第25話 夜の、ベッドの上には――

 な、なんだ……この感覚は……。


 不思議な感覚を肌に受けながらも、高田紳人たかだ/しんとに意識が戻る。

 背中に柔らかい感触が伝わっていた。


 ゆっくりと瞼を開け、状況を確認しようとする。


 ん、ん?

 あ、アレ?

 俺って、いつから寝ていたっけ?


 今、部屋の天井が薄っすらと見えている。

 しかも、電気がついている事にも気づいた。


 先ほどまで花那の部屋でアルバムを見て、過去を振り返っていたはずだ。


 彼女からアルバムを渡されて、その後で彼女は部屋を出て行ったはずだったと思う。


 そんな事を考えていると、近くに誰かがいる事に気づく。


 紳人は上体を起こす。


「ようやく起きたのかな?」

「ん……え? ど、どうしたんだ、その恰好は⁉」


 紳人はその彼女の姿を見、驚きが止まらなくなっていた。

 開いた口が塞がらず、口元が震えている。


 眠かったが、一気に目が覚める。

 その上、さっきまでベッドで寝ていたこともわかった。


「これ、どうかな?」


 そう問いかけてくる藍沢花那あいざわ/かなんは目の前で正座をしており、全裸だったからだ。


 これ、一体、どういう状況なんだ?


 心拍数が高まっていくのは、自分でもわかり、ひたすら心を震わせていた。


「これから色々な事しよ♡」

「なんでだよ。俺はそんなつもりでここまで来たわけじゃないからな。そもそも、俺は――」

「でも、この状況でもやりたくないの?」

「それは……」


 花那は誘惑してきた。

 しかも、彼女はその場で立膝になり、衣服を身に纏わらない、その裸体を見せつけてくるのだ。


 目の間には豊満な胸がある。

 ピンク色の部分も普通に見える状況だった。


 漫画や小説の挿絵では見たことはあったが、直接見るのは今が初めてだろう。


 そ、それにしてもデカいな……。


 唾を呑む。


 今まで制服に隠れていたモノが、すべて曝け出されているのだ。興奮しないわけがなかった。


「ねえ、どうする?」

「どうするって」


 紳人は視線を不自然にも逸らす。


 本当はもっとまじまじと見たいほどに、彼女の体には魅力があった。


「それは一つしか選択がないよね?」


 花那はそう言って、四つん這いで近づいてくる。


「ねッ」


 その姿はペットのような立ち振る舞いだ。

 飼い主に遊んでほしいといった仕草を見せている。


「私はいつでもいいけど」

「でも……俺はそんな事はしないから、ぜ、絶対にだ」


 もう幼馴染と付き合うと、心に決めている。

 ここでしてしまったら、すべてが無になってしまうと思う。


 それどころか、また花那に弱みを握られる生活を送ることになるだろう。


 断るなら、ハッキリと拒否しておいた方がいい。


「紳人ー、何をそんなに悩んでるかな?」


 花那は甘えた口調になっており、気が付けば紳人の耳元近くにいる。

 彼女は耳元付近で、こっそりと紳人にだけ聞こえる声で卑猥なセリフを告げていた。


 花那の対応に、心が揺らぎ始めていた。

 だが、そんな事で、心を誘導されるほど落ちぶれてなどいない。


 そう考え、紳人はしっかりと彼女の目を見やる。


「だ、だから、俺はやらないから……んッ!」


 花那から距離を取るように、ベッドから離れようとした時だった。足元に強い痛みが足首のところに伝わってくる。


 足元を確認すると、紐のようなもので繋がれていたのだ。


「だからね、紳人はもう逃れられないんだよ。ここは互いに得しかないでしょ? それに、ここでエッチな事をすれば、もう君は、誰とも付き合えなくなるね」

「⁉ 最初っからそのつもりで」

「そうよ。だって、さっきね、あなたが飲んだ飲み物は睡眠薬だったもの。あれから、二時間くらいかな? 結構眠っていたよ。それに寝顔も撮ってるし。ほら」


 花那はスマホの画面を見せてくる。

 そこには紳人が瞼を閉じ、少々苦しそうな顔つきで横になっている写真だった。


「悪趣味だな。消せよ」

「いや」


 彼女は頑なに拒否してきたのだ。


「いいじゃん。こういう無防備な状態でやるのも好きだから。実際にやるのは初めてなんだけどね。普段は官能小説だけで満足しているけど」

「それを実行に移すとか、どうかしてるよ」


 紳人はドン引きだった。


 エロい系の作品は何度か読んだ事はあるが、現実世界でやろうとした事は一度もなかった。

 そんな犯罪的な事は、自分から率先してやるわけがない。


「私はやってみたいかな。こういう束縛系のプレイ」

「勘弁してくれ」

「それは私のセリフでもあるわ。私との過去の事も忘れていたみたいだし」


 花那から少しだけ睨まれた後、耳元を甘噛みされてしまう。


 ⁉


 女の子とそういう関係になった事がほぼない。

 二次元で、そういったシーンを見て妄想するだけの人生なのだ。


「そんなに嫌?」

「嫌ってわけじゃないけど」


 紳人は極力、彼女から距離を取ろうとする。

 が、足元が紐と繋がっているため動きづらかった。


「こんなおっぱいを見ても?」

「それは」


 再び、視線が豊満な胸に行く。


「やっぱり、触りたいとかあるでしょ?」


 花那の誘惑に圧倒されつつあった。


「俺らの関係を解消できる事はないのか?」

「嫌なんだ。私とするの」


 彼女はしょんぼりしていた。


「じゃあ、私とキスしたらいいよ。そうしたら、少しは考えてもいいし」

「あと、この足の紐と、さっきの写真を消すことも追加でな」

「えー、どうしよっかな」


 花那は悩んでいたが。

 それから数秒後、彼女は閃いたように、ニヤニヤしながらも、とある事を提案してきたのだ。


「……キスか……」


 紳人は彼女からの提案に対し、深く悩んでいた。


 キスと言っても、舌を絡ませた感じのディープなやり取りをしないと、彼女は承諾してくれないらしい。

 やはり、最低でも唇同士の交わりはしないと、過去との決別をしてくれないようだ。


「わ、分かった」

「やってくれる?」


 花那は目を瞑った。


 キスをする態勢になっていた。


 ここには誰もいない。


 いるのは目の間にいる花那だけ。


 これさえ乗り越えることができれば、すべてから解放されるはずだ。


 紳人は心臓の鼓動を高鳴らせながらも、物凄い緊張感を持って対応する。


「んッ」

「……」


 花那の顔に近づいて、唇を交わす。


 時間的には一分も満たなかったと思うが、意外と長くの時間を重ねていたような気がする。


 キスが終わった後も、紳人の口元には彼女の唇の味が残っていた。


「どう?」

「……」

「ねえ、感想を聞いてるんだけど?」

「よかったと思う……」

「味気ない返答ね」


 花那は少し不満そうな顔を浮かべた後、一応、紳人の足から紐を外してくれた。


「ん? ヤバいかも」


 彼女はハッとした顔を浮かべている。


「なに?」


 彼女は紳人の問いに答えることなく、ベッドから立ち上がり、すぐに服を着ていた。


「今、両親が帰ってくる音が聞こえたの」

「耳がいいんだな」

「耳っていうか。いつもの事だから何となくわかるの」


 そう言って振り返ることなく、花那は部屋を後にする。


 その後を追うように、紳人も部屋を出ることにしたのだ。


 階段を下っていくと、玄関先で両親と会話している花那の姿があった。


「あれ? お客さんが来てたの? こんな時間ですし、一緒に食べていく?」


 花那の母親から誘われたが、紳人はさっき彼女とした事を頭から切り離すことができず、大丈夫ですと一言だけ遠慮がちに言い、逃げるように家を後にすることにしたのだ。

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