今でもアンタは推しの友

秋坂ゆえ

単なる偶然。

 つい先週まで今は初夏かってくらい暑かったのに、何ですか今日のこの寒さは。なんて、天候の話をするほど、今の俺には余裕がない。つまり、精神的な余裕。気温がどうとか日付がどうとか、もうそんなことはどうでもいい。なんなら俺が愛するこの池袋サンシャインエリアで、っていうかサンシャインのすげー高い所にある水族館からペンギンどもと共にぴょーんと飛び降りることすらやぶさかではない。

 でも実際、ぴょーんとはいかねんだろうなぁ。痛えんだろうなぁ。

 かく言う俺、わたくし、まだまだ尻の青い若人であるからして、流石にこんな理由でぴょーんするのももったいないというか何というか。

 セフレにヤリ捨てられるというこの語義矛盾。

 たかがそれだけのことで、自分がここまでダメージを食らうとは予想だにしてなかった。だってセフレだし、とはいえ俺にとってはひとりであって先方はもっといらした模様で。あらあら、俺はいわゆる『ワンオブゼム』、いわゆるとかじゃなくてまさに『ワンオブゼム』。腹立たしさもある。寂しさもある。たかがセフレ相手に。

 俺は池袋のハレザ周辺をぶらぶらと歩いていて、時刻は——やべ、時計ホテルに忘れた詰んだ。仕方がないのでクソ寒い中、手袋をしていないがシルバーアクセは相当量装着している左手でスマホを取り出す。

 三月十日、午後九時半過ぎ。

 どっかに座ろうと思って、というのも自宅に帰ると孤独にヤラレそうだったので、中池袋公園に向かい、アニヲタさんらがちらほらいる中テキトーな岩に腰掛ける。あー、King Gnu聞きてえ。俺も常田大希ばりにイケメンだったらフラれることもなかったか? とかいっつも思うんだけど、その次の瞬間脳内で井口が『他の誰かになんてなれやしないよ』と歌い出す。でもその歌詞書いてんのも常田だろ!

——といったように、俺はよく連想で思考回路を忙しくすることによって現実逃避をする。コーピングだよ処世術だよ生きるための術だよ。

 そんなMP(メンタル・ポイント)の無駄遣いをしていたら、何やら若い男女が十名ほど公園に入ってきた。見た目からして池袋には似つかわしくない、アニメやゲームが好きなタイプにも、ファッション命な感じも、あんましない。コスのイベントでも始めるのかと思ったが、彼らの服をよくよく見てみたら、あー、なんかその、俺が敬愛してやまない某常田(弟)、と近しいアーティストのグッズをほぼほぼ全員身に纏っていた。某常田(東大出てない方)がハマった影響で俺もアプリDLしてやり始めてしまった、ピクミンみたいなものを持ってる子もいた。ツアーグッズか?

 そして彼らは銘々に地べたに座り込み、地べたにも関わらず大きなホールケーキ(ロウソク刺さってた)を開いて、全員に行き渡るよう粉骨砕身の努力をし始めた。その内、集団のひとりがスマホで音楽を流し始める。『夢な〜らば〜ど〜れほど〜』って、チョイスがメジャー過ぎんだろ。某常田(食べ方が汚い方)との共作はまあ、まあまあって感じだったけど、ん〜、どうなの、あのライス的な人。

 それからしばらく、彼らはそのレモン汁的なアーティストの曲を流しながら地べたに座って貪り喰っていたが、ふと、音が途切れた。

 と思ったら、ピアノの音と共に、そのパプリカ的な声が聞こえてきた。知らねー曲だ。嗚呼、もはや若人にはついてゆけませんな、とか自嘲気味に後ろ頭を搔きむしったが、何故だろう、俺は気づいたらその曲の歌詞を聴き取ろうとしていた。民度の高いファンなのか、彼らは徐々に話し声のボリュームを下げ、あたかも賛美歌を聴く敬虔なクリスチャンみたいに、でかいiPhoneから発されるピアノメインの曲に聞き入りだした。俺が辛うじて聞き取れたのは、メロディの良さと、たった一節の歌詞。


——この道が続くのは 続けと願ったから


 えっ。

 俺は喫驚した。自覚する前に涙がぼたっと手の甲に落ちたからだ。

 マズい、この曲はマズい、この曲聞いたら——


……間違いなく米津玄師に沼る。


 軽く頭を振って、気晴らしをしようと某常田(退学した方)がやってるSNSを開いたら、ようやく目の前でホールケーキを食い尽くした若人らの正体と、ケーキとロウソクの意味が分かった。


 そっか、誕生日か。


 いくつになったんだろ、あの人。

 俺は今日、30になったけど。

                                (了)



   Happy Birthday, Kenshi Yonezu!!!

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