第6話 Experiment1 悪人 続

「よっしゃあああああ!!」



 強面の男が倒れ伏してすぐ、鬱蒼とした森の中に私の野太い叫び声が響き渡った。近くの木々がガサガサと揺れる音が聞こえた。木に停まっていた鳥たちが声に驚いて逃げ出したようだ。それでも私の心は晴れやかだった。



「――犯罪者を一人、生きたまま捕まえてこい。期限は今日から二週間だ。前金で十万、成功で二十万だ。失敗した場合の賠償は……想像に任せる」



 十日前、半笑いのシラサギから飛び出したのはそんな言葉だった。実際に仕事を受けるまで忘れていたが、あの男は他者の命を屁とも思っていない可能性がある。私が少しの好感を抱いたのも、彼の人心掌握術の一つでしかなかったのかもしれないと思い直した。

 神経質そうな人だから、対象を指定したり捕獲方法も限定されるのかと思っていたが、依頼は非常におおざっぱなものだった。先の言葉に加え、金属でできたカードを一枚渡された。偉い人間にこれを見せればすぐに話が通ると言われた。

 そんなカードの存在は聞いたことが無かったが、シラサギがそんな冗談を言うとも思えなかったので、私は素直に受け取って大事にバックパックに収納したのだった。



 ――私はいま試されているのだろう。シラサギの協力者ないし小間使いとして使うに値するかどうかを。必要とされるのは従順なだけの奴隷ではなく、自分で考え、判断して行動できる生きた駒なのだと思う。

 右手に持った麻酔銃をちらりと見る。人間の捕獲と聞いたときに真っ先に思い付いたのがこれだった。A2型が兎男の沈静化に使っていたものだ。私は依頼を受けてから少し考え、前金の代わりに麻酔銃を借りることをシラサギに提案した。シラサギは面白いものを見たという顔をして、十発の弾と一緒にすんなりと麻酔銃を貸してくれたのだった。

 私は汗で濡れたバックパックを背中から回してきて開き、麻酔銃を布にくるんで中にしまうと、麻紐を取り出した。昏倒している男に近づき、その手と足を縛る。胸に太い針を刺している様子を見て心配になったが、胸は上下しているし脈も感じる。シラサギは麻酔銃は弾を変えることで致死性の毒を注入することも可能だと言っていた。実に恐ろしい武器だ。

 高価な武器である銃を使った経験など無いため、弾丸を放つタイミングには本当に気を遣った。まだ距離が遠いと思って油断している相手を撃ってこそ、より高い効果が望める武器だ。一度壁に向かって試し撃ちをしただけで、狙いにも自信は無かった。森に入り、タイミングを伺っている最中さなかに何故か立ち止まってくれたから、なんとか当てることができた。

 私は男の手足を縛り付けると、ついでに口も縛ることにした。自害する性質たちの男ではないと思うが、うるさそうだったから。呻き声も聞こえないようぐるぐる巻きにした。

 さて、どうしよう。今更になり、私は男の運搬手段を考えていなかったことに気付いた。

 犯罪者というのは大抵隠れているもので、手頃なチンピラを見つけるのに一週間を費やした。コイツを見つけてようやく捕獲の好機が訪れたかと思ったら、被害者が子犬のような目で私を見てきて、仕方なく助けてあげた。本当はもっとボコられてる隙に弾を撃ち込みたかったんだけど。

 そんなことを考えていると、どっと疲れを感じ始めた。足が重い。服がベタベタする。細かい時間は分からないが、ずっと走りっぱなしだったのだ。現役の冒険者とはいえ堪えるものがある。

 もう、明日でいっか。ソリでも買って引きずっていけばいいや。仕事が一段落し、何だかめんどくさくなった私は踵を返して町へ戻った。その前にふと気が付いて、縛られた男を藪の中に隠し、魔物避けの香水を適当に振りかけた。腹痛に効く漢方のような匂いがした。そのまま帰って寝た。



「――それで、この男はこんなに衰弱していると」


「そう、みたいですね。へへへ」



 一日放置された後、半日近く森を引きずられた男は目が落ち窪み、声を上げる元気も無くなったようだった。所詮はゴロつき、全然根性無いなと思う。



「例のカードは衛兵長に見せなかったのか?」


「ツキータさん、でしたか。見せましたよ。本当ビックリするぐらい畏まっちゃって、衛兵さんを二人貸してくれました。でも捕獲現場は見られない方がいいかと思って、途中で別れてもらったんです」


「運搬はいつも奴にやってもらっている。……僕もその辺は言わなかったからな。それで、この穴は、麻酔針の痕だな。至る所にあるが……」


「はい。距離や部位によってどんな違いがあるか試してみたんです。時間はあったし、縛ってもうるさかったんで丁度いいかなって」


「ねえねえマスター。この子ってちょっとアレかも」


「まあ、なんだ。適任ということだろう」



 ブレンダとシラサギは見つめ合い、無言で何かを通じ合っているようだ。何かそういう魔法でもあるのだろうか。



「あの、やっぱり素材が傷んでいると良くないんでしょうか?」


「必ずしもそうではない。しかし健康体にダメージを追わせるのは簡単だが、その逆は難しい。今回は特に僕が指定した訳でもなかったからペナルティは無しだ。まあ、可能な限り元気な状態で持ってきてくれると、条件統制しやすくて良いとは伝えておこう。これが報酬だ」



 シラサギから渡された布袋の中には滅多にお目にかかれなかった金貨が二十枚。私は思わず息を呑んだ。



「初めてにしては十分な仕事だった。次も期待している」


「ねえねえ、早くやっちゃおうよー」


「黙れ羽虫。……と言いたいところだが、これ以上素材が傷んでも不都合だな。早速始めるとするか」



 シラサギが後ろを振り向くと、巨大な鉄格子の中に二体の生物があった。

 一方は衰弱した人間の男、一方は眠らされた吸血蝙蝠のようだった。男は動かないが意識はあるようだ。その薄らと開けられた目は私の方を向き、そこにはっきりと恐怖が見て取れた。シラサギさんの方がずっと恐ろしいのに。



「被験者は恐喝、傷害の常習犯で、栄養失調と麻酔の過剰投与による意識の混濁が見られる。吸血蝙蝠は至って健康体か。……コレット君、君は神を信じるか?」


「え? ……はい。創造神様が私たちをお造りにならなければ、私たちはいないかと」


「そうか。僕は信じない。いたとしても、こんな博打好きの神は嫌いだ」



 シラサギは小さく呟くと檻の鍵を開けて中に入った。

 私にはシラサギが何を思ってそんな事を聞いたのかは分からなかったが、その話題はこの男の根幹に深く関わっているような気がした。



「それでは、合成開始だ」



 シラサギが二体の頭を掴むと、大きな光の渦が生まれた。二つの生物は超常の粒になって溶け合い、混ざり合っていく。

 怯えきった男の顔面は消え去ってすでにこの世になく、私はただその幻想的な光景に見とれていた。

 一際眩い閃光が放たれた次の瞬間、檻の中に現れたのは――


 翼の生えた人間、にしては肌が異様だ。黒色のざらついた皮膚の中に肌色のまだら模様が混ざり、生理的な嫌悪感を感じる。退化したように短くなった手足と頭部には多くの体毛を携えていた。

 その異形が瞼を開いた。意外につぶらな瞳の下に、小ぶりだが鋭い牙が並べられていた。

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