今こそ来たれアマルティア
シャンエリゼ。神々、そしてこの世界を統べる主神であるゼウスが座している神殿。
思考。ゼウスはとある出来事について頭の中を巡らせていた。
突如現れた大樹。それは世界すらも覆いつくすほどのもの。
神々にすらもその事態は異色なものであった。一体誰が、ゼウスは思う。
かつ、こつとゼウスに近付く気配。ゼウスはそのひとに気付く様子はなく、思考の海の中。
刹那、その誰かがゼウスの肩を叩き、現実に戻される。
「よ、ゼウス。考え事してんのか?」
「ポセイドン義兄様」
その声、姿の主はゼウスを実の弟のように可愛がっている、ゼウスの義兄にあたる神ポセイドンであった。
ゼウスと呼ばれるこの神は、ヘスティアを始めとしたポセイドン達とは実の兄弟ではなくて。
この世界が三度目であり、このゼウスも三度目の世界のゼウスであったのだ。
それは、神達にすら知らざるものである。ごく一部を覗いて。
ごく一部の値するのがポセイドンでもあった。
ゼウスは余所者であったにも関わらずポセイドン達は嫌な顔をせず、むしろ歓迎までしてくれたのだ。
ポセイドンは、よくゼウスの相談にも乗ってくれているもので、ゼウスはそれがありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちとが交差していたものだ。
ポセイドンは「そんなの気にしなくていいぜ」とは言っていたものなのだが。
ゼウスは、目の前にいる彼に大樹のことを話す。
「あれな……ハデス達もわかんねーってよ。神ですらもあんなデカい樹は無理だろーっつってさ」
「でも、人の仕業でもないんだよね? じゃあ一体あれは」
神の仕業かと思ってたんだけどな、俺は。なんて言葉もポセイドンは言う。
その言葉で、ゼウスは再び思考してしまう。
沈黙。二人の間に流れる。
ここのところ、大樹以外にも奇妙なことはあった。
白い太陽と黒い太陽。そして赤の月と紫の月。
特に自分達や人々には影響はない、ものなのだが不安の声をあげる人々は少なくはない。
思考の海にいるゼウスをしばらくはそのままにしていたが、突にしてポセイドンが「あ」と声をあげる。
「ああ、でもヘルメスによっちゃあ、あのデカい樹、人が住んでいるらしいぜ」
その大樹の名は世界樹ユグドラシル。
ユグドラシルに存在しているアルガルドにて一人、考える神がいた。
ゆらりと揺蕩うワイン、神はいつもに増して不機嫌そうな顔をさせたりなんかして。
足元にいる狼もなんだかずっと主を見上げているような。
その沈黙はその場にいた者には心地良いとは言えないもの。
ロキとヘイムダルはちらり。視線を交わす。
やがて、その静寂に我慢が出来なかったらしく。
「も~オーディンさ。いい加減そのキゲン悪そうなのやめたら?」
言い放つロキに黄昏の赤の瞳が向けられる。
だがそれもすぐには視界から逸らされてしまったが。
オーディンの不機嫌そうな顔はいつものことで、半分くらいは別に機嫌は悪くないもので。
彼と長いこと一緒にいるロキとヘイムダルにはわかる。オーディンは今機嫌が悪いのだ。
オーディンに言葉を紡いだロキにヘイムダルが肘でこつん、とさせる。
ロキもそれには、「なに」と小声で言ったものだ。
「お前はこの時くらいその態度はやめたらどうなんだ」
「何処かの誰かさんと違って、ボクはわかりやすく媚びないんですぅ」
オーディンに、聞こえないように小さな話し声。
ヘイムダルがロキに対して文句を言うのもいつものことで、それに対しロキも喧嘩を買うもの。
徐々に、徐々に囁きは大きくなっていく。
静寂を破られたオーディンは二人のことは特に気に留めていなかった。
それどころか、「ああ、またか」と思う始末なのである。
オーディンは二人を視界に映す。
今日はどっちが勝つのやら、と興味も二人に向いたものだ。
騒々しい声達。交わる雑踏。オーディンは眺め続ける。
それが止むのはしばらくしてからのことだった。
「……満足したか?」
「申し訳ございません、オーディン様。ロキの奴が、」
「それはいつも言ってるだろ。それで、本題だが」
オーディンはとんとん、と指先で叩く。
それが合図と言うように、ロキとヘイムダルはオーディンを視界に入れた。
「先日現れた『もうひとつの世界』。それと同時にユグドラシルにも異変が起きている」
「異変、と言いますと」
「ユグドラシルが、枯れてきている」
聞くと、ロキが驚いた声をあげる。ヘイムダルも声には出さずとも表情に出ていた。
ユグドラシル。その世界樹が枯れてきていると言う。
彼らにとってこれは事が大きいことであった、ユグドラシルはどんな現象が起きても枯れるなぞということはなかったのに。
オーディンが言う。これは「もうひとつの世界」が関係しているのではないかということ。
ユグドラシルは、大地、空、海。あらゆるところに存在している魔力的な生命の力の根源マナによって成り立っていた。
マナが存在する限り、この世界、ユグドラシルが滅びることは永遠にないのだと。
しかし、「もうひとつの世界」が現れたことによりマナが不足し、成り立つものが成り立たなくなろうとしているのではないか。
「なんかヤバいのはわかったけどさ、じゃあどうするってワケ?」
「……戦争だ。これは止むを得ない事態だ、どちらかが死に、そしてどちらかが生きる」
「神々の戦争、アマルティアを起こす」
今ここで、戦いの火蓋が切って落とされた。
アマルティア。それは世界をかけた戦争。そして神々達の争い。
それは、人々達も巻き込まれるものだとまだ二つの世界の人類は知らない。
そして、その戦いは一人の少女が変えるものだと、誰も知らないことなのである。
交差する世界の中、静かに時は刻まれる。
Amartya tis Theos はからんすろっと @hakaran922
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