第26話 幼馴染と、これからの日々――

 高田紳人たかだ/しんとは朝、ベッドから上体を起こした。

 昨日の事を忘れられないまま、紳人は自室を後に一階リビングへと向かう。


 リビングでは、妹のりんがすでに食事をしており、席に座ったまま眠そうに焼いた食パンを食べていた。


 妹には簡単な挨拶を交わすと、紳人も食パンを用意して隣の席に座り、食事をする。


 妹の方は今日も早いようで、食事を終えると、すぐに席から立ち上がり、支度の準備をし始めていた。


 妹は家を出る前に紳人がいるリビングへ一度立ち寄り、明るい笑みを浮かべながら行ってきますと、それだけを告げて家を出て行ったのだ。

 それだけのために、なんでと思うが、紳人も妹に返事を返す。


 妹が家を出て行ってからかなり静かになった。


「そろそろ、俺も早く準備をしないとな」


 急いで手にしていたパンをコップに入っている水で流し込み食事を済ませる。


 刹那、紳人は昨日のことがフラッシュバックしていた。

 一度寝て、忘れたと思っていたのだが、やはり、あのトラウマからは逃れられないようだ。


 でも、昨日、彼女に対しては、付き合わないとハッキリと言い切っていた。


 今日からは普通に過ごしたい。


 学校で、花那から何もなければいいと感じながらも、リビングの席から立ち上がる。


今日からは幼馴染との時間を作りたいのだ。


 そんな想いを抱きながら支度をして、家を出た紳人は学校まで重い足を進ませた。






 紳人が学校に行くと、すでに花那の姿があった。


 紳人は教室の前の方からチラッと藍沢花那あいざわ/かなんの横顔を見つつも、教室の後ろから入り、彼女の背中ら様子を伺いながら席に着く。

 しかし、彼女は振り返る事はせず、話しかけてくることもなかった。


 ただ、普段通り、委員長としての業務を行っているだけだ。


 何も話してこないなら、そっちの方が楽なんだけど……。


 けど、何かが違う。

 モヤモヤする。

 すっきりしなかった。


 昨日、絶対に誰にも言えない事をしたのに、稀薄すぎると思う。


 紳人はそれから様子を見守ることにした。


 俺の方から話しかけた方がいいのか?

 でも、あともう少し待つか。


 そうこうしている間に、時間が経過していく。


 そんな中、花那が一旦手を止め、席から立ち上がるついでに振り向いてきたのである。


 一瞬、心臓を掴まれるようにドキッとしたが、彼女はそれ以上、何もしてこなかった。


 花那は無表情のまま、資料を片手に教室を出て行ったのだ。






 ようやく終わったか……。


 紳人はリラックスするかのように、机に突っ伏した。


 今は放課後である。

 HRを終え、担任教師が立ち去って行ったことで、教室内が騒がしくなっていく。


 それにしても、あれから藍沢さんの方からは何もなかったな。


 突っ伏したまま紳人は顔を上げ、花那の方を見やるが、彼女はまったく振り返ることがなく、自ら接触を図ってくることもなかった。


 やはり、昨日の件で本当に、関係は終わったのだろうか。


 解放された気分でもあるが、寂しいような複雑な心境だった。


 クラスメイトらが仲間同士で会話しながら帰宅していく中。花那は担任教師から渡された業務があるらしく、資料を手に教室を後にして行った。


 俺もそろそろ帰るか。


 紳人は一呼吸を付いた後、椅子に座った状態で背伸びをした。

 それからリュックを手に席から立ち上がり、教室から出た。




「紳人って、今から帰るの?」

「?」


 廊下に出たところで、突然話しかけてきたのは、気さくな笑顔を見せる幼馴染の中野夢月なかの/むつきだった。


 いきなり目の前に出現した事で、紳人は動揺してしまう。

 後ずさってしまった。


 目を見開き、紳人は彼女の姿を再び見やる。


「そ、そうだけど」

「私、ちょっと寄りたいところがあるの。紳人も、他にやる事はないよね?」

「今日はね」

「じゃ、行こ」


 夢月から手を掴まれ、廊下を歩くことになる。

 彼女から街中へと導かれるのだった。






「それで、今日ね、こんなことがあったの」

「へえ、そうなんだ」


 幼馴染の夢月と一緒に、学校を後に街中へ向かっていた紳人は、彼女の隣で相槌を打っていた。

 彼女と雑談をしながら、楽しい時間を過ごしていたのだ。


 時間が経つのは早いもので、すでにアーケード街の入り口まで到達していた。


「俺さ」


 街中に入る直前に、紳人は立ち止まる。

 そして、彼女の方へ視線を力強く向けた。


「なに?」


 花那も紳人の方をしっかりと見据えてくれた。


「なんていうか。あの件については解決できたからさ。これから一緒に遊べると思うよ」

「ほんと? 解決したって事ね」


 彼女の表情が明るくなる。


「まああ、そういうことだな。だからさ、気にしなくてもいいから」


 昨日の如何わしい光景が脳裏をよぎるが、グッと堪えて夢月の事だけを考えることにした。


 目の前にいる夢月の笑顔が眩しくて、疚しい気分も増幅していく。

 けれど、彼女に心配をかけないように紳人も明るく対応する。


「じゃあ、これからはずっといられるね」

「あ、ああ」


 紳人は頷く。


 これからは幼馴染との時間を大切にしたい。


 昔の暗い事ではなく、新しく明るい事を考えていきたいと思う。


「紳人は、この近くにゲームセンターができたの知ってる?」

「一応、知ってるけど」

「そこに一先ず行きたいんだけど。行ってみない?」

「いいけど、どうして? というかゲームセンターに行きたいって珍しいな」

「いいでしょ。私は、そういう気分なの。さ、早く!」


 紳人は彼女から背中を押され、アーゲード街の中にあるゲームセンターへ向かう事になった。






「私が来たかったのはここよ」


 二人はゲームセンター内のプリクラエリアにいた。

 紳人は後ろから何度も背を押され、強制的にプリクラのカーテンの先へ足を踏み込むことになったのだ。


「この前のビンゴゲームって覚えてる?」

「ああ、日曜日のメイド喫茶の事か。そういや、あの後どうなったんだ?」


 あの後、紳人は諸事情により、メイド喫茶を立ち去らないといけなかった。

 だから、後の事はまだ知らないのである。


「その件だけど。紳人もビンゴになったの。私と同じタイミングで」

「そ、そうなんだ。じゃあ、商品は貰えるのか? というか、どんな商品なんだ?」

「それはね、その時一緒にいたメイドと無料で写真を撮れるって特典なんだけど」

「モノじゃなくて、写真限定だったのか」

「嫌?」

「別に、嫌ではないけど」

「じゃあ、問題なく私と一緒に撮ってくれる?」


 隣に立っている夢月から簡単なボディタッチをされる。


「いいよ。じゃあ、撮ろうか」


 紳人はその気になりながら、承諾するように頷く。


 彼女から触られたところが温かく感じる。


 幼馴染とツーショット写真を撮るのが嫌なんて事はない。


 むしろ歓迎だった。


 夢月はプリクラを操作し、撮影準備を整える。

 肩と肩の距離が近づいて少し当たる。紳人は程よい緊張感を抱きながらも、夢月と共に各々のポーズを決め、記念に残るような写真を撮影するのだ。


 これからも夢月とは親しい関係でいたい。


 紳人は、そんな思いを抱きながら――

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学園の美少女らのエッチなモノを見てしまった俺が、ある日を境に彼女らの恋愛対象になった⁉ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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