第24話 忘れていた過去――

 夕暮れ時の放課後。

 学校を後にした高田紳人たかだ/しんとは今、花那の家の前にいる。


 花那の家は、紳人の家がある場所とは正反対ではある。が、彼女の家は学校から数分ほど歩いたところであり、丁度、二人は玄関に入ったところだった。


 紳人は玄関で、靴を脱ぐ。


「遠慮なく入ってもいいから」


 紳人は、花那から誘導され、家に上がる。


「私の家、結構いい感じでしょ?」


 彼女の家は、建てられてそこまで年数が経っていないように思える。

 内装は綺麗であり、普段から手入れをしているかのような雰囲気を感じられた。


 紳人は辺りを見渡し、廊下を移動する。


 現在、家の中から音もなく、妙に静かであり、両親は不在のように思えた。


「私の部屋は二階なんだよね、こっちに来て」


 先を歩いていた藍沢花那あいざわ/かなんは振り返り、淡々と話しかけてくる。

 感情を押し殺すかのようにだ。


 紳人は彼女の後ろをついて行くように階段を上る。

 そんな最中、紳人の視線の先に、彼女の制服のスカートがある。


 目のやり場に困り、サッと視線を逸らしながらも階段を上りきった。


 階段のすぐ近くが、花那の部屋らしく。

 扉のところには、彼女の名前が付けられたプレートが取り付けられてあった。


「さ、ここに入って」


 花那が率先して、扉を開けてくれる。

 その中に入ると、彼女らしい空間が広がっていた。


 花那の部屋にはたくさんの本棚がある。

 しかも、ピンク色の表紙が多く置かれていることに気づいた。

 遠目で見ても、何となくわかるほどだ。


「さ、今から話そっか。色々なことについて」


 紳人が部屋の中に入った事を確認すると、花那は部屋の扉を閉め、その意味深な表情を浮かべながら見つめてきたのである。




「もしかして、ここの本棚にあるのって、全部、官能小説?」


 紳人は周りを見渡し、確認するかのように問う。


「そうよ。気が付けば、数百冊ほど集めていたわ。でも、あっちの方の押し入れにあるのを含めると、もっとあるかもね。どれくらいかは数えていないからわからないけど」

「そ、そうなんだ……」


 紳人は苦笑いを浮かべながら、彼女が指さす押し入れの方を見やっていた。

 あの扉の先に、数えきれないほどのピンク作品があると思うと、彼女の両親には同情しそうになってくる。


「私ね、本当は紳人と仲を深めたかったの」

「え? 仲を?」

「そう。だからね。あなたと関わるための口実が欲しくて、あの日、官能小説を机に置いていたの」

「俺と近づくため?」

「うん。でも、少しでも時間がずれていたり。もしくは、教室に来たのがあなたでは無かったら、私がただの変態だって噂が広まっていたかもね」

「そ、そうなるよな。かなり、大きな賭けに出たんだな。でも、なんでそんな賭けを?」

「あの時ね、あなたが学校に戻ってくる姿が教室の窓から見えたからよ」

「いや、それでも俺が教室に戻ってくるって、そうとは限らない場合もあるだろ」

「そうかもね。でもね、そんな気がしたの。どうなるかわからなかったからこそ、ある意味、ちょっと興奮していたんだけどね」


 花那は照れ臭そうに言葉を告げる。


「そういう性癖なのか?」

「うん」


 花那は頬を紅潮させると、嬉しそうな口調で言い切っていた。


「というか、さっそく本題に入らせてもらうけど。俺、そもそも、官能小説の話をする目的でやって来たわけじゃないんだ。これは話をつけるためであって」

「そうよね。そのつもりで、ここに来たのよね」

「ああ」


 絶対に、あのことを言わないといけない。

 ここまで来て、何の成果も出せないのだとしたら、また、あの時のように幼馴染を裏切ることになる。


 紳人は再び、目の前に佇む彼女の姿を見やった。


「俺、夢月と付き合うことにしたいから。ここで終わらせてほしい」


 紳人は、彼女にわかってもらうため、後味が悪くならない程度に頭を下げ、紳士に対応する。


「……だよね、やっぱり、そういう感じだよね」

「え?」

「私、わかってから。学校で私に話しかけてきた時から。多分、そういう事を言ってくる気がするって」

「じゃあ、なんで家まで案内したんだよ。わかっていたら、あの時の会話で終わらせておけば、こんな事には――」

「そうかもだけど。私なりに、まだ納得いっていないところがあったし。だから、本気で最後話したいと思って。それに見せたいモノもあったから」

「どんなモノ?」


 紳人はドキッとした。


 後ずさりながらも、焦る感情の方が勝っていく。


 これから何を見せられるのだろうか。


 もしかして、官能的な事なのだろうか?


 そんな不安が脳裏をよぎっていた。


 ここは女の子の部屋なのに、官能的な本がたくさんある異質な環境。


 そのような状態から、そう勘ぐってしまうのだ。




「これなんだけどね」


 花那が見せてきたのは、部屋の机の上にあった一冊の分厚い本だった。

 外見は黒色で、何の本かは不明である。


「それは?」

「見てみればわかると思うわ」


 紳人はアルバムを手にすると、一ページごとめくる。


 その中身には、写真があった。

 写真の質的に、数年前のような雰囲気を感じられる。


 ページをめくると、幼い男女の写真があった。

 二人とも小学生くらいの年齢だろうか。


 え?


 その写真に写る二人に、どこか見覚えのあるような感覚に襲われ、紳人は見入ってしまう。


 目を凝らしてみると、それはまさしく紳人自身だった。


「え……な、なんで俺がここに?」

「覚えてない感じ?」

「何を? えっと、覚えるも何も」

「あなたの隣にいる子が私ね」


 紳人は再びアルバムの写真を見やる。

 まじまじと確認すれば、自分の隣にいる子は花那のような面影があるのだ。


「これは、な、何の冗談だよ」

「冗談でも、私が嘘をついているわけじゃないわ。元々、あなたと私は昔から出会っていたの」

「まさか……」

「でも、その写真には証拠として残ってるでしょ」

「そ、そうだけど」


 紳人は何度も見る。


 合成とかでもない。

 事実として、そこに存在しているのだ。

 しかも、その写真では、幼い頃の自分らしき人物が花那と手を繋いでいた。


 何度も見返すが、その結果が変わる事はなかった。


「小学生の頃、地域でレクリェーションがあったでしょ?」

「……あ、あったな」


 振り返ってみれば、そんなイベントに参加した気がする。


 昔の出来事過ぎて、ハッキリとではないが、何となく、その時の雰囲気を思い出しつつあった。


「あの時、約束したよね。もう一度会ったら、あなたの方から話しかけるって。でも、あなたは同じクラスになっても、なかなか話してくれなかったでしょ」

「俺、全然知らなかったんだ。そもそも、その事を忘れていたから」


 紳人は口ごもった感じに言う。


「でも、今は何となくでも思い出してくれたんだよね?」


 花那はグッと距離を詰めてくる。

 嬉しがっているようで、ニヤニヤしていた。


「まあ、思い出せたところで、私、ちょっと飲み物持ってくるね♡」


 一言告げると背を向け、花那は部屋から立ち去って行ったのである。


 彼女がいなくなったことで、部屋が静かになった。


 紳人はまだ現実として受け止められず、目を点にし、アルバムを持ちながらも、その場で硬直してしまうのだった。

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