骨箱

管野月子

最初の宝物

 受け取った白い小箱は、思ったよりずしりと僕の手のひらに乗った。

 大きさは一辺、凡そ十五センチほど。磁器でできているというそれは、やや丸みをもった角の立方体だ。


「もっと黒ずんでいるかと思ったのに」


 僕の隣の少女が感心したような声をあげる。


「探査で採取した小惑星帯の岩石を使っているんだろ?」

「そんなに長石や珪石が多かったように見えなかったんだけどな」

「白色化は粘土鉱石のせいじゃなかったか」

「そうだっけ?」

「骨箱は特別だから、どこからか都合つけて来たんでしょう」


 僕の周囲の数人が口々に言う。

 彼ら彼女らは、この軌道衛星上の舟で同時期に産生された子供たちだ。いや、ここを卒業する僕らは成人になったということなのだから、「子供たち」と表現するのは違うかもしれない。

 けれど僕を含め、ここで暮らした年月は十年程度。肉体は成長期を終えた青年期と言われる状態でも、心も大人となったと言えるのか僕には分からない。はるか昔、まだ地球上で人が「生まれて」いた時代、十年という歳月は成長期の半ばで「子供」とされていたのだから。


「あなたは箱に何を入れるの?」


 ぼんやりと皆の様子を眺めていた僕に、隣の少女が声をかけて来た。

 僕はカタリと箱の蓋を開けてから、ポケットに持っていた二つの鉱石を手のひらに取り開いて見せた。


「最初の実習で見つけたんだ」

「まぁ……」


 光を放つのは、黄鉄鉱――パイライトの結晶だ。無骨な石ころに半ば埋まった正立方体は、自然に結晶化されたとは思えないほど艶やかな光沢を放っている。淡い黄色みは真鍮色とされているが、遥か昔は金と間違えられることもあって「愚者の黄金」とも呼ばれていたという。

 ――愚者。

 まるで、人のように見える僕たちみたいじゃないか。

 試験管の中で合成されたモノだというのに。

 手元を覗き込んでいた少女は「触ってもいい?」と僕に訊いてから、一つを指先に持ち、角度を変えて眺め、僕の手のひらに戻した。


「素敵ね」

「うん、骨箱を貰ったら入れようと思っていた」


 言って最初の宝物を箱に収める。

 そして少女の方に顔を向けた。


「君は何を入れるの?」

「私はこれ」


 同じようにポケットから、白い紙を小さくたたんだ包みを出した。そっと開くと小さな粒状の物が幾つも入っている。多くは黒くて丸い物、細長い針のような物、平べったい涙形や歪な三角錐のような物もあった。

 これらの形状は画像資料で見た記憶がある。


「もしかすると、種?」

「そう、実習で育てて採取できたもの」

「凄いね、種まで育てられたなんて」


 芽を出しても、そこから蕾をつけるまで育てるのも大変なのに、種まで枯らさずにいたなんて。才能があるんだ。

 彼女が微笑む。

 その瞳は手のひらの種と同じ黒々として艶やかで、今にも色とりどりの花を咲かせるように煌めいていた。


「よかったら、少し貰って」


 そう言って、紙の中の種をひとつまみ取り僕の方に差し出した。

 僕は驚いて顔を上げる。

 嬉しい。

 けれど、僕はこの種を育てることはできないだろう。


「ありがとう。でもごめん、僕は植物実習を受けていないから育て方が分からない。それに地球に下りる選抜には入れなかったんだ。貰ってもきっと植えることはできないし、芽を出すこともないよ」

「それでもよければ貰って。骨箱に入れておけば、いつかは地球に収めてもらえるでしょう?」


 戸惑う僕の手のひらに、ひとつまみの種を乗せる。

 少女は微笑んだまま、「ね」と柔らかく首を傾げた。


 骨箱は遠い昔、死んだ人の骨を入れる壺――骨壺を収める箱だったという。今もそうして生を終えた後に焼却処分を施し、壺を箱に収める人もいる。けれどそれは限られた、一握りのとても幸運な人だけだ。

 宇宙そらでは死後、何も残せないことが多い。

 果てしないくうに流れてしまえば、再び見つけ出すことは困難だ。だから舟を卒業する時、一人一人に骨箱が与えられる。そこに自分の分身となる宝物を収め、その人が死を迎えた時、骨の代わり地上に下ろし大地に埋めてもらうのだという。

 宇宙で生まれた僕らは、母なる大地に還ることができる。


「本当は……地球に下りたくないの」


 ぽつりと、少女はは遠くを見つめるようにして呟いた。


「まだ、皆と一緒にいたくて……」


 彼女は数百の子供たちから選ばれた、希少な、地上帰還組だ。知能ばかりではない、健康であらゆる病原に対する抗体もあると認められ、数々の試験をパスしてきた。それでも地上に戻り一年以上生きていられる者は半数ほどしかいない。

 十年生きられれば長生きな方で、二十年生きられる者は更に少ない。

 種としては絶滅の道に進んでいる人類でも、あらゆる手を尽くし復活の手だてを探している。すでに一世紀以上の年月が経っていたとしても、人はまだあきらめていない。


 僕は箱に入れていたもう一つの黄鉄鉱を、少女の前に差し出した。


「一足先に、この子を地上に連れて行ってくれる?」


 僕の意図に気づいて、少女は「いいの?」という顔で返す。


「僕はこれから小惑星帯や、もしかすると木星のトロヤ群まで行って発掘作業に従事することになると思う。きっと色々な鉱石を見つけるだろうから、あっという間に箱一杯になってしまうよ。だから……いいんだ」


 僕の言葉に少女は手を伸ばし、白く細い指で受け取った。


「地上には風が吹いているんだろ? 雨もあって、冬には雪も降る」

「そう。人が植えなくても草木は育ち、花を咲かせてるって」

宇宙そらに残る僕らの代わりに、たくさん見て触れて記憶していって。そしていつか骨になった僕らが地上に下りたら、話して聞かせて欲しい」


 きゅっ、と胸に一度抱いてから、彼女は骨箱に石を収める。


「そうね、きっと……そうする」


 きらきらと輝くキュービック構造の鉱石は、それ自体が僕の想いを収めた箱となり彼女の元で眠るだろう。







© 2024 Tsukiko Kanno.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

骨箱 管野月子 @tsukiko528

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ