嘆きの箱
キロール
箱を持った博打打ち
こんな爺を探し出して話を聞くなんざ、暇な事をするもんだ。
ああ、別に構わねぇよ、墓場にまでもっていく話以外ならば幾らでもしてやれらぁ。
ちぃと、ここの施設じゃ俺は浮いちまっているが、それでも不自由なく生きていられるんだから恩の字よ。
部屋の中もこざっぱりしたもんだろう? こざっぱりしすぎて寂しいくらいだ。
孫なんていやしねぇから、飾るような写真もねぇしな。
そうだな、そこはちと後悔している。
俺にも家族って奴を持てたかもしれない時期はあったからな、あそこで違う選択をしていればあるいは……。
まあ、いまさら言ってもしょうがあんめぇ、俺が振った際はこんな目が出たんだから。
……ああ、あの箱かい? ありゃ、供養さ。
戒めでもある。
いや、墓場に持っていく話でもねぇよ、アレに関しては。
ただ、俺はあの時初めて博徒って奴に会ったし、そうあろうとして来たってだけの話だ。
意味が分からねぇって顔をしているな、まあ、そりゃそうだ。
話は六十年代後半にまで遡る。
……昭和じゃねぇよ、西暦の方さ。
高度成長期真っ盛りの時代。
俺たちのような博打打ちにも色々と話が舞い込んできたものさ。
そのうちの一つにとある組の代打ちって話が転がり込んできた。
何か箱物を建てるのに絡んだ利権をめぐり、抗争になりかけ組同士が博打で白黒つけるって話になったそうだ。
詳しくは知らねぇよ、連中からしたらはした金で雇った博打打ちに事情なんざ説明するもんかい。
一人ですべてを背負い込んだわけじゃねぇよ、博打打ちは互いに三人ずつ用意されていた。
まあ、うちの組の代打ちは一人遅れてたんだが、向こうは一人観戦する事になって博打が始まった。
向こうの代打ちは、まあ、並みの打ち手が二人だったが、残った一人が問題だった。
一人箱を抱えた奇妙な奴がいたのさ。
ああ、そうだよ、その箱。
四十絡みの気色悪い野郎でな、よく箱に語り掛けてたもんよ。
だが奴はべらぼうに強かった。
麻雀やりゃ仲間なんて関係なく一人勝ち、ポーカーやればデカい手で上がり、退く時は全く躊躇なく退いた。
そして勝つたびににやにやと笑いながら言いやがるのさ、この箱には俺に敗れた連中の悲痛な叫びがつまってるんだってな。
うちの組は負け始めた。
組って言うか代打ちがだが、まあ俺たちが負けるって事は組が損をするって事で、それは代打ちにとっては命が危ないって事だ。
必死になってやったけどよ、俺たちは箱野郎に負け続けた。
そろそろ負けが確定って時によ、野郎が吹かしやがる。
「俺はガ島でも生き残った、戦争を碌に知らねぇ若造に負ける訳ねぇんだわ。ま、この箱の中には戦争帰りもたんと含まれているがよ」
にやにやと言いやがった。
この野郎と思えば思うほどに奴の術中にはまると思ってな、冷静になろうと努めるんだが……打牌や手札に集中しようとすると箱の中から声がする。
こっちにこいよ、俺だけが苦しいなんて許せねぇってな。
それが幻聴か奴の腹話術かなんてわからねぇ、若かった俺は飲まれていたんだ。
後一勝負で終わりかって時にも、変わらず声は響いていた。
多分、もう一人の代打ちにも聞こえていただろうな、憔悴した顔をしていた。
あん? 先走るんじゃねぇよ、確かに俺は生きているから勝ったのは俺たちさ。
でも、あの時はここから勝つなんて思えなかったね。
ああ、俺たちの方の代打ち三人目がようやくやって来た。
チンピラみてぇなシャツを着てさ、五十過ぎの白髪のおっさんがな。
そのおっさんは俺たちの面を見て笑いやがった。
「シケた面してんな」
ってな。
で、その時はポーカーだったんだがそのおっさんと選手交代よ。
おっさんは箱野郎を見据えて言ったのさ。
「アンタとだけ勝負がしてぇな。それで負けたら勝負はしまいよ」
「俺とやるのかい? いいぜ、アンタのこの嘆きの箱に閉じ込めてやるよ」
箱だァ? 何言ってやがると言いたげにおっさんは笑った後に仕切り直しの勝負が始まった。
おっさんが来て流れが変わったのか配られた手札はツーペアだった。
ポーカーってのは五枚のカードの中で役を作るゲームだ。
役が付かない事も多い、手堅く行くならばツーペアって役は堅持しなきゃならねぇ。
一枚交換してフルハウスも狙えるしな。
が、おっさんは何の躊躇もなく三枚交換した。
ツーペアって役は数字が揃った二枚がふたつあって初めて成り立つ、ペアが一つじゃ最弱の役のワンペアだ。
案の定、バラバラの手札が配られて役はワンペア止まり。
「で、なんだい。あんたガ島帰りなんだって?」
おっさんはそう言って箱野郎に語り掛けた。
「それがどうしたい? おっさんも戦争に行った口だろうが、俺に勝てねぇよ」
ポーカーってのは役が強いに越したことは無いが、弱い役でもやりようはある。
勝負の掛け声の前に掛け金を上乗せするかどうかを決められるのさ。
上乗せ《レイズ》か
ハッタリかますならばここは上乗せを宣言すべきだったが、おっさんはそのまま勝負に行った。
「エースのワンペア」
二人しかいない勝負だ、箱野郎も手札を公開して終わり……の筈だが奴は一瞬手を止めておっさんを凝視した。
「どうしたガ島帰り、手札を見せて見ろ」
箱野郎はしぶしぶと手札を見せるとキングのワンペアだった。
絵柄の差でおっさんが勝った訳だ。
「はん、お前さんの運もそんな物かい? ガ島帰りがこれで終わる筈ねぇよなぁ?」
「当然だ」
箱野郎は言葉少なに言い返す。
で、その後はおっさんの馬鹿勝ちよ。
ディーラーと戦うポーカーだったらどうだったか分からねぇが、おっさんの手札は常に箱野郎と紙一重の差で勝ち続けた。
そして、その紙一重ってのはおっさんの演出でしかない事を俺たちは知っている。
出来上がっていた役を敢えて捨てることが数回あったからな。
だが、時にはそれでとてつもない役を成立させたりもしていたが。
箱野郎は負けが込むと先ほどまでの余裕は吹き飛んでいた。
箱に何か語り掛ける事もなく、ただただ自身の手札ばかり気にしていた。
「オメェ、やっぱりガ島帰りじゃねぇだろう。何ていうか、匂いが違う……特攻くずれってほどやけっぱちにも感じねぇし、本当にあの戦争を知ってるのか?」
「……あんた、何処から帰ってきた?」
おっさんの言葉に箱野郎は怪物でも見るように上目遣いでおっさんを見つめながら問うた。
「ノモンハンやらレイテやら」
「……あんたの後ろからの声の方が……俺の箱のより強いらしい」
「そうかい」
そんな言葉を最後に博打は終わった。
箱野郎は一週間後には東京湾に浮かんでいたぜ、俺がそうなっていたかも知れねぇから同情はしなかったがね。
箱野郎の持っていた箱、結局中に何がつまっていたのか俺は知らない。
開けてはみたが、唯の空箱よ。
どんな嘆きの声も、地獄みたいな戦場で響いた怒号には敵わなかったのか、箱野郎の三味線に俺が惑わされていたのか。
……違う、口先で惑わすサマを三味線って言うんだよ。
その程度は勉強しとけよな、まったく。
……俺が博徒って呼ばれたのはあの時のおっさんの戦い方を見て、真似て、物にしたからさ。
確率を追いながらも直感に身を委ね、命を預ける。
命を預けるってのが難しかったがね。
個人的にぼろ負け記念に貰った嘆きの箱とおっさんの戦い方が無ければ、俺は博徒なんて呼ばれてないね。
箱、気になるのかい? 開けて見な、ただの箱だぜ? 今の俺にとってはな。
ただ、アンタにとってはどうだろうね、記者さん。
昔の俺みたいに嘆きの声が聞こえてくるかもな。
<了>
嘆きの箱 キロール @kiloul
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