箱いっぱいの愛を。

美澄 そら

お題【箱】



「就職、東京でしようと思う」


 久しぶりに掛けた電話で私がそう言うと、母は数秒黙ってから「そう」と答えた。

 東京の大学に進学を決めたときは、地元に戻るだろうと思っていた。

 母も、帰ってくると思っていたんじゃなかろうか。

 通話が終わって、ホーム画面に戻ったスマホ。

 そこには夏の力強い光の中に艶やかに咲く、母の育てたピンクの薔薇が写っていた。


 地元は、県境の田舎だった。

 どれほど田舎かといえば、最寄りである高校の通学に、バスと徒歩で一時間半かかっていた。バス停までが家から三十分かかる場所にあって、そのうえバスも日に六本しか走っていない。おまけに最終の便は夜の六時。学校の行事や部活で遅れれば、家まで二時間歩いて帰るなんてこともざらにあった。

 同じ高校でサッカー部をしていた弟は、自転車で通学していたけれど、どっちが不便だったかは未だに結論付けられない。

 田舎は不便だったけれど、嫌なことばかりではなかった。

 静かで、隣近所の人も顔見知り。

 野菜や果物なんか、季節外れでなければ自分の家の畑か、近くの農家さんに貰えるので買ったりしたことがない。

 東京に暮らすことを決めて、内見したアパートが実家のリビングの半分しかないことに驚いた。おまけに家賃も地元のアパートじゃ三部屋あってもおかしくない金額だ。

 実家が農家をしていたのもあったけれど、家の広い庭に母は色んな花を植えていた。

 チューリップにパンジー、バラ、ヒマワリ。

 春から夏にかけて、数多の花が競うように咲いていたから、いつも家に帰ると花の匂いに包まれていた。

 庭で花を愛でている母の背が一番好きだった。

 大人になっても、時々無性にあの背に抱きつきたくなる。

 

 入社して五日目。

 慣れない社会人生活で、くったくたになって帰ってくると、玄関の前にダンボールが置き配されていた。

 何かを注文した覚えはなかったので差出人を確認すると、母からだった。見慣れた丸字の癖に、疲れきった心が少し緩む。

 家に入るなりさっそくダンボールを開けると、中にはレトルト食品がたっぷり詰め込まれていた。

 さすが、母親。聞かずとも娘の状況をよくわかっている。

 レトルト食品を一つずつ取り出していくと、底のほうから十センチ四方のピンクのギフトボックスが顔を覗かせた。

 今までの仕送りにはなかったサプライズに心が踊る。

 お母さん、何を入れてくれたんだろう。

 ギフトボックスを開けると、中には乾燥させて少し色褪せた庭の花達とメモ用紙が一枚入っていた。

 メモ手紙にはたった数行のメッセージ。花の香りが溢れる箱ごと胸に抱くと、涙が溢れてきた。 

 


 就職おめでとう。

 お仕事はどうですか。

 大変なことがたくさんあることでしょうが、あなたのことだから乗り越えられると信じています。

 風邪は引かないようにね。


 いつでも、連絡待っています。


 母より。




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