第2話2100年へGo!

AM1:50…


ただでさえ人の多い新宿歌舞伎町だが、今夜は週末ともあってより喧騒な表情を見せている。シチロー達は、凪のメールの指示に従ってGPSを頼りに指定の場所へと向かった。


「メールによると、この先を曲がったカラオケBOXの裏が正確な場所になるんだけど…」


あと10分もすれば、凪の操作したタイムトンネルが忽然とその場所へと現れる筈であるのだが…


「困ったな…あれ…」


そう言って、曇った表情でシチローが指差したその場所を見ると…


「おいテメエ!他人にぶつかっておいて、スイマセンで済むか!オラァ~!」


そこでは、サングラスにパンチパーマ…

いかにも堅気の職業では無いと思われる雰囲気の男が、気弱そうな男性に向かって乱暴な言葉でインネンをつけていた。


その様子を見て頭を抱えるシチロー。


「よりによって、あの場所で…あれ、どう見てもだよな…」

「じゃあ~シチロー、あとはよろしく!」

「こら!待てっ!」


背中を向けて逃げ出そうとする子豚の襟首を、シチローがガッシリと掴んだ。


「あの2人、しばらく離れそうに無いし…警察にでも通報しましょうか?」


てぃーだがそんな提案をするが、とにかく時間が迫っている。タイムトンネルが現れる時間は午前2時から30秒間しか無いのだ…警察がそれまでにカタを付けてくれるとは、到底思えない。


シチローは、顎に手をあてて考えた。


「仕方ない。あの作戦でいくか…」


シチローは3人に向かって、こう切り出した。


「この3人で一番走るのが速いのは誰かな?」


「ハ~イあたし、走るの得意」


ひろきが真っ先に手を挙げた。


「よろしい!それじゃあ、ひろきはオイラと一緒に来なさい」

「何する気なの?シチロー…」


不思議そうに首をかしげるひろきの手を引いて、シチローは歩き出した。


「さて、この辺りでいいかな」


シチローは、ひろきをヤクザから30メートル位離れた場所に立たせ、その方向を向かせた。


「だから~何なのよ~?」


そして、ヤクザの方を向いたひろきの後ろに隠れたシチローは、思い切り大きな声でこう叫んだ。


「や~~い、このクソヤクザ~!お前の母さん~デ~ベ~ソ~~!」


しかも裏声で。


「ちょっ!ちょっと~!シチロー!」


予想だにしなかったシチローの行動に慌てるひろき。気弱そうな男性相手にインネンをつけていた男は、その言葉に敏感に反応し、ギロリとひろきの方を睨みつけた。


「なんだとお~!このアマ~!今何て言いやがった!」


「ちっ!違う~!あたしじゃない~!」


そんなひろきの後ろで、再びシチローは更にその怒りを煽った。


「弱い者イジメなんか、してんじゃないわよ~!バカじゃないの?アンタ~!」


ヤクザと目が合ったひろきはブンブンと首を横に振るが、その意味はヤクザには全く伝わっていない。


「このアマ~!離れた所で調子コイてんじゃね~ぞ!」


完璧にキレたヤクザは、気弱な男性を掴んでいた手を離し、とうとうひろきの方に向かって走って来た。


「わっ!こっち来た!」

「よし、作戦成功~逃げるぞひろき!」


てぃーだと子豚は、呆然とした顔でその様子を見ていた。


「何やってんのかしら…あの2人…」

「まぁ、確かにあの場所には誰も居なくなったけどね…」


今しがたまで、ヤクザに脅されていた気弱そうな男性も、いつの間にかその場から消えてしまっていたようだ。


「向こうの方へ走って行ったけど…あの2人、

タイムトンネルが現れるまでに戻って来れるかしら?」

「時間までに逃げ切れれば良いけどね…」


未来からのタイムトンネルが現れる時刻は、もう間近まで迫っていた。


「何考えてんだあぁぁ!シチロォォォォッ!」


シチローと共にヤクザに追われながら、ひろきがキレた。


「大体、何で『裏声』なのよ!あたしが言ったみたいじゃないかっ!」


走りながら、シチローは頭を掻いて弁解する。


「いやあ~だってかもしれないから」


「待ちやがれぇぇ~っ!このアマ~!

テメエからなぁぁ~!」

「全然手加減してくれてないだろっ!」

「コリャ…絶対捕まれないな…」


タイムトンネルが現れるまでの時間は、あと1分を切っていた。



♢♢♢



さて、シチローとひろきの2人は?


「ハァ…なんだよ…あの…ヤクザ!ハァ…走るのメチャクチャ速いじゃね~か…」


普段から不健康な生活を送っているに違いないヤクザなどマクのは簡単だろうと高を括っていたシチローは、意外にもしつこく追って来るヤクザに苦戦していた。


「シチロー…もう疲れたよ~!昨日あんなにビール飲むんじゃなかった!」


そう…よく考えてみれば、『不健康さ』では森永探偵事務所だって決して負けてはいなかったのだ…


シチローは、走りながら腕時計をチラリと確認した。


「ヤバイあと30秒しかない!ひろき、ラストスパートだっ!」


シチローとひろきは、最後の力を振り絞ってグンとスピードを上げた。


そして、ヤクザとの距離を30メートル程に広げると、そのまま路地の角を曲がる。


「間に合った!」


路地の角を曲がったシチロー達の目の先には、深夜にぼんやりと白く浮かんだ2メートル程の球体が映っていた。その側には既に、てぃーだと子豚の姿も見える。


「ティダ~コブちゃん~お待たせ~」

「何やってんのよ~!

早くしないと消えちゃうわよ!」


付近には、多くの人間が歩いている。


こんな中で突然人が消えたりしたら、大騒ぎになろうという状況だが、シチローは、パニックを避ける為に敢えてその人々に聞こえる様に、こんな言葉を叫んだ。


「さあ~世紀の大イリュージョン。只今より、オイラ達4人はこの場所から消えて見せます!」


そして、チャリパイの四人は大衆の面前で堂々とその球体の中へと消えて行った。


ボワン…


「おお~っ!スゲエ!」

「一体どんなタネなんだ~!」


まさか、そこにタイムトンネルがあったとは思いもしない人々は、誰もいなくなったその空間に向かって惜しみない拍手を送った。


そこへ現れた、先程のヤクザ…


「ハァ…ハァ…おいっ!今こっちに、男と女が走って来なかったか!」


『決定的瞬間』を見ていないヤクザは、拍手をしていた見物人の胸ぐらを掴んで問いただすが…


「き、消えちゃいましたよ…あの人達、マジシャンらしいから…」

「消えただとぉ~?テメエ、俺をバカにしてんのか!」

「い…いや…だって本当に………」

「テメエ、俺は今最高に機嫌が悪いんだ!テキトーな事言ってんじゃね~ぞコラァ~!」


可哀想な見物人だ…




♢♢♢




シチロー達4人は今、タイムトンネルの中にいた。目の前の空間は奇妙な形に捻れて歪み、グルグルと回っている。こんな光景はチャリパイにとって初めて目にするものであるはずだが、なぜかひろきは以前にもこの様な光景を見た事があるらしかった。


「うわ~っ!あたし酔っ払っちゃったよ~!」


いや、これは酒のせいじゃないから…


しばらくその光景が続いたあとにやがて、眼前には眩しい位の白い光の塊が見えてきた。


「あれが出口みたいだな…」


初めて訪れる未来の世界に、4人の胸の鼓動は否が応でも高鳴った。


「画期的なダイエットの薬とか出来て無いかしら~」


「未来のビールって美味しいのかな?」


子豚とひろきが、目を輝かせて呟いた。


「何しに来たんだ…お前達は…」


未来は危険極まりない戦場だというのに、こんな楽観的な発想をする子豚とひろきの事を、何だか羨ましいとも思うシチローだった。
















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