第2話 U村
事務所兼自宅に帰った私は、友人から届いていたU村の資料に目を通していた。
デジタルでは0と1の間の情報が伝わらないんだぜ。という、彼の謎の流儀にのっとり、資料は茶封筒にまとめられて速達で送られてきていた。そもそも史料はほとんどが写真かコピーで、その時点で原本の情報など抜け落ちていそうなものだが。とは思いつつも、私も紙の資料を手でめくる感覚は嫌いではなかった。それに、案外、紙と手を動かしている方がネタはまとまるものである。
「これは厄いぜ」
ふせんで資料に添えられていた友人の口癖――どうやらホラー漫画の登場人物の口癖らしいが、意味は分からない――に、少し光明を見出しつつ、私は資料に軽く目を通し、関係がありそうな記事を別のファイルにまとめていく。
とりあえず、Tさんの話に関連しそうなU村の資料はまとまった。が、その中に、黒い箱の話はなかったように思う。やはり、ガセだったのだろうか。
1つ目の資料は、U村の郷土史のコピーである。
Tさんの話の通り、U村には禁足地と呼べる山がある。
正しくは、男子禁制の山である。女人禁制の山というのはよくあるが、男子禁制とは珍しい。友人もそう思ったのか、そのいわれについて、2つ目の資料を添付してくれていた。
2つ目の資料は、明治時代に伝承をまとめた歴史学者の史料のコピーである。達筆すぎるため、私には読むことが難しいが、友人の抄訳が添えられていた。
江戸時代の中頃、U村には不思議な力を持った少女がいた。
人の死期を言い当てたり、干ばつの年に雨を降らせたりしたという。
しかし、少女はその力を恐れられ、小さいうちにお山の牢に閉じ込められてしまった。
歳月が流れ、少女が年頃になったころ、牢番の男と少女が恋に落ちた。
牢番と少女はともにU村から逃げようとしたが、牢番の男は途中で恐ろしくなり、村へと引き返した。
少女は再び捕らえられ、二度とこんなことがないように、殺されてしまった。
少女の恨みの声は、彼女の身体が焼かれて無くなっても延々と続き、男衆は気が狂って次々と死んでしまった。
それはU村を訪れた高僧が彼女の魂をお山に封じ込めるまで続いた。
以後、お山は男子禁制となった。
さらに友人の追記がある。
【推測】
伝承を伝えたのは誰? → 牢番の男?
なぜ男衆が殺された? → 少女の恨みは男衆に向いていた。(ここまで書けばわかるよな? 相棒)
なるほど。友人が言う通り「厄い」エピソードである。だが、ここにも黒い箱の手がかりはなかった。
一息入れようか。コーヒーを入れようとして、思いとどまる。そういえば、カフェインの取りすぎは控えるよう主治医に言われていた。今日はもう1杯飲んでしまっている。
私は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、一口、口に含んだ。資料の続きに目を通す。
残念ながら、以降の資料には、特に目を見張るものはなかった。
結局、黒い箱との関連も見えずじまいである。
私は、大きく息を吐いて、記事の執筆にかかることにした。
こういう伝承とこじつけて書けば、まあ十分記事の体裁は整う。
使えそうな資料をPCに取り込み、ついでに、Tさんの写真も取り込む。
そこで、私は、首を傾げた。
Tさんの左手のあたりが、真っ黒に抜けている。
ちょうど、黒い箱がそこにあるかのように。
恐怖4割、喜び6割で私は息をのんだ。
Tさん自身は、黒い箱が見えなくなったと言っていたが、それはそこにあった。
そういえば、Tさんは左手を使おうとしていなかった。名刺交換の時も、コーヒーに砂糖を入れる時も。
そこからの私の判断は早かった。Tさんの名刺を取り出し、電話をかける。
「はい。Tです」
「夜分すいません。本日、取材をさせていただいたKです。今、お時間よろしかったでしょうか?」
「……あ、はい。大丈夫です」
料理でもしているのか、Tさんの反応はワンテンポ遅かった。
「本日、撮らせていただいた写真、肩下から腿のあたりまで、記事に使わせていただけないでしょうか? 決してお顔は載せませんので」
「え、記事にしないんじゃないんでした?」
困惑が伝わってくる。確かにそうだ。いきなり、自分の写真を雑誌に載せて良いか聞かれたら、私も戸惑う。それも、心霊写真をである。だが、体験者の写真があった方が説得力が増す。などと言えばこの青年は納得してくれるだろうという目算が私にはあった。黒い箱については、私が原稿を書いた時点ではなかったが、あとから浮き出したと言い張るつもりだった。
「それがですね……」
「……え? あ、大丈夫です」
「え?」
「写真、使っていただいて大丈夫です」
私が説明をするよりも先に、Tさんが承諾の意思を示す。私より一回り若い世代は自分を晒すことに抵抗がないとは思っていたが、これほどだったか。逆に罪悪感を覚える。
私は彼に謝意を伝えると、急ぎ記事に取り掛かった。
U村の悲惨な伝承に、Tさんの黒い箱のエピソード、それと、決定的な写真。
つながりは薄いが、これで十二分に記事になる。
写真の黒い箱には直接言及しないように気を使いながら、私は何かにとりつかれたかのようにキーボードを叩いた。
事務所から見える空はすでに真っ黒になっていた。
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