陰謀の始まり

編端みどり

シルビアはやっぱり王女

ガンツがいつものように仕事をしていると、小箱を持った王太子が訪ねてきた。


「ガンツ、シルビアを呼んでくれないか?」


「かしこまりました。おーいシルビア、すぐ来れるか?」


ガンツが空中に声をかけると、可愛らしいワンピースを着たシルビアが現れた。シルビアの肩にはブラウニーが乗っている。


「はい! なんでしょうかガンツ様!」


すぐ現れた妹に、兄はため息を吐く。


「本当にすぐ来るとは……噂は本当か」


「噂ですか?」


「ガンツに何かあると、すぐ妹が現れ暴れると城中の噂だ。父上がガンツの仕事を手伝うとお墨付きを与え、シルビアの暴走を止める為に王命を出したと皆知っているからな」


「濡れ衣ですわ!」


「そうですよ! シルビア様は暴れたりしてません!」


「そうっすよ! 最初は驚きましたけど、差し入れもくれるし、優しいですし、訓練にも付き合ってくれます。誰も困ってません!」


隊員達がシルビアを擁護する。妹の暴走を咎めようと思っていた王太子は、驚いて目を見開いた。


「シルビア、あまり怒らなくなったヨ。ガンツにダメって言われたら、オコラナイ」


「ウン。ガンツもシルビアも、優しいよ」


「ブラウニーまで……ガンツ、本当に妹は仕事の邪魔をしていないのか? 魔法で監視してすぐ現れるシルビアに困っていないか?」


「慣れましたし、シルビアに見られて困ることはありませんので問題ありませんよ。いつシルビアが来るか分からないからと、嫌味を言う人もいなくなりましたので私としては助かっています。シルビアに会えるのは嬉しいですから」


「……貴殿は本当に寛大な男だな……良かったなシルビア、いい人と結婚できて。結婚相手にあんな条件を付けるなんて、どうなることかと思ったが……父上は正しかったのだな」


「お兄様、用があるなら早くして下さいまし!」


ガンツに会えて嬉しいと言われ真っ赤になるシルビアは、照れ隠しに兄の要件を聞き出そうとした。


その様子は親しい兄妹そのもの。しかし実は、兄妹が親しくなったのはシルビアが結婚してからだった。


「そうだった。可愛い妹の幸せが嬉しくてな」


妹の頭を撫でながら、兄は思った。


この男が、妹と結婚してくれて本当に良かったと。


妹に勝てない自分を卑下してシルビアと距離を取っていた王太子だが、シルビアと会った時はいつも優しい兄を演じていた。


シルビアも薄々兄の気持ちに気が付いていたが、どうすれば良いか分からなかった。結婚しなければ、兄を脅かす事はない。そのような考えが少しだけあったのは事実だった。


だから、結婚しなくて良いように結婚相手に無茶な条件を付けた。


無茶な条件をクリアして、ガンツがプロポーズしてきた時、シルビアは王族の地位を捨ててガンツを選んだ。


ガンツと結婚して暴走する妹の対応に追われるうちに、王太子の心が変わった。自分を卑下する気持ちが全てなくなった。ガンツを慕う妹を心から愛しいと思うようになった。


困ることも多いが、叱るとしょげながら素直に兄の話を聞く妹が可愛いかった。他の者がなにを言っても聞かない妹が、自分の言葉は素直に聞く。


それがなんだか嬉しくて、兄らしい感情を抱けるようになった。


ガンツとシルビアの結婚は、王太子の心も救っていたのだ。


「もう! 用件をお話し下さいませ!」


「用がないと妹と話せないのか?」


「そうではありませんけど、仕事中のガンツ様のお手を煩わせるのですから何かあるでしょう!」


「おお、そうだった。シルビア、悪いがこの箱の中身を開けずに調べて欲しい。魔法でなんとかならないか?」


「やってみますわ」


シルビアが魔法を使うと、箱が透明になった。箱の中にはピンク色の煙のようなものと、宝飾品が見える。


煙を発見した途端に、シルビアの顔が歪む。


「お兄様、この危険物を送ってきたのはどなた?」


「帝国の第一皇女だ。俺以外の者は開けるなと指示されていたらしくてな、怪しいから中身を調べたかったんだ。相手が相手だからな。受け取り拒否するわけにもいかなくて」


「なるほど……お兄様、この箱を室内で開けてはいけませんわ。開けた者を誘惑する魔法が使われています。詳しくは分かりませんが、煙を吸った者は術者の傀儡になる可能性があります」


「僅かに嫌な匂いがしたが、やはりそうか」


「濃い煙を吸わなければ問題ありません。箱から漏れる煙くらいなら大丈夫でしょう。外で壊して、風魔法で煙を散らしましょう」


「いや……利用させてもらおう。シルビア、この煙が絶対に漏れないように対処することはできるか?」


「期間限定でよろしければ、土魔法や風魔法を使えば可能ですわ」


「1週間持つか?」


「ええ、それくらいなら問題ありません」


「分かった。すぐ頼む。それから、ここにいる皆に仕事を頼みたい。極秘任務だ」


王太子の言葉を受け、隊員達が整列した。シルビアは兄の指示通り魔法で箱を梱包し、煙が漏れないようにして兄に問うた。


「極秘任務なら、わたくしはいない方がいいですか?」


「いや、シルビアにも頼みたい仕事がある。シルビアはガンツの仕事を手伝うのだろう? まず防音の結界を張ってくれ」


「もう! お兄様は人使いが荒いですわ!」


「使えるものは使う。シルビアと同じだよ。準備はできたね。話すよ」


皆が頭を下げて、王太子の言葉を待つ。シルビアはガンツの隣で、兄を見つめていた。


以前より少しだけ痩せた兄が、心配でたまらなかった。


「来週、帝国の第一皇女が来る。おそらくドラゴンの件を確認する為だと思う。彼女が来たら、箱を開けたか聞きたがるだろう。それまで箱は開けない」


「第一皇女の前で箱を開けるおつもりですか?」


「それも良いけど、さすがに本当に傀儡になるわけにはいくまい」


「この箱を包んだ時、魔力を感じました。開閉が術者に伝わるようにできているかもしれませんわ。位置を把握する魔法をかかっているかもしれません。さっき魔法で包みましたから、今はなんの効力もありませんけど……」


「私もそう思う。この箱は嫌な気配がした」


「ここは安全だが、城には間者が潜んでいる。あちらはシルビアほどの魔法使いがいないだろうから、箱さえ無力化すれば魔法で覗かれる心配はない」


「ふふ、わたくしが城中に結界を張っていますもの。でも、間者が入る隙間があるのですね。もう少し結界を強化しようかしら」


「今はやめてくれ。間者を利用する。ここに来たとバレないように、間者は父上の影がお相手しているが、程よいところで逃す。今夜くらいから、また俺を監視し始めるだろう。箱の偽物を部屋に用意してある。位置が把握できずあちらは焦っているだろうが、俺の部屋は元々魔法の結界があるからな。そちらのせいだと思わせるよう独り言を言うつもりだ。この件が片付いたら、間者が潜めないよう城の防護を固めよう。第三騎士団は、この箱を皇女様が来るまで守っていて欲しい。術者が誰かは分からぬが、必ず俺に箱を開けさせようとするだろう。俺はわざと偽物を開ける。偽の煙も出す。君達はシルビアの指示を受けながら、俺と同時にこの箱を開けて欲しい。シルビアは中に入っている宝飾品を調べて、危険がなければこっそり俺のところに持って来て欲しい。危険なら、偽物を作ってくれ。箱を開けてから、俺は魔法にかかって駄目になっている演技をする。おそらく隙を見て、俺に命令してくるだろう。シルビアには他にも色々頼みたい事がある。ガンツと共にしばらく城に泊まって欲しい。ブラウニー、悪いが家の留守を頼む」


兄妹は優秀な魔法使いとして国を支えている。攻撃魔法はシルビアの方が得意だが、補助魔法は王太子の方が得意だ。


王太子は、幼い頃から精霊に好かれていた。礼儀正しく精霊に接するので、精霊達は彼が大好きだ。


「王子サマに頼られた!」

「イイよ」

「ガンツ、おウチは任せて!」

「シルビア、おウチに帰るネ」


「あの家が狙われるかもしれん。もし家に変な奴が現れたら、捕まえておいて欲しい。たくさんいたほうが安全だから、城にいる精霊達もしばらくガンツ達の家に行ってくれないか? あの家を守って欲しい」


「イイよ!」

「マカセテ!」


ブラウニーや城にいる精霊達を全て家に送り届けたシルビアは、兄の意図に気が付いていた。丘の上の小さなログハウスが狙われる理由なんてない。精霊達を争いに巻き込まないようにしたかった兄の行動は、近いうちに城が危険にさらされると言っているようなものだった。


精霊が狙われる可能性は充分にある。禁忌とされているが、精霊達を無理矢理使役し使い潰す魔法は存在するのだから。


「お兄様……なにが始まるのですか?」


「何も始まらない。なにも始まらせない為に我々がいるんだ。まず、相手の陰謀に乗り情報を集める。シルビア、平民になったとはいえお前は王女。国を守る為に働いてもらう」


「もちろんです。ガンツ様、みなさん、わたくし達を助けて下さいまし」


「ああ、もちろんだ。王太子殿下の命令、確かに承りました。みんな、しっかり頼むぞ!」


「「「「はい!」」」」


国を守る為に騎士団は存在する。王太子直々の命令は、信頼の証。彼等は全力で王太子の命令を全うしようと決意した。

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