Amartya tis Theos

はからんすろっと

星を墜とした神々よ

 始まりは、星。空に浮かぶ光はやがて絶望を照らすのだろう。

 それは、神々の王とまで言われた。この世界の、王とまで言われた。

 しかしその光は誰も知りはしないうちに失われていった。


 もうその星は、闇に応えもしないし時を刻みもしないのだ。


 かつての栄光。かつてのまばゆく温もり。

 確かにそこにあった、物語である。


 エイレテュイア。人々がそう呼ぶ世界の端。

 そこには主神が建てたとされる孤児院エスペラント。

 子供達がはしゃぎ、言の葉を交わしては笑い合う。


 その光景を少女、ミラは微笑ましそうに眺める。

 ミラは物心ついた時からこの孤児院で暮らしており、職員と共に幼い子供達を世話していた。

 ぱたぱたと駆ける子供達に転ばないように気を付けて、なんて声もかけたりする。

 はぁい、と元気な返事にミラは笑むとぱさり。洗ったばかりの洗濯物を干す。


「みんな、今日も元気だなぁ……」


 白いシャツの隙間から子供達の姿。それにミラは言葉をこぼした。

 自分もあんな元気な時期があったものだと胸を暖かくさせる。

 そこで、ミラはふと思った。自分にはこの孤児院に来る前の記憶がないのだ。


 自分には母親や父親がいたのかどうか。

 今でも時折気になることだ。孤児院にいる、ということは両親はいない、ということなのかもしれないけれど。

 だとしても、それ以前の記憶がないのは、少しだけ不安を感じるのだ。

 当然、職員に聞いても首を横に振られるだけ。


 もし、ミラに母親がいたとしたら。父親がいたとしたら。

 一体どんな人だったのだろうか、一体どんな人生を歩んでいたのだろうか。

 孤児院の人達は好きで、でもそう考える刹那がある。


 胸に少しだけ空白を感じて、ペンダントをきゅ、と握る。

 物心つく頃から一緒にいたペンダント。

 ミラはこのペンダントを宝物として大切にし、ひと時も離したことはなかったのだ。

 なんだか、このペンダントを見ると暖かいものを感じるような気がして。


 そんな時だ。そんな遠くもない場所で子供達が騒いでいる。

 なんだか騒ぎが変だ。そう思ったミラはその子供達へと駆ける。


「どうしたの? みんな」

「ミラおねーちゃん! あれ見て、あれ!」


 示す指の先を見て、ミラは目を見開く。

 白と黒。黒と白。

 そこには、ふたつの太陽が空に浮かんでいた。

 一体どういうことだろうか、ミラの心中を知らないで子供達は歓喜をあげるように騒いでいる。


 騒ぎを聞きつけた職員達も駆けよっては同じように空を見上げている。

 誰かが言った。これは天誅ではないかと。誰かが言った。これは恵みではないかと。

 そのどちらにせよ、異常なことには変わりはない。

 太陽がふたつ在りながらも特に暑いとかではなく至ってそれ以外は普通通りだ。

 だからこそ、その異常性が、違和感が激しいのだ。


「どうしちゃったんだろう、あれ?」

「よくわかんないけどすげー!」


 次々と挙がる声達。不安がる声もある中、それは起こる。

 ミラ達が感じたのは、揺れ。それも大きな揺れであった。

 悲鳴が挙がる中、ミラは体勢を保てずに座り込んでは近くの子供を抱きしめる。


 揺れ、揺れ、揺れ。

 長く感じられたそれが収まる頃には腕の中の子供は目に涙を溜めてしまっていた。

 見渡し、揺れは収まったことを確認してからミラは頭を撫でてやる。

 そうすることをしたら、少しは不安は和らいだ様子だった。


「みんな、大丈夫?」


 ミラの言葉に返す声達。皆大丈夫そうだと胸を撫でおろすような気持ちにさせた。

 もう、あのような揺れは来る気配はなかった。

 そのことを確認すると、職員は子供達と一緒に孤児院に帰ってく。


 ミラも、本来自分がやるべきことに戻るとした。

 しかしミラは気付いていなくて、いくつかの子供達は気付いていた。

 遥か巨大な樹なるものがそびえ立っていたことに。

 その声を聞いても、ミラは気にとどめなかった。

 

 その樹は、気付くにはいささか大きすぎたのだ。

 だがミラが樹に気付くには、そう時間はかからない。

 その樹にもまた、世界はあるのだから。


 星を墜とした神々よ、これは星の粛清である。

 世界と世界が今、交わった音がした

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