第3話 閃かれた箱

 結論から言うと、今回の私の『読者の奇妙な体験談』は大ヒットとなった。

 掲載誌は爆発的に売れ、刊行後の最高販売数をダブルスコアで越え、すぐにトリプルスコアに届きそうだった。


 社の方から、特別ボーナスが出るのは間違いないだろう。

 友人に、酒でも、いや、旅行でもおごってやらねばなるまい。

 自宅兼事務所で酒をあおりながら、私は有頂天であった。


 ただ、気がかりが一つあった。

 それは、雑誌の発売以降、Tさんとの連絡が取れないことだった。

 雑誌の発売後、調査資料をまとめ、Tさんのメールアドレスに送ったが反応はなし。電話をかけてもつながらない。

 会社の方に怒鳴り込んでくることも覚悟していたがそれもない。

 大学に問い合わせてみることも考えたが、最悪の可能性が頭の中をよぎって、いったん、その考えを追い出した。


 とりあえず、よくない考えをしているときは机を整理するに限る。

 私は、冷水で顔を洗って軽く酔いをさますと、デスクに置きっぱなしになっていたU村の資料を片づけ始めた。


バサッ


 一束の資料が、抜け落ちて床へと落ちる。

 昭和以降のU村の事故死、自死、怪死の新聞記事だった。

 読者の体験談のコーナーにこんな物騒なものが必要になることはまずない。私も頼んだ覚えもないので、無関係の資料の束に放り込んでいた。

 友人がわざわざ送ってきたのだから何かあるのか? 私は興味本位で、パラパラと記事を流し見していき、一つのページで違和感を感じ手を止めた。

 間違いでは? いったんページを戻して年月日を確認し、そこに指を挟む。そして再び、ページをめくった。

 さらにめくった。


 めくって。

 めくって。

 めくって。


「なんだ、これ……」


 多すぎる。

 この資料の、U村の死亡事件の、ほとんどがある年に集中している。

 それも、これまでの記事のほとんどのように、お年寄りではない。

 働き盛りの男性ばかりである。

 酔いが一瞬でさめる。

 その年はTさんが黒い箱を持ちだして、勘当された時期と一致する。


 少女が若い男に恨みを抱いていたのはわかる。

 だが、少女の恨みと黒い箱に何のつながりが?


 私は無関係と断じた資料の山をほとんど破く勢いでめくる。

 

 めくる。

 めくる。

 めくる。


 だが、やはり、黒い箱なんてものはU村の資料のどこにもない。

 今回の記事に使った資料も同じだ。

 

 私は資料を床に叩きつけた。


 あとは、そうだ。例の写真だ。

 私はPCをスリープモードから立ち上げながら、とりあえず、雑誌の写真を確認する。そこにはTさんの左手に重なるように黒い箱があるはずである。


ルルルルルルル


 デスクに置いた携帯電話が鳴る。表示は会社からだ。

 どうせ、ボーナスの話か、クレームの話だろう。

 今はそんなことより、写真を確認せねば。


 雑誌をめくって。

 めくって。

 めくって。


 なかった。


 Tさんの写真の左手には黒い箱などなかった。


――いや、ある。


――あるはずである。


――たとえ、なかったとしても。


――たとえ、としても。


――見てはいけない。


 私はとっさに目をつむろうとした。

 だが遅かった。

 そこには、Tさんの左手をしっかりと握る白い女性の手があった。


 ヤットミテクレマシタネ


 左耳のすぐ後ろから声がして、私の左手を、柔らかく冷たい手が、ぎゅっとつかむ感触があった。


――――


ルルルルルルル


「こちら、Kです。現在、電話に出ることができません。発信音の後に伝言をどうぞ。折り返しいたします」


 なり続けていたKのスマホが、不在録音に切り替わった。


「すいませ~ん。先日の取材のコーヒー代、一人分多いんですけど~」


 経理の女性の憤慨した声が、答えるもののない事務所に響いた。

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黒い箱 黒猫夜 @kuronekonight

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