噛みつき箱の素敵な冒険
一矢射的
第1話 少しでも恩返しがしたくて
それは古めかしくも色あせぬ「ファンタジーワールド」のお話でございます。
未熟な勇者が 仲間と共に経験を重ね、立ちふさがる強敵たちを打ち倒して、いつしか魔王の居城へと辿り着く ――。そのような伝説の旅路が、この大地ではいったい何度くり返されてきたことでしょう。
そう、貴方の良く知る英雄たちのサーガは、実の所、全てがこの地を発端としたものなのです。
ひとりの魔王が倒されても、時代が過ぎればまた別の魔王が現れる。
老いた勇者が第一線を退いても、時代が求めればその子孫がまた名乗りをあげる。
無限の対決に終わりなどありません。
それもそのはず。両雄が戦いに浪漫と興奮を求め、つまらない平穏こそを何よりも憎んでいたのですから。バトルとは、彼らにとって一種のスポーツであり、求めてやまぬ娯楽なのでした。(それもどうかと思うよ? そんなエライ大人の意見はちょっと脇に置いておきましょう)
モンスターを統率する魔王と、人間の期待を一身に背負う勇者。
彼らの死闘は、どちらかが滅びぬ限り未来永劫つづくかに思われました……。
どうやら、モンスターを生み出す神様が病気で死んでしまったらしいよ。
その一大ニュースが世界を席巻する、それまでは。
さてさて、それはともかく……。
この話の主人公は、勇者でも魔王でもなく、一匹のモンスターでした。
彼の住処は人間の若者たちが日夜トレーニングに励む、訓練場。
通称「初心者のダンジョン」で働く弱小モンスター。それが彼です。
そんな彼がひょんなことから広大な世界に旅立ち、本当の冒険を知る。
これはそんな古色蒼然とした物語なのでございます。
主人公の名は「噛みつき箱」のカミ太。
あまり聞かぬ種族かもしれませんね。
洞窟の奥で宝箱に擬態し、勇者志願の若者がやってくるのを待つ。
それがカミ太の仕事です。
期待に胸をふくらませた若者が箱に手をかけたその瞬間、カミ太は正体をあらわして襲いかかり、フタについた牙でガブリと噛みついてやるのです。
彼の餌は貴金属。特にコインや宝石を好んで食べる為、犠牲者の肉を食べたりはしませんが、仕事と割り切ってご主人様の命令を守っているのです。
もともとが、ビックリ箱に魔術をかけて作られたモンスターなので、箱の底にはバネが仕込まれており、高く跳ねることが出来るのでした。この仕事は天職であったのかもしれません。
可哀想な犠牲者が驚いて腰を抜かしたり、悲鳴をあげながら逃げていったりするのを見ると、カミ太は深い喜びと生き甲斐をしみじみ感じるのでした。
ところがある日のこと。
初心者のダンジョンにぱったりと客が来なくなってしまったではありませんか。
こんなことは初めてです。ご主人様であるダンジョン・マスター、魔女おばばに理由を聞いてみる必要がありそうです。
「それがねぇ、カミ太。ちょっと困ったことになってしまったのよ」
「どうしたの、おばば」
「我々モンスターを生み出して下さった偉大な神様。その神様が亡くなってしまったのさ。仕方がない事とはいえ、とても辛いのう」
「ええ!? でもそれと、客が来なくなった件と、いったいどんな関係があるの?」
「神様がいないので、もう新しいモンスターが世に放たれることもない。それはつまり、人間とモンスターのバトルが遠からず終わってしまう事を意味しているのじゃ」
「ふんふーん?」
「わかっておらぬな? モンスターが居なくなれば、勇者もすることがないじゃろ。それで人間どもは皆やる気を失ってしまったのさ。まだ我々が居るのに、失礼な話よのう」
「誰もトレーニングに来ない。つまり、僕らはもう用なしってコト?」
「残念じゃが、そうなるかのう。これからは観光客でも呼び込むか……」
平和な時代が来るなんて、本来とても喜ばしい話では?
そんな大人の意見はちょっと置いておきましょう。
カミ太はすっかり途方に暮れてしまったのです。
生き甲斐が奪われたのは残念だし、大好きな魔女おばばが困っています。
そうだ、洞窟で一番物知りな大王スライムに相談してみるのはどうでしょう。
王冠をかぶったスライムである彼は、三百年も生きているのです。
きっとよい案を出してくれるでしょう。
「ふーむ、そうじゃのう。ここは一つ、竜のオーブを七つ集めて神様を生き返らせてみるのはどうかのう? 多分、それをやりたいと皆が願っているはずなんじゃ」
「竜のオーブって?」
「七つ集めると何でも願いをかなえてくれるという、不思議なボールじゃ。それも神様が大昔につくられた作品で、とてもとても有名なのじゃよ。本当にあるのかどうかは誰も知らぬがのう」
「それはすごい! わかった、そうすれば人間とモンスターのバトルはまだまだこれからも続くんだね? よーし、僕、ボールを探しに行ってくるよ」
「おいおい、ちょっと待ちなさい。世界はお前が思っているほど小さくはないのだよ? そう簡単には……」
「大丈夫、大丈夫、ヘッチャラさ。おばばにも心配するなと伝えて下さい」
何やら不安になる調子ではありますが、こうしてカミ太の冒険は始まったのです。
カエルのようにピョンピョン跳ねながらカミ太は洞窟を飛び出し、大きな街道を元気よく進んでいくのでした。
なんせ洞窟の外へ出るなんて初めての体験です。
分かれ道に辿り着いても、果たしてどっちへ行けばよいのやら?
標識がたくさん立っていますが、カミ太にはどれも同じに見えます。
悩んでいるとそこへ裕福そうな中年男性が通りかかりました。
「むむ、そこに居るのはモンスターか? こんな所で珍しい」
「あっ、人間!? ガタガタ、ぼ、僕は悪いモンスターじゃないよ」
「ははは、面白い奴だ。気に入った。ワシの名はドルマン。世間ではちょっと名の知れた商人なのだよ。お前はいったい何をしているのかね? 話してみなさい」
事情を説明すると、ドルマンは何やら考え込んでいる様子。
やがて名案でも思い付いたのか、ポンと手を打ってこう言いました。
「いくら何でも、お前一匹で世界を旅するのは無理がある、そうだろう?」
「うーん、言われてみるとそうかも。チカレタ」
「そこでどうじゃ? ワシが経営するモンスターサーカスで働いてみないか? 報酬として金貨をいっぱい食べさせてやるぞ」
「えっ? でも僕は竜のオーブを探さないと」
「モチロン、旅先でオーブの情報が手に入ったら教えてやるよ。手に入ったらな」
サーカス団とは世界中を旅して、行く先々でショーをやるものなのです。
移動は馬車。カミ太は箱のフリをして荷台に収まっていれば良いのです。
歩かずに旅が出来るなんて、なんとラクチンな話でしょうか。
馬車の奥で一生を過ごすなんぞ、二流三流のやることじゃよ。
おばばはそう言っていた気もしますが、カミ太はドルマンの話にとても心を動かされていました。何とも困った奴なのでした。
ねえねえ、おばば はこうも言っていませんでしたか?
知らない人に付いていったらいけないよ。
もしかすると、その人は悪い人かもしれないよって。
案の定、カミ太はクサリに繋がれて囚われの身となってしまいました。
同じようにサーカスで働かされているモンスターが沢山居るので、あまり寂しくはありませんが。それに、ドルマンは腹いっぱい金貨を食べさせてくれるという約束だけはキチンと守ってくれました。
イルカのショーよろしく、客席からコインが投げられるのでぴょーんとジャンプしてその金貨に食いつく。それがカミ太に任された演目でした。
コインを投げる人がいなくなったら、ドタバタとダンスを踊って催促するのです。
もっともっと。もっと食べたい。もっと投げて!
ショーが終わる頃にはすっかり満腹です。
出番が終わると鎖に繋がれるのが不自由ではありますが、この新しい生活をカミ太はそれなりに満喫していました。何とも困った奴なのでした。
そんなカミ太を見かねて、ある晩、助けがやってきました。彼が保管されている馬車にこっそり乗り込んできたのは、三角帽子を被った女の子。
魔女おばばの孫娘である魔女娘でした。
「まったく、こんな遠くまで勝手に来てしまうなんて! おばばが心配しているよ! こんな所は逃げ出して、さっさと帰るの!」
「いや、でも、僕は竜のオーブを探さないと」
「この子ったら、お馬鹿さん! 竜のオーブは神様が作った別の世界に在るの。コッチの世界をいくら探しても、そんな物は絶対に見つからないわ。骨折り損のくたびれ儲け!」
それは本当でしょうか?
カミ太はガックリしてしまいました。
いやいや、魔女娘は勉強が苦手でおばばにいつも怒られている子です。
何かの間違いかもしれません。
カミ太が言う事をきかないので、魔女娘はすっかり腹を立ててしまいました。
「本当に! もうっ! アホたれ! デベソ!」
「僕にはヘソなんてないよ?」
「もう知らない! 勝手にしな!」
怒って出ていった魔女娘ですが……少しすると頭が冷えたのか戻ってきました。
「それじゃあ、せめてコレを持っていきな。魔法の方位磁石だ」
「なーに、これ?」
「おばばが居る洞窟を指し示すコンパスだよ。帰りたくなったら赤い矢印が指し示す方角へ進んでいくんだ。そうすれば、いつかはおばばの所へ戻れる。いつかはね」
「へぇー、ありがとう。大事にするね」
「当たり前だっての! 箱の中にしまっておきな! 金属だからって食べるんじゃないよ。長い帰り道になるだろうけど、まぁ、せいぜい頑張るんだね」
今度こそ魔女娘は行ってしまいました。
別にいいよーだ。ここなら美味しいコインが腹いっぱい食べられるんだから。
おばばの洞窟よりずっと待遇が良いや。
その時はそう思っていました。
カミ太が間違いに気付いたのは一週間後のことでした。
ドルマンは商人なので、どこまでも貪欲に利益を追求するのです。
ショーで投げられた金貨はカミ太が全部食べてしまうので、ドルマンの懐には入りません。それでは余りにももったいないと、ドルマンは考えたのです。
嚙みつき箱は特殊な金属で作られた硬貨しか「食べられないことにして」餌用のコインを客席で販売すれば、もっともうかるではありませんか。
そのアイディアはさっそく実行に移されました。
カミ太にとっては、いい迷惑です。
餌用のドルマン・コインは品質が悪くてゲロマズだったので。
ご飯がマズイなんて!
もう、こんな所には居られません。すぐに逃げ出さないと!
え? 鎖に繋がれているはずじゃないのかって?
全然平気です。カミ太は金属を食べるのですから。
鎖をバクバクと食べてしまい、サーカス仲間にお別れを告げると、カミ太は新たな旅に出るのでした。自分の足で歩む(生憎とカミ太に足はありませんが)今度こそ本当の旅に出るのです。
行くべき道は魔法の方位磁石が示してくれるので、何も問題はないだろう。
最初はそう思っていました。
けれど、行く先々で様々なトラブルに巻き込まれていく内に、魔女娘の言っていた悪口は、何もかもが図星であったのだとカミ太は思い知らされました。
世の中にはモンスターを嫌い、退治しようとする勇者が沢山いるのです。
弱っちいカミ太では、戦ってもまず勝ち目はありません。
そこで役立ったのが、サーカス仲間に教えてもらった知識でした。
勇者パーティーと遭遇(エンカウント)しそうになったら、急いで茂みに隠れる。
もし出会ってしまったら、すぐに逃げ出す。
そう教えてくれたのは金属スライム君。
うかつに攻撃したら、自爆して巻き添えにしてやるぞ!
そう脅しをかけてビビらせる手もあります。
無口ですが根は優しい爆弾岩石くんが得意なやり方です。
回復魔法が使える仲間を呼んで、ピンチをしのぐんだよ。
これは、さまようプレートアーマー君の口癖だったっけ。
仲間の助言を思い出しながら、カミ太は沢山のピンチを切り抜けてきました。
そして、彼を襲うトラブルは何も戦闘だけとは限りませんでした。
空腹はいつだって耐え難いもの。
ショーでもらった金貨を全部食べず、箱の中に隠しておいたのは英断でした。
また街のゴミ捨て場や、海岸、街道に落ちているアイテムは食べても怒られない事にも気付きました。美味しくはありませんが、これも生きておばばの所へ帰る為。ガマンガマン。
そしてカミ太が直面した最大の危機は、立ちふさがる大海原でした。
そう、サーカスの旅はいつしか海をも越えていたのでした。
コンパスがはるか海の向こうを指し示している時の絶望ときたら!
どうやって、しがないモンスターが海を渡ればよいのでしょう?
やはり船に密航するしか道はありません。
フタを閉じて大人しくしていれば、少なくとも箱に見えるのですから。
船員が積み荷を運び込んでいる所を狙い、荷物に紛れ込んでやりました。
航海中には嵐に巻き込まれもしました。
モンスターもちゃんと船酔いをするんですね。
カミ太はその時はじめて船酔いの苦しさを知るのでした。
甲板で宝箱がゲロを吐いているなんて、なんともふざけた光景です。それを見かけた船員はすぐ船長に報告しましたが、まったく信じてはもらえません。
「ゲロ吐き箱」という不思議な怪談が船乗りの間で流行したのに、当のカミ太は知る由もありませんでした。
なんとか海を渡ると、次第に見覚えのある光景が目に付いてきました。
やりました、とうとう地元に帰りつきました。
果てしない旅路ではあったものの、どうにか無事にやりきったのです。
思い返せば、そこまで悪い事ばかりではありませんでした。
沢山の出会いがありました。人間にもかくまってくれる良い奴がいました。
そして、道中ではモンスターの集落も多く見かけました。
偶然に訪れたスライムの村ではこんな話を聞きました。
「モンスターの神様は悪い人じゃないよ。僕たちスライム族はもともとドロドロで気持ち悪い見た目をしていたの。皆の嫌われ者だったんだ。それを気の毒に思った神様は僕たちに誰からも好かれる愛らしい姿をくれたんだ。今や、この姿は世界中で大人気なんだよ!」
スライム族は神様に深く感謝し、その死を悲しみ哀悼の歌を捧げていました。
それは何もスライム族に限った話ではありませんでした。
イノシシ男の村でも同様に、新しい姿と、お金持ちの設定をくれた事に感謝していました。オークだけにとても所持ゴールドが多かったので、カミ太にも路銀をめぐんでくれました。
みんな、みんな、モンスターの神様が大好きだったのです。
世界中のモンスター達が歌っていました。
風に乗って流れるその歌は、きっと天国に居る神様の所まで届いた事でしょう。
竜のオーブは結局一つも見つからなかったけれど、多分これで良いんだ。
カミ太はそう思いました。
世界中の誰からも愛されているなんて、それ以上の幸せがあるのでしょうか?
立派な仕事をした人は皆に尊敬され、幸福に満ちた眠りへつくのでしょう。
「ああ、僕もそうなれるように頑張らないとなぁ。もっともっと」
カミ太はちょっぴり寂しそうな声でそう呟くのでした。
神様には沢山の弟子が居て、その想いを継ぐ人も世界中にいっぱい居る。
だからね、何も心配することはないんだよ。
スライム達はそうも言っていました。
ならばカミ太のすべき事は、オーブ探しではありません。
おばばに心配をかけた分、早く戻って安心させてやらないと。
洞窟に観光客を呼び込むという話にも、今のカミ太なら貢献できるはずです。
サーカス仲間の泥んこ人形から教わったダンスが、恐らく力になる事でしょう。
おばばへの素敵な土産話もいっぱいありました。
伝えきれないほどの想いが胸にあふれていました。
始まりのダンジョンはもうすぐそこです。
ゴール目指して、カミ太は力いっぱい跳ね続けるのでした。
長い旅を終え、立派に成長したカミ太の姿が、そこにはあったのです。
雲の上の神様も、きっと微笑んでいる事でしょう。
伝説に終わりはなく、冒険の旅路が途絶えることもありません。
人々の夢見る心が、いつもそれを求めているのですから。
噛みつき箱の素敵な冒険 一矢射的 @taitan2345
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