから、これを最後の文字で考えていないと出てこない。

ここまでの7文字のやり取りの中で、ゲームをしながら、頭の片隅でずっと組み合わせを考えていなければ。

つまり恐ろしくて想像もできないが。

片手間で戦われていたのだ、あたしは。

なんてことだ。


「「ねんき(年季)」「きねん(記念)」「ぐんき(軍記)」――」

「負けました、負けましたって!」


すっかり敗北を悟ってあんぐりと口を開けて手を振るあたしに、あむ先輩が近づいてきた。

すたすたと勝利の歩みで、椅子に座ったままのあたしに近づいてきた。

頭がパニックなあたしは逃げることもできず、ただ流れに身を任せるままになる。


あむ先輩が白くてきめ細やかなそのお手手をあたしの顎に添えて。

あたしに、横を向かせて。

あれ?

あたしが座った状態と、あむ先輩が立った状態だと、これ、顔がめっちゃ近いぞ?

そう思ったのもつかの間で、あむ先輩はさらに顔を近づけて、

唇に、唇を触れ合わせて来て?

え?


ええ?


「……「きす(キス)」。ふふ。わたしの勝ちだねえ?」


名倉あむ:23点(蓮、直刃、炭、銜、葉組、嶺、年、班、年貢、半値、隙、破棄、反旗、幹、君、器具、キング、金、気ね、年季、記念、軍記、キス)

矢口ハヤ:12点(Hag、Miss、グミ、羽、脛、群、明(ミン)、愚民、ハミング、民具、ポン、半歩)


勝者:名倉あむ



🍃🍃🍃🍃🍃



「ぎなた先輩~。そろそろ部長とハヤちゃん、ヤってるころですかね?」

「ヤってるとか言い方悪いぞ、たほいや。まあ流れでヤってても驚かねェけど」


じじじじと蝉が鳴く夏の放課後、校外のコンビニ前。

言葉部の残りの部員、ぎなたとたほいやは、コンビニで買ったアイスをぺろつきながら時間を潰していた。

――今日は別に用事がなかったので部活に行っても良かったのだが。

部長たる名倉あむのたっての願いで、二人きりにしてくれと頼まれたのだ。


今日決着をつけるから、と。


「いやあ。あれだけ好意を向けられたらねえ。誰でも堕ちちゃいますよねえ」

「そうだよなあ。まあ元々はあいつが救ったのが悪いから、もう自業自得ってやつだよな」

「ああ、元々はあむちゃん先輩が誘ったんでしたっけ? ハヤちゃんのこと。

 ハヤちゃんが怪我で陸上の道を棒に振ってしまってめちゃ荒んでたのを、たまたま通りすがって、言葉たくみに言葉部に」

「それよ。何言ったかは知らんけど、当初はただの言葉遊びをしたつもりだったんだろうな」

「すっかりただの遊びじゃなくなってしまいましたけどねえ」

「まじウケる。

 ――言葉遊び屋が言葉に溺れたら終わりだぜ」

「ハヤちゃん、めっちゃ驚きますよね~たぶん。

 あむちゃん先輩あんまり顔に出ないし、ラブコールも言葉の綾で常にはぐらかしてますし。

 ていうかハヤちゃんさあ、いっつもあむちゃん先輩のほう見てるから、逆にずっと見られてるのには気づいてないのウケません?」

「それ超ウケてたわ。やっぱり両片思いを眺めてニヤつくのが学生の一番の娯楽だぜ。まあそれも今日までだけどな。

 あいつら、明日からはらぶらぶしすぎで図書室から追い出されるかもしれんぞ」

「ありえますねー」


ただでさえ現状でも、言動先生にハヤが注意されるレベルで図書室に迷惑をかけているのだ。

夏のせいにはできないくらい熱々になってしまったら、ただでさえ部活動としては例外的に公共の部屋を使っている我々言葉部が、追い出されてしまうのは確実だろう。


「そしたらどこ行きます? 先輩んち行っていいです?」

「ウチの部屋は超狭いから4人も入らねえよ。たぶん名倉のとこだろ、あいつの家、バカみたいな豪邸だからな」

「そうなんですか? ハヤちゃん、玉の輿ですね~」

「おまえ適当にしゃべりすぎじゃねえ?」

「いやいや。祝福してますよ~祝福。このアイス食べ終わるくらいまでは」


ぱくり、と棒アイスに食いついて、「お、当たり棒じゃん」と、たほいやがにやついた。


「4人でスマブラでもして過ごそうぜこの夏は。ところでよ、たほいや」

「なんです?」

「あのバカどうやって決着付けると思う?」


言葉部部長、思い伝え下手で言葉遊びに興じてしまう女、名倉あむのことを指して、

ぎなたはたほいやに問いかけた。

たほいやは、はぁ、とため息をついて、そんなの決まってるじゃないですか、と前置きをしてこう返した。


「自作のめんどくさい言葉遊びゲームにしれっと告白混ぜて、勝利のキスでもするんじゃないです?」

「――だよな、ウチもそう思う」

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