🐹3章 過去から未来へと繋がる1つの想い。そして、少しずつ明かされる運命の真実。

第32話 親子水入らずのサイクリング

 校舎内から下校を促す放送が流れ始めて数時間。周囲には殆ど生徒もおらず、駐輪場にいたのは陽向ひなた日葵ひまりの二人だけ。辺りの景色もすっかり陽が落ち、薄暗くなった校庭を電灯が照らしだす。そんな中、お姫様乗りで座席に腰を下ろす彼女。その様子は、子供のように笑みを浮かべ燥ぐ姿。そんな無邪気な仕草に、彼は呆れながら溜息をつく……。



「――ったく。相変わらず、返事だけはいいんだよな」

「何か言った?」


「いや、なんでもねーよ。それより、跳ねるからしっかり捕まっとけよ!」

「OK、運転手さん」


 日葵ひまりはノリよく返事を交わすと、ギュッと陽向ひなたの腰に手を回す。これにより、彼は思わず頬を赤らめ動揺した素振りをみせた。なぜなら、その光景は……吸盤のようにゴムボールが壁に吸い付いた状態。そう……それは、背中に彼女の豊満な胸が押し当てられていたのだ。


「ちゅぅ? 父さん顔が真っ赤ですが、どうかしたんですか?」

「うっ、うるせぇー! お前も危ねーから、ポケットに入ってろ!」


「なに? どうしたの?」

「あっ、いや。今のは日葵ひまりに言ったんじゃなくて。こいつが目の前をチョロチョロしてたから、つい……」


 耳元で囁く陽日はるひの言葉に、陽向ひなたは慌てながら言い訳をした。すると、彼の声に反応した日葵ひまりが、ハムスターの身を案じて優しく手を差し伸べる。


「ハムちゃん。これからオジサンはね、運転しないといけないの。だから邪魔しちゃダメよ、こっちにいらっしゃい」

「ちゅぅー、ちゅぅー」


「あら? 一回言っただけで理解するなんて、ハムちゃんは賢いわね。オジサンと違ってお利口さん。まるで私の言葉が分かってるみたいね」

「みたいね、じゃなく。本当は、分かってんだけどな……。ていうか、俺はオジサンじゃねーつってんだろ」


 ハムスターに姿を変えている陽日はるひは、日葵ひまりの胸ポケットに隠れながら彼女と会話を交わす。こうしたやり取りを聞いていた陽向ひなただが……真実を知っていながらも言えないもどかしさ。ゆえに、彼は嘆くように呟くしかなかった。


「さっきから、なにボソボソ言ってるの?」

「いや、何でもねーよ。それよりも……運転しづらいから、あんまり抱き着くなよ」


「なんでよ、陽向ひなたがしっかり捕まれって言ったんでしょ」

「まあ……そうなんだが……」


 陽向ひなたは赤面した顔で、バツが悪そうに言葉を濁す。というのも、先ほどから背中に感じる胸の感触に、意識がもっていかれているのだろう。しかし、そんな事情など知る由もない日葵ひまりは、不思議そうに首を傾げている。どうやら彼女は、自分の行動が彼を惑わせていると微塵も感じていないようだ。


「だったら、別にいいじゃない」

「いや、でも……日葵ひまりが動くと……」


「動くと、なに?」

「だっ、だから……あまり動くと、あぶねーって言ってんだよ! ――とにかく、いくぞ!」



 ――こうして夕日に照らされる田んぼ道を、一台の自転車がゆっくりと走る。そこには仲良く相乗りする二人の姿があった……。そんな最中、ふと何かを思いだす日葵ひまりは、しおらしい素振りで陽向ひなたに声をかける。


「ねえ、陽向ひなた。ちょっといい?」

「どうした?」


「その……今日はありがとね」

「なんだよ、急に改まって」


 日葵ひまりは照れくさそうに感謝の言葉を述べる。そんな彼女の仕草に、陽向ひなたは不思議そうに聞き返す。


「だって……迷惑をかけたから、ありがとうって言いたくて」

「迷惑なら俺の方が毎日かけてるだろ。そんなのお互いさまだ! だから気にすんなって。それよか、今日の天気予報って晴って言ってたよな?」


「天気予報? 確か……朝のテレビでは、そう言ってたはずだけど。それがどうかしたの?」

「いや、なんか……一雨きそうな空模様じゃねーか?」


 陽向ひなたは空を見上げながら、気だるそうに問いかける。その視線の先には、彼の言う通り空は灰色の雲に覆われていた。そして数秒後――、嫌な予感は的中。ポツリポツリと降り始めた雨は、次第に勢いを増し豪雨となる……。


「うわっ、最悪。いきなり降り出してきやがった!」

「えっ、嘘でしょ? 私、傘持ってきてないのに……」


「俺もだ。くそっ、天気予報じゃ晴れって言ってたのによ」

「どうするの、陽向ひなた? どこかで雨宿りでもする?」


 陽向ひなたは自転車を漕ぎながら、日葵ひまりの問いかけに溜息交じりで答える。けれど、雨宿りできる場所は見当たらず……。そうこうしている間も雨脚は強まり、次第に視界が悪くなる始末。


「いや、この距離なら家まで10分もかからないだろう。だから、このまま突っ切るぞ!」

「でも……ずぶ濡れになっちゃうわよ?」


「まあ、その時はその時だ。とりあえず、今は家まで帰るのが先決だ!」

「それもそうね……」


 日葵ひまりは納得した様子で頷くと、陽向ひなたの腰を掴む手に力が入る。こうして彼は自転車の速度を上げ、雨宿りをせず自宅へと急いだ。――それから数分後、二人は無事に帰宅することが出来た。といっても、その格好はずぶ濡れの状態。そのままの姿でいれば、風邪をひいてしまうに違いない。


 従って、家に着くや否や、身を震わせ玄関先に降り立つ二人。前カゴから鞄を取り出す陽向ひなたは、急いで目的の物を掴む。そして同じように、日葵ひまりも慌ててスカートに手を入れた……。だが、何度ポケットをまさぐっても、彼女が探しているものが見当たらない。


 これにより、一瞬にして青ざめる表情。そう……探し物というのは、部屋に入るための鍵であった…………。

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🌷わたしが導く幸せな結婚~生と死の境界の中で……🌷 🍀みゆき🍀 @--miyuki--

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