さよならを覆す最高の方法

新巻へもん

バッドエンドなんざお呼びじゃないんだよ

 私は平民だ。

 その生まれはどうしようもない。

 平民の父と母が出会って愛し合った結果が、なにを隠そうこの私である。

 まあ、すれ違う男10人のうちの7人が振り返る容姿と不自由なく暮らせる経済力も漏れなくついてきたので、間違いなく幸せな生まれではあった。

 残念ながら頭の中身は上等とはいえないが、とんでもない馬鹿ではない。

 この神聖帝国の首都にある帝国魔法学院に裏口入学できる程度の知性はある。

 正規の試験は逆立ちしても合格できないけどね。


 で、エリートが集まる魔法学院に入学してくる生徒ともなれば、爵位を持っていない方が珍しい。

 神聖帝国を構成する国々の貴族の子供も一杯いるし、帝国の四方に位置する友好国の王子や王女さまも学んでいる。


 そういう環境であれば、平民というだけで馬鹿にし冷笑するクソガキもいた。

 私も裏口入学しているので他人のことを言えた義理ではないが、私以上に出来が悪いクセに態度だけはでかい嫌なやつもいる。

 実家を離れ平和で文化的な首都暮らしを謳歌する私にとって、蔑みの目で見てくるアホどもは心にできたのようなものだった。


 下手に騒ぎになって実家に帰ってらっしゃいとなっては困るので、下らない嫌がらせの度に、私は3枚ぐらい猫を被って大人しくしている。

 別に実家も悪くはないが、弟や妹が多くて騒々しいし姉の役割から少しは解放されたい。

 首都みたいに繊細で美味しいお菓子もないし。


 それに、生徒の中には本物がいるのよね。

 頭も顔も性格もと、3拍子揃った男がさ。

 その中でも2年次になってクラス替えで一緒のクラスになったベルナドットは、神様の作りたまいし最高傑作じゃねえかと思っている。


 ベルナドットは北方のレオラントという小王国の王子だった。

 ただ、正妃の子供じゃない上に第3子ということで、自分で身を立てるべく魔法学院で学んでいる。

 自意識だけ肥大化したクソ連中は、私のことを愛人にならしてやってもいいとかふざけたことを言うが、ベルナドットなら愛人でも構わない。

 というか、ぜひ愛人にして欲しい。

 でも、平民の私なんかにも礼儀正しいし、愛人とかいう発想すらないんだろうな。


 ということで、ベルナドットは私の生きがいだったりするのだが、昨日から眉の辺りに憂いを漂わせている。

 哀愁漂うアイスブルーの瞳が溜まらん。

 あまり踏み込むのはどうかと思ったが質問せずにはいられなかった。


「ねえ、ベルナドット。具合でも悪いの?」

 お嬢さん連中から睨まれたけど無視無視。

 自分たちも上流階級の奥ゆかしさとか気にせず聞けばいいんだから。

 しかもしっかり聞き耳は立ててるし。

 ベルナドットは驚いた顔をするが、表情を柔らかくする。


「エイラさん。心配させてしまってすまない。大したことじゃないんだ」

「何か私にできることがあったら言ってね」

「ああ、そうするよ。ありがとう」

 平民に助けてもらうことなんかねえよバーカ、なんて言う嘲りをしたりはしない。

 本当に最高かよ。

 できれば憂い顔の理由を教えてほしいが、あまりしつこくするのは嫌われるだろうと我慢した。


 程なくベルナドットの悩みは明らかになる。

 レオラントに隣接するナールズという国がベルナドットの祖国への進攻準備を進めているという話が、共によって広まった。

 ナールズは拡張主義を取っている国で、資源豊かなレオラントの併合を狙っているらしい。

 100%レオラントの敗戦だろうなとせせら笑っていた。


 もてない連中の僻みかよ、と思うが話の中身は聞き捨てならない。

 レオラントは帝国加入を目指していたが、まだ条件が整っていなかった。

 帝国に加入される前に併合してしまえばこっちのもんだという考えのようである。

 確かに帝国は加入していない国同士の争いに介入することは滅多になかった。


 レオラントは総動員をして抵抗するだろうが、常備軍は300弱しかいない。

 それにひきかえナールズは3千は投入するだろうと見られていた。

 練度はそれほど高くないが、殺人、強盗、強姦などが日常茶飯事のごろつきどもである。


 私は水晶球でレオラントの未来を占ってみた。

 母親譲りなのか、他の魔法はともかく未来予知については私はかなりの腕前である。

 水晶球を見て激しく後悔した。

 愛しい人の首と胴体がばらばらになって晒されているという姿は、乙女の心臓に少々悪い。


 噂が流れた翌日には、ベルナドットは退学して故郷に帰るという挨拶をする。

 覚悟を決めたのか恬淡としていた。

 熱をあげていたお嬢様連中はそれを聞いて、ただ涙を流すか、早くも別の男に興味を移している。


 自席に戻ったベルナドットに翻意を迫ってみるが効果は無かった。

 まあ、そりゃそうだ。

 知人以上友達未満程度の私の説得に耳を傾けるはずがなかった。

「心配してくれてありがとう。でも、私は一国の王子なんだ」


 ベルナドットは荷物をまとめて教室を出ていく。

 私も急いで帰り支度をするとその後を追いかけた。

 教師がなにか叫んでいたが知ったことか。

 息を弾ませて追いついた私をいぶかるベルナドットに話しかける。


「好きです」

 私よ。もうちょっとこう、上手い言い回しはないんか?

 ストレートな上に、タイミングも最悪な私の告白に目を丸くしながらもベルナドットは真摯に対応してくれる。


「気持ちは嬉しいよ。でも、私は万に一つも生き残れることは無いと思う。どうか私のことは忘れて欲しい」

「では、せめて最後に思い出を。時間は取らせません。私と一緒にお茶をしてくれませんか?」


 困った顔をしていたベルナドットはやむを得ないというように承諾してくれた。

 屋敷の者が故郷への出立の準備をまだ終わっておらず、それまでの時間を割いてくれるということらしい。

 私は懇意にしているカフェにベルナドットを連れて行った。

 個室へと案内される。


 私はベルナドットの悲壮な覚悟を褒めたたえつつ、生き延びて復讐なり、御家再興を目指すのもありではないかとかき口説いてみた。

 ベルナドットは悲しそうな顔で首を横に振る。

 若い命を散らすことへのためらいがないわけではないが責任感がそれを凌駕するらしい。


 アップルパイと紅茶が運ばれてきた。

「こんなものですが、出陣へのはなむけと思って召し上がってください」

「いえ。お気持ちは嬉しいですよ。私にここまでしてくれた人がいたと胸を張って戦えます」

 甘い男女の語らいとは程遠かったが、ベルナドットは礼を言いながらアップルパイを食べ、紅茶を飲む。

 

「申し訳ないが、そろそろお暇しないと」

 そう言いながら、目がとろんとしてきたベルナドットはしきりに首を振っていたが、抵抗しきれずにテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 私は付き人を招き入れ、裏口から馬車でベルナドットを屋敷へと運ぶ。


 すぐに未来を占ってみた。

 ちきしょう。

 家族を虐殺され、領民が財産を奪われ犯され奴隷とされたことに心を痛めたベルナドットは精神を病むという未来が見えた。

 私は付き人にベルナドットの看病と保護を言いつけ、馬で故郷へと向かう。


 馬を乗り換えてぶっ飛ばし、丸一日をかけて実家の城館にたどり着くと私はすぐに父母の元へと向かった。

「どうした? まだ休みではないだろう?」

「父上、持参金が欲しい」


「んだあ? 随分急だな。やりまくってガキでもこさえたか?」

 クソ親父。そういうとこだぞ。私が実家に寄り付かないのは。

「まだ、キスもしてねえよ。あいつの首がつながったら、私は一緒になる。だから持参金をお願いします」


「相手は誰なの?」

 父の膝の上から母が聞いてくる。

「レオラントのベルナドット王子」

「あらあら。それは大変ね」

 そう言いながら膝から降りた。


「ねえ、あなた?」

「分かってるって。おい。鐘を鳴らせ。緊急招集だ」

 父は少し離れていたところに控えていた部下に命令する。

「それじゃあ、可愛い娘の頼みだ。持参金代わりに一働きしようじゃねえか」


 城館の鐘が激しく打ち鳴らされた。

 父と母は娘の目の前だというのに激しい接吻を交わしている。

 まあ、出陣前の儀式のようなものだ。

 神聖帝国最大の傭兵団3千人を率いる母とその右腕である父は、親としてはともかく将帥としては最高である。

 娘の将来の婿をみすみす死なせるような器ではなかった。

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