日記の終わり
『今日から私は日記を付けようと思います。未来の私が出来事を思い出せるように。そして、この日記を
正則さんとの出会いからプロポーズまで、そして結婚式から葬式まで……。この日記の大半は正則さんと共に在りました。たしかに思い出箱を作った時の私から始まった日記ですし、当時の私にしてやられたといった気持ちになるほど悶絶させられましたけど……。
「次は貴女の番ですよ? 日記を付け始めた私」
同級生みんなの日記を詰め込んだ『思い出箱』は一種のタイムカプセルです。私が正則さんと一緒に私の日記を全部遡ったら、それはありえた可能性になって再びこの日から始まるのが読み終えた瞬間に分かりました。
「っはっはっは! こんなに初心で口下手で可愛らしい嫁さんを貰えてワシは幸せ者なようじゃのぅ!」
「私もこんなに素敵な方に嫁げて幸せでしたよ」
残された時間はもう少ないですけど、この〝思い出〟は私のだ。今の私の思い出だ。だから正則さんと一緒に思い出ごと消えよう。―――けれど、この私がこの日記を書いている少女の未来だとするのなら……。
『大切にしたわ。それこそ死ぬまで一生ね。貴方は本当に素敵な殿方に出会う。そして恋をして素敵な一生を終える。私が保証する。けれど、そんな私でもやっぱり後悔は残った。この〝思い出箱〟のおかげで悔いなくいけるけど、あなたにも同じことが起こるかはわからないわ。―――だから、もっと自分の気持ちを相手に伝えなさい。それが幸せで悔いなく生きることにきっと繋がるから。このことは私の愛する人が言っていたことだから間違いないわよ。それじゃ、頑張ってね』
朝起きると、まだ書き始めた日記のはずなのに記憶にない文章が書かれたページが増えていました。
「えっと、これって座敷童か何かかな? けど、これって……」
私の字は私しか書けない。それくらい癖の強い文字を書くことに定評があった。その私が私の文字だと思うということは私の文字なのだろうか?
「変な夢も見たし……。ま、いっか。日記なんてどんどん新しいページが増えていくんだし!」
日記は不思議なものだ。二十歳の成人式でタイムカプセルを掘り起こして、たまたま見返したそのページに書かれた言葉を私はずっと心に残り続けた。
「千代子さん、どうしたんだい?」
「いいえ、―――ではありませんね。実は……」
私は日記に書かれていた言葉をお見合いで知り合った篠田正則さんに打ち明けました。―――数年後に一緒に確認してくれた時にはそのページは消えていました。
「千代子さんは面白い人だね。けれど、たとえ勘違いだとしてもボクに相談してくれたことがとても嬉しかったよ」
その人はとてもよく笑う人でした。小さなことに気が回り、それでいて朗らかで優しい人。私はどんどん好きになっていきました。
「千代子さん。僕と結婚してくれませんか?」
「……はい。―――はい! 喜んで!」
二つ返事で私たちは結ばれました。その時に再びあの言葉が、悔いなく生きろという言葉が私に貴方が大好きという気持ちを込めて力いっぱいの返事をさせました。
私は再びこの人と巡り合う。何度、人生をやり直しても。その度に様々な後悔をすると思う。けれど、この人と添い遂げたことだけは後悔しない。―――したくない。
それがたとえ『思い出箱』の中で繰り返される幸せな日記の1ページだとしても……。
空へと思い出が還る時は〝幸せで何も悔いが残らない人生を送れた時〟だと信じて私は日記に綴るこの日々を過ごしていく。
― 完 ―
空へと還す『箱出い思』 たっきゅん @takkyun
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