第7話 Experiment1 悪人 終

「キキ、ケケか」


 目の前の蝙蝠こうもり人間、というより人型蝙蝠はこちらに向けて何事かを語りかけているようだ。こちらに襲いかかってくるような獰猛さは感じられない。純粋に戸惑っているように見えた。


「シラサギさん、実験は失敗、ですか?」


「コレット君、合成に成功も失敗もない。ただ人の価値観に適合的かどうかがあるだけだ」


「うーん、この子は、どっちだろうなー」


 ブレンダが人型蝙蝠の周囲を無遠慮に飛び回り、しげしげと全身を眺めている。人型蝙蝠の丸い瞳がブレンダを捉え続けていた。その表情から感情は読み取りづらかった。


「人か、魔物か……」


 以前シラサギが言っていた、人か魔物かの判断基準。いままでそれは魔法が使えるかどうか、という自明なものであり、深く考えることもなかった。こうしてそのどちらとも言い難い異形を前にして、私はこれまで感じたことのない感情を覚えていた。


「元来、そのようなカテゴライズ自体が権力であり抑圧なんだがな。新しい鋳型を用意しなければ、合成体は全て人間の敵ということになってしまいかねない」


「? ……合成体って、実はいっぱいいたりするんですか?」


「……」


 私の問いかけに対してシラサギは口を噤んでしまった。合成に関しては雄弁なシラサギにしては珍しいことだと思った。


「コー、コー」


 人型蝙蝠が何かを喋ったかと思うと首を抑えている。喋りたいが、思うように声が出ない。そんな人間としての機微が見て取れた。私が捕まえた人間が、こんな姿になってしまった。私がやったんだ。

 私が合成体の姿を目に焼き付けていると、思考をまとめ終えたのか、シラサギが口を開いた。


「あのカードが権力者に効果的であるということは、僕のこの力が人間社会の役に立っているということだ。カダールの町にだって潜ませている者がいる。君もいつか会うことがあるかもしれない」


「そうなんですね。当然ですけど、何も知りませんでした。……私、もっと知りたいです。自分が何に関わっているのか、自分の行いがどんな結果をもたらすのかを。私に教えてくれませんか?」


 シラサギは檻の中の合成体を見つめたまま動かない。膨大な思考がその脳内を駆け巡っているのが見えるようだ。

 シラサギはしばらく顎をさすった後、私の方へと体を向けた。


「次は魔物の捕獲を任せたい。依頼内容は追って伝える。二日の休みを与えるから今は休め」


「……分かりました。あ、そうだ、麻酔銃返さないと」


「ああそれは持っておくといい。そんな物はいくらでも造れる」


「ありがとう、ございます」


 私は深くお辞儀をした。少しの信頼は得られたと思って良いのだろうか。今日のシラサギの妙な歯切れの悪さが気になった。


「ねーねー、早くーアセスーしようよー」


「黙ってろ羽虫。先にそいつを縛っておけ」


「ほいほーい」


 ブレンダが人型蝙蝠の頭上をくるくると回ると、地面から丈夫そうなツタが何本も生えてきてその体をぐるぐる巻きにした。続いて小さな人差し指をツタの根元に向けると、目に見えない刃が振るわれたようにツタの根元がすっぱりと切断された。

 ブレンダから受けた「コンマイン」では、私は魔法についての知識はほとんど与えられていない。元々魔法のことは詳しくないが、こうも様々な魔法を自在に操る魔物なんて聞いたことがない。人の言葉を操り、こうも有能で、一体何者なのだろうか。合成体なのかどうかも分からない。そして何故シラサギはブレンダをこうもないがしろにするのだろうか。

 私は何も知らないんだ。シラサギのことも、世の中のことも。ただ流されるだけ、私はただお金のために人を――


「コレット君」


 私か思考の海に沈んでいると、人型蝙蝠を引きずって運んでいたシラサギが振り返っていた。ボサボサの髪によれよれの白衣で、しかしその目にはいつもより力が入っている気がした。


「次の仕事も、期待している」


「……もしかして励ましてくれました?」


「いや? 僕はただ、研究を円滑に持続させたいだけだ」


 シラサギは素知らぬ表情で向き直り、元の地下室を出て行った。相変わらず本音なのか演技なのか分からなかった。でも、私は少し元気を取り戻したのだった。



* * *



「今回のアセスメントは手こずりそうだな」


「ア……あ……」


 真っ白な試験室の中に机が一つ置かれている。机に腕を乗せ、白衣の男と毛むくじゃらの蝙蝠人間が向かい合って座っていた。


「さて君、僕の言葉は分かるな?」


「あ……うご、n」


「喋らなくていい。人類には文字という発明がある。答えはそこにある紙に書けばいいさ」


 蝙蝠人間はつぶらな瞳でシラサギを見つめながら、首を横に振った。


「あれあれ、困ったね、困ったねえ。どうしよっかー」


 その言葉とは対照的に、ブレンダは羽をパタパタとひらめかせながら華麗にくるくる飛び回っている。弾けるような笑顔でシラサギを伺っていた。


「文字は扱えないか。識字率が低いというのはどうにも慣れんな……。仕方ない、羽虫、やっていいぞ」


「ほいきたー」


 飛び回っていたブレンダが蝙蝠人間の頭に取り付いた、かと思うと蝙蝠人間がガクガクと震え出した。

 ブレンダの「コンマイン」には、記憶や人格を読み取れるというもう一つの側面があった。


「ふむふむ。なるほどー。あー、これはこれは」


「……まるで蚊だな」


 すぐにブレンダがふよふよと頭を離れ、ポンポンと自分の腹部を叩いた。蝙蝠人間は薄く呼吸をしながら机に突っ伏している。


「ごっそさんでした! ふー、そうだな、マスター、ちょっと手を切って血を出してみてよ!」


「血だと? そうか、そうなのか」


 シラサギはどこかからナイフを取り出して左手の甲に傷を付けた。じわりと血液が滲み出してくる。シラサギは手を伝って垂れてきた血液を蝙蝠人間の顔の近くに落とした。

 すると気を失っていた異形が即座に覚醒し、ペロペロと血液を舐め取った。かと思うとシラサギの方へと顔を向けた。その血走った目は滴る血を捉え、机を弾き飛ばして飛びかかった。


「おっと。異常な吸血衝動、こいつは擬態か? 成りかけか?」


「成りかけだねー」


 シラサギは眉も動かさず、飛びかかってきた蝙蝠人間を殴りつけた。その後すぐにウェットティッシュを取り出し、両手を丁寧に拭きあげた。


「お前はこいつについて判明したことをまとめろ。僕がそれを実証した後なら、好きにしていい」


「うふふ、やったね! すぐ作ってくる!」


 ブレンダはすぐにどこかへ飛んでいった。シラサギはしばし床に倒れた蝙蝠人間を眺めていたが、何も言わずに試験室を去って行った。





――シラサギレポート


恐喝・暴行犯の中年男性×吸血蝙蝠


結果 D-


暫定評価


凶暴性C

知性D

人間社会適合性D

戦闘能力D

成長性E


はじめ人間らしい挙動で反社会性は示さなかったが魔物の衝動が強い。コンマインの結果から成りかけと判断できる。脚力は十分だったが飛行能力はない。素材の人間の知性も低く利用には向かない。ブレンダへ提供したため記録はここで終了とする。

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50/50の生物合成士 厳島くさり @kusari5555

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