一番最初のラブレター

みこ

一番最初のラブレター

 朝、ポストの中を覗くと、封筒が一通入っていた。

 いかにも手紙が入っていそうな、花柄の封筒だ。


 表には、『かなえ様』と書いてある。

 私の事だ。


 裏を返せば『えいたろうより』と書いてある。


 栄太郎くん???


 妙に分厚くて、一見不審な手紙だけれど、その名前の文字は、確かに栄太郎くんの字だった。


 家に持って入り、恐る恐る封筒を開ける。

 ガラス製のテーブルの上に、カラン、と透明な音を立てて出てきたのは、小さな鍵だった。

 それに、小さな手紙。


 手紙のてっぺんには、『かなえちゃんへ』と書いてある。


 かなえちゃん。

 懐かしい呼び方。

 小さい頃、栄太郎くんは「かなえちゃんかなえちゃん」って言いながら、私の後をついて来ていた。


 そして、手紙にはなんだか簡素な言葉の羅列。


『4枚目〜6枚目』


 これだけ。


 え????


 裏返す。けれど、裏は真っ白だ。


 え、何、これ。


 鍵をじっと見る。

 どう見ても、おもちゃの鍵だ。

 プラスチック製のその鍵は、一応、鍵の形にはなっているものの、何処かを開ける事に使うには、なんだか心もとない。

 けれどじっと見ていると、見覚えがあるようなプラスチック製の宝石を模した飾りが付いている事に気付いた。


 何処かを開ける鍵?


 鍵を持ち上げると、窓から注ぐ朝日にキラキラと輝く。

 とても、軽い。


 鍵で開けるといえば、扉?

 ううん。

 こんなに小さな鍵だもの。

 そんな大きなものじゃなくて、きっと、何か、箱のようなものじゃない?


 栄太郎くんかもらった箱は、今まででいくつかあるはずだ。


 けど、おもちゃの鍵で開けるとしたら、おもちゃの箱…………。


 その時、ハッと思い出したものがあった。


 小学校に入った頃、まだ幼稚園児だった栄太郎くんから、箱をもらったことがある。

 確か、それは宝箱で、こうしてプラスチックの宝石が付いていた。


 私は、それでもまだ怪訝な顔をして自室に入った。


 栄太郎くんがあの箱にメッセージを入れたの?

 そんな事、ありっこなかった。

 クローゼットの奥の奥に仕舞い込んだ思い出の箱は、自分でさえ出すことが出来ないのだ。


 けど、もしかしたらという気持ちは拭いきれず、クローゼットをひっくり返す。


 ダンボール箱がひとつ、ふたつ。

 丁度、3つめのダンボール箱の中に、その宝箱は転がっていた。


 やっぱりどう見ても、誰かが触った気配なんてない。


 けど、その小さな栄太郎くんからもらった小さな宝箱には、確かに同じ模様でプラスチックの宝石が付けられていた。


 やっぱりこれ……。


 キラキラしたプラスチックの宝箱を、手に取りぐるぐると回してみる。

 片手で持てるほど小さな宝箱だ。

 宝箱には、確かに例の鍵が入りそうな鍵穴が付いていた。


 ガラステーブルの上にそっと置き、鍵を挿そうとしたその時だった。

 パカ、と宝箱の蓋が開く。


「…………鍵、しまってないじゃない」


 きっと鍵ごとくれたんじゃなかったのね。


 中に何が入っているか、覚えていなかったけれど。

 中を覗いて、思い出す。


 中には、小さな十数枚の紙の束が入っていた。


「そうそう!これ、何か、微笑ましい手紙が入ってたような……」


 中の手紙を取り出す。


 1枚目には、辿々しい字で『かなえちゃんへ』と書いてある。

 いかにも幼稚園児という大きな文字だ。

 1枚目はそれだけ。


 そして、2枚目。

 2枚目は『すきです』。


「………………」


 こ、こんなこと、書いてあったっけ。

 なんかちょっと恥ずかしいな。


 けど、だったら、あの『4枚目〜6枚目』というメッセージは、やっぱりこれのことで合っているようだ。


 1枚めくる、と、『けっこんしてください』と書いてある。


 …………栄太郎くんたら、幼稚園児のくせになんてこと言うの……!!


 そして、肝心の4枚目を見て、私はハッと顔を上げた。


「大変……!」




 時刻は夕方の6時前。

 とっておきのワンピースに、特別なネックレスを着け、玄関に座った。

 手にはハンドバッグ。


 ……こんな格好、普段はなかなかしないけど。


 その時、目の前でガチャリ、と玄関の扉が開いた。


「…………」


 帰ってきた栄太郎くんと、目が合う。

 すっくと立ち上がり、その格好を見せた。

「これで、いいのよね」


 すると、栄太郎くんは、満面の笑みで抱きしめてきた。


「ちょ、ちょちょちょ栄太郎くん!」


「ただいま、かなえ〜。さあ、行こうか」


 まったく、突然出掛けるなんて言われるこっちの身にもなって欲しい。

 準備、すっごくすっごく大変だったんだから!


 そんな気持ちを込めた「む〜」という表情で、新しい靴をはく。


「なんであんな方法にしたのよ。普通に言えばいいのに」


 栄太郎くんを見上げると、ちょっと照れたように、ふふん、と笑った。

「せっかくの結婚記念日だからさ。ずっと気持ち変わってないよって伝えておきたくて」


 言われて、『けっこんしてください』を思い出す。

 ……ちょっと照れるじゃないの。


「今日、早く上がれたのね」

「みんな協力してくれてね。みんな先輩元気かってうるさかったよ」

 言われて、同僚だったみんなの顔を思い出す。

「みんなに感謝しないとね」

 なんて、笑って、栄太郎くんの腕に抱きついた。




『きょうはデートしてくれませんか』

『おむかえにいきます』

『げんかんでまってて』

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一番最初のラブレター みこ @mikoto_chan

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