コストカット・コックピット
渡貫とゐち
新作巨大ロボット!!
「かーッ!! 連日徹夜で寝不足超過――このままワシは死ぬんじゃないか?」
作業続きだったためか、その男の白衣は既に白ではなく灰色だった。
まだ年齢的には若いはずだが、体を酷使し過ぎたせいか彼の頭髪は白く、頬もこけて、見るからに不健康だった……。
巨大ロボットのメンテナンスよりも先に自身のメンテナンスに意識を割いた方がいいとは思うが、仕事なのだから仕方ない。
メカニックは彼しかいないのだから。
……彼の手が動かなければ、いつまで経っても巨大ロボットは発進ができないのだった。
――全長40メートル。二足歩行の巨大ロボットである。
目の前には男のロマンを詰め込んだ『夢』が立っている……。できることなら自分が操縦したいと思っているが、メカニックが乗るわけにはいかない。……なぜなら出撃場所は戦場である。
メカニックが乗ったまま、戦死するわけにはいかない。
操縦士は星の数ほどいるが、高度な技術を持つメカニックは指の数ほどしかいないのだから――貴重な存在である。
「博士ー、完成したのー?」
ロリポップを舐めながら、十四歳の少女が整備場に足を踏み入れた。
迷彩柄の軍服。
彼女のちょっとしたわがままで、迷彩柄の中に少しだけハートマークを紛れ込ませている。
他でもない博士が特別に作った軍服だ……。
どうやら彼女の長官にはまだばれていないようだ。
仮にばれていても問題はなさそうだが……
いや、浮つくなと叱責されそうではあるか。
「もうそろそろ完成じゃな。大半はできておるが……テストしなくてはならん。ちょうどいい……乗ってみるか?」
「いいの?」
「一応、長官に許可を取ってからだが」
整備場の固定電話から連絡を取る。
彼女の上司でもある長官に事情を話すと『こき使ってくれたまえ』と、許可が下りた。
普段は厳しい長官だが、電話口だと素直になるらしい……。
ただのテストだが、相当心配なようで、色々と根掘り葉掘り聞かれた。
テストと言っても、コックピットの調子を確かめるだけで、歩行するわけではない。
操縦桿の具合など、実際に操縦する者にしか分からないことをここで開発者とすり合わせるだけだ……そのためのテストである。
そのため、危険なことは一切ないはずだ。
「博士、コックピットはどこ? 胸? 頭?」
「コックピットはロボの弱点だぞ? それをなぜ、そう分かりやすいところに設置するんだ……もちろん、ずれて作っておるさ――……というのは建前だが」
博士は紙の束を足下に置いて、分けられていたひとつの束をぺらぺらとめくる……。
――ロボットの全体図が描かれた仕様書だ。
「コックピットはここじゃな……いや、これは仕方ないんじゃよ……。だってコストカットと言われて開発費が抑えられてしまったんじゃから。……こうするしかなかったんじゃ……、悪く思わないでくれ。
胸や頭にコックピットを作るとそこへ上がるための設備が必要になってくる。毎回、梯子を立てかければいいかもしれんが、手間じゃろ?
それに、梯子がなければ、よじ登ることもできないとなれば、ロボットがあるのに操縦できないというバカな状況にもなりかねん。
だったらコックピットは梯子いらずで入れる場所が望ましい――」
「いや、だからってさ――」
博士が手元のタブレットを操作する。
すると、巨大ロボットの足――その親指部分がぱかっと、上へ開いた。
その中は、みんながイメージするコックピットである。
「ロボットが立っていても地続きになっておる。
これでコックピットに簡単に入ることができるな――どうじゃ、便利じゃろ」
「……便利だけどね……」
弱点どうこうを言うなら、この場所はこの場所で危険ではないか?
相手が弱点を狙って攻撃していなくとも、操作ミスで相手の巨大ロボットがこちらのロボットの足を踏んでしまえば、それだけでコックピットは潰されてしまうのでは……?
不慮の事故で機能停止に追い込まれるのは、兵士として恥ずかしい……。
こんな終わり方なら弱点を突かれて死ぬ方がまだマシな気がする……。
「削られた予算の中で考えた結果がここじゃ。……別の場所にはできんよ」
右足にあるコックピットを左足に変えることくらいはできそうだが。……細かい技術的なことは分からないが、博士からすれば右足でなければいけなかったのかもしれない。
単純に博士が右利きだから、かもしれないが……。
「――ともかくじゃ、ひとまず乗ってみぃ。乗ってみれば意外と乗りやすいかもしれんぞ。乗りづらくとも慣れてもらわねばならんな――まだ若いんじゃ、すぐに慣れるさ」
不満はあるが、予算が大幅にカットされたことは知っているし、少ない中で巨大ロボットを作ってくれていることも理解している。
ないものねだりをしないで、できる範囲で『最強』を作ってくれているのだ……。
その結果が『右足親指のコックピット』であるならば……、
文句を言う暇があるなら操作に慣れてしまった方がみんな幸せだ。
嫌だと言ってもどうせ出撃させられるのだから。
……命令無視はできない。
そういう立場ではないのだから……やるしかない。
「じゃあ、乗るけど……」
少女がコックピットに乗り込んだ。
巨大ロボットに乗るのは初めてではない。操縦席の座り心地は変わらない……良い。
握る操縦桿も、違和感はない……。
頭や胸に設置されているコックピットが、そのまま右足親指に移動しただけのようだ……。
操作感覚が変わっていないのであれば、やはり最大のネックはこの位置――目線だ。
当然ながら、巨大ロボットのつま先の視線である。
十数と備わっているカメラを利用すれば、ロボットの頭、胸、腰の目線から外の景色を見ることもできる……が、自分は足にいるのに、常時『頭の視線』で操作するとなると変な感覚だ……そういう小さな違和感が、操作にミスを引き起こすのだ……。
できることなら場所と目線は一致させておきたい。
『どうじゃ? 修正するべきところはあるかね?』
「……言い出したらきりがないけど……いいの?」
『コックピットの位置に関しては受け付けん』
「じゃあないかも……」
位置だけだ。
目線が、普通に自分が地面に立っているのと変わらない高さで――なのに今から40メートルも高さがある巨大ロボットを操作しなければならない。……頭がおかしくなる。
変な感じだ……、これまでの経験が、今回の操縦の邪魔になる。
積み重ねたものが、今度は障害となって襲いかかってくるとは……。
敵は外側ではなく、内側にいたのか……。
――内側というか、足下にいた。
「……敵と遭遇した時、相手と目線を合わせる時についつい癖で相手の目線につま先を合わせちゃうかもしれない…………大丈夫かな? 煽ってるって思われないかな?」
頭ひとつ分どころではなく体ひとつ分、相手よりも上へずれることになる。
相手のコックピットもまたつま先なら問題はないのだけど、その位置にコックピットがあるのはうちが初めてだろう……、統一されているなんて期待はしない方がいい。
『よいではないか。どうせ敵じゃ、煽ってると思われても構わん。自然と相手を見下ろすことになるのは、気持ち的に優位に立っている感じがせんか?』
「現場の人間はそうは思わないから……」
自分から見下ろすならともかく、ついつい見下ろしてしまった場合は罪悪感の方が強い。
そうなると優位ではなく、逆に気持ち的には劣勢に立たされる……。
勝手な思い込みで弱点を作り、相手にその弱点を突かれてしまえば最悪だ。
戦場では、足下を見られたら負けである……。
…了
コストカット・コックピット 渡貫とゐち @josho
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