第23話 今日はその日である
その影響もあり、紳人の財布には大きな打撃が与えられていた。
この頃、お金の消耗が多い気がする。
気分は暗い。
週の始まりという事もあるのだろうが、心が澱んでいたのだ。
しょうがない……そういう時もあると思って過ごすしかないか。
ため息をはきながらも、制服姿の紳人は自宅の玄関先で靴を履いていた。
今日は言わないとな。
「うん、よしッ、今週も頑張るか」
紳人は心に自己暗示をかけ、それから立ち上がって全力で気分を切り替えることにした。
今、自宅には紳人だけである。
妹のりんは、学校が早いからと言って、一五分前には家を出て行っていたのだ。
紳人も家から出て、扉に鍵をしっかりとかけて学校へと向かうのだった。
学校内の昇降口。
下駄箱を確認すると、そこには外履きがあり、幼馴染の
把握した上で紳人は階段を上り、幼馴染がいる教室へと向かう。
それから教室内にいる夢月の姿を遠くから発見するなり、廊下へ呼び出すことにした。
「ねえ、今からいい?」
「いいけど」
「ここで話すより、別の場所に行かないか?」
紳人はここぞとばかりに、彼女を人気の少ない校舎の裏庭へ誘導させることにした。
「朝早くから珍しいね」
「まあ、な……」
紳人は目の前にいる彼女の表情を見てしまうと、口元を動かすことに戸惑いを感じ始めていた。
「どうしたの?」
夢月から首を傾げられる。
今の彼女はメイド喫茶にいる時とは違い、通常の言葉で話してくれているのだ。
昨日の事が脳裏をよぎるが、このまま無言を押し通すのはよくないと思い、腹を決めて本題に移すことにした。
「俺さ、こ、この頃さ」
紳人が話し出すと、彼女は再び、不思議そうに首を傾げている。
「夢月には言いたいことがあって……だから、呼び出したというか」
「具体的には、何かな?」
「それはさ……」
実際に夢月を前にすると、全然次の言葉が出てこなくなる。
昔から一緒にいる存在なのに、どうしても動揺を隠せず、語気を微妙に震わせていた。
「俺、夢月と……付き合いたいと思って、どうかなって」
「付き合う? も、もしかして、正式にってこと?」
夢月は目を見開く。
「あ、ああ、そういうことだけど」
かなり恥ずかしかったが、ようやく言い切れた事で、からだ全体で胸の熱さを感じられていた。
「本当に?」
「俺は嘘は言ってないさ」
「だったら、あの子とは? 別れてくれるんだよね?」
「そ、そのつもりさ」
刹那、花那の顔が思い浮かぶ。
確かに、彼女とはまだ正式に距離を取れたわけではなかった。
同じクラスという事も相まって、すぐに関係を断ち切れるような状況ではないからだ。
「それに関しては、今週中には。いや、すぐにでも話を付けてくるから」
「本当に?」
「ああ」
「以前も、あの子から圧倒されていなかった?」
夢月は嬉しそうに頬を紅潮させてはいるが、やはり、すぐには信用できないらしい。
彼女は紳人との距離を縮めると、少しばかり問い詰めた話し方をする。
今まで夢月には誤解を与え続けていたことも要因の一つだろう。
今回の紳人は本気なのだ。
だから、心の底から信じてほしいと思っている。
「だったら、今日中には話を付けてくるから!」
「本当に約束出来るの?」
「そのつもりさ。俺は約束は守るよ。今度こそは」
紳人は下手な表情を見せず、真剣な目つきで向き合い、彼女の瞳を見やる。
静かな時間が訪れ、それから――
「うん……よかったかも」
「ん?」
紳人からしたら、何だ、と思った。
夢月の様子を伺っていると。
「私も紳人と正式に付き合いたいと思ってたから。最終的に私の方を選んでくれて」
夢月は嬉し泣きをしていたのだ。
「そんなに泣くほどか?」
「だって、二年生になってからは、あの子と一緒にいる事の方が多かったから」
「俺もさ、夢月しかいないと思って。だから、俺もさ。夢月からそういう反応が返ってきて嬉しかったよ」
これで良かったと思う。
昔から一緒にいて、その上、第一に俺の事を考えてくれていたのは幼馴染の夢月だからだ。
本気で好きじゃなかったら、他人の趣味を理解するためにメイド喫茶ではバイトをしないだろう。
要するに、夢月は本気なのだ。
紳人は想いを受け入れるため、彼女の右手を優しく握ってあげた。
「もうそろそろ、泣き止んだ方がいいって」
「うん」
「この話は、後でするから。あの子との話が終わったらな」
「うん」
夢月は感情が湧き上がっているため、相槌を打つように首を縦に動かすだけだった。
紳人は彼女を安心させるように言って、そのまま夢月を連れ、一応教室まで送り届けておくことにした。
その頃には、彼女は泣き止んでおり。それから、紳人も自身の教室に戻ることにしたのだ。
朝のHR前の時間帯。
教室内には少しずつ登校し始めてきている。
そんな中、
早めに伝えておいた方がいいよな。
そう思い、席に座る前に花那へと接触を図ろうとする。
がしかし、運が悪い事に、いつもよりも早くに担任教師がやって来たのである。
担任教師は壇上前に佇み、教室全体を見渡し、前の席の花那に話しかけていた。
「さっきの件なんだけどさ」
「はい、そろそろ終わりそうですね」
「そうか、ならいいんだけど。じゃあ、HR開始まで少し時間があるし、ちょっと来てくれないか?」
二人は教室から出て行ってしまったのだ。
紳人は、今のタイミングでは無理そうだと察し、席に腰を下ろすのだった。
今日の放課後とか。
いや、ダメか。
もう少し早くに登校していれば。
昼休みは
色々と考え込んでみたが、他にそんな余裕はなく。やはり、放課後の時間を使ってでも、絶対に彼女は接点を持ち、今日中に話をつけようと思うのだった。
元々、どちらかを選ぶ約束だった。
花那にだけ何も話さないというのはよくない。
むしろ、悪手だ。
バレたら、後々トラブルの元になるのは目に見えているからだ。
席に座り、腕を組んだまま長考していると、HRのチャイムが鳴り響くのだった。
その日の放課後。
教室内には花那以外誰もおらず、開放的な空間になっていた。
花那と会話するのには打ってつけのタイミングである。
この前、彼女の官能小説を目撃したのも、こんな状況だった。
夕暮れ時の教室内。
誰からも見られることもなく、二人っきりだけで会話した事を思い出していた。
「今から、時間はある?」
「あるよ。もしかして、どこかに行く予定とかある感じなの?」
先ほど委員長として業務が終わったためか、花那はテンション高めに嬉しそうなトーンで聞き返してきた。
「どこかに行くとかじゃないけど。この前の返答の件なんだけど。それについて詳しく話したいんだ。誰もいないところで」
「そ、そういうことね。それなら、ここでもいいと思うけど。誰もいないし」
「それだとダメなんだ」
「そんなに言いづらいこと……う、うん、わかったわ……」
花那はハッとした顔を見せ、何かに気づいたようだ。
彼女は自身の席に向かい、通学用のバッグを触っていた。
「じゃあ、今から私の家に来てくれる? そんなに重要な話なら、そこで話しましょ」
花那は前髪で目元を隠し、その時から、あまり笑みを見せなくなる。
彼女が通学用のバッグを肩に下げると、再び紳人のところに近づいてくるのだった。
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