【KAC20243】不思議な後輩と箱入りデート

薄味メロン@実力主義に~3巻発売中

第1話 土下座で頼まれた

 高校二年の冬休み。


「先輩。ウチと箱デートしてほしいっす!」


 制服にぶかぶかのパーカーを羽織った篠坂しのさか乃愛のあ


--ラノベ研究会の後輩が、なぜか俺に向かって、土下座をしていた。


「……箱デート?」


「はいっす。ウチの後ろにあるモノを見てほしいっす」


 彼女の背後には、掃除用具入れのようなサイズのダンボールが置いてある。


 言われるまでもなく気になっていたけど、これはなんですかね?


「デートする箱は、このダンボールっす」


 うん、まあ、中に入れと言われれば、2人で入れるサイズだ。


 無理じゃないけど、そこそこ狭く見えますが??


「お金もお支払いするっす!」


 乃愛さんは可愛いクマの財布を取り出して、千円札を5枚 俺の前に置いた。


 そしてまた、土下座に戻る。


“ 可愛い子なんだけど…… ”

“ 黙れ美人 ”


 影でそう言われる彼女の行動に、ちょっとだけ面食らう。


「お願いを聞いてくれたら、ウチ、なんでもするっすよ!」


 え? いま、なんでもするって言った!?


 そう言いたくなる気持ちを深呼吸で落ち着かせる。


 俺は頭を床に押しつける彼女を見下ろして、苦笑いを浮かべた。


「土下座をやめて、詳しい話を聞かせて貰える?」


「はいっす! なにが聞きたいっすか?」


 なにもかも。ぜんぶ。


 マジで意味がわからないから。


 とにもかくにも、箱デートってなにもの?


 そう思いながら、俺と乃愛さんでひとつの机を囲んだ。


 チラリとだけ、デカすぎるダンボールを流し見る。


「俺と一緒に、ダンボールの中に入りたい。そう聞こえたんだけど、あってる?」


「はいっす!」


 うん。あってた。


 正直な話、自信満々に同意されても困る。


 意味がわからないし、女の子がそんなことのために土下座したの?


「なぜに?」


「……せんぱいと、ふたりきりに。なりたくて……」


 乃愛さんが恥ずかしそうにうつむいて、モジモジする。


 そう言う不意打ちはやめてほしい。


 普通にドキドキするから。


 ちょっとでも間違うと惚れてまうやろ? いや、まじで。


「先輩。まずはこれを見てほしいっす」


 そう言って見せてくれたのは、


『ラブコメの書き方。2人を箱に入れよう』


 そう書かれた本だった。


「作家は経験したことしか書けない。そんなSNSの投稿もみたっす」


 なるほど、それで箱に入ってみようと思ったわけか。


 一応、意味はわかったけど、


「SNSはデマだから信じるな」


 あんなのは、百害あって一理なしだ。


 そう思いながらも、見ちゃうよな。


 わかってあげられるよ。


「へ……? ウソなんすか?」


「書籍化するには、素手でクマを倒す必要がある、なんて書かれる場所だぞ?」


 むしろ、なぜ信じた?


 校長先生も『SNSの使い方には注意しましょう』って言ってただろ?


「クマも倒さなくていいんすか!?」


 え? なに? バカなの?


 期末テストは学年トップだった、って言ってたよね?


 そう思うけど、いまはスルーで。


 一番の問題は、箱なんだよな。


「学校や職場など、嫌でも顔を合わせる関係にすると書きやすい」


 本にそう書いてある。


 箱は箱でも、神の箱庭の系列だと思う。


 少なくとも、


「本物の箱じゃないからな?」


「……まじっすか」


「うん」


 だから、なにもかもが間違ってる。


 そう思いながらも、俺は大きなダンボールに目を向けた。


「とは言っても、なにごとも経験か」


 乃愛さんが用意してくれたのは、見たこともないサイズのダンボールだ。


 2人の人間が、大きなダンボールに入る。


 面白い経験になると思う。


「せっかくだから、入ってみようかな」


「いいんすか!?」


「せっかく用意してくれたしね」


 聞けば、Amazoonで買ったらしい。


 本体より送料の方が高かったらしいけど、ネットってすごいな。


「で? どこから入るんだ?」


 掃除用具入れのようなサイズのダンボール。


 視線を高く上げた先では、ネズミ返しのように、ダンボールの蓋が開いている。


「……うえから、っすかね?」


「まあ、あいてるのが上しかないからな」


 高さは2メートルくらい。


 俺たちの身長より、遙かに高い。


「どうやって入るのか。良さそうな案はある?」


「……むり、っすね」


 うん。俺もそう思う。


 椅子や机を踏み台にすれば入れるけど、たぶん脱出できない。


「横に倒して入るか?」


「そっすね。ウチも、それがいいと思うっす」


 妥協案を採用して、デカすぎるダンボールを倒す。


 スカートの裾をおさえた乃愛さんが、長いダンボールの中に入っていった。


「先輩、すごいっすよ! 思いのほか、楽しいっす!」


「……そうなんだ」


「はいっす! 先輩も、早く来てほしいっす!」


 ダンボールの中で寝転がる乃愛さんが、目を輝かせている。


 確かに彼女の隣には、俺が入れるだけの空間がある。


 だが、本当に入って大丈夫か?


「先輩? 来ないんすか??」


 どう見ても狭いよ?


 そう思うけど、後にはひけない。


「失礼します……」


 敬語になるほどドキドキしながら、ダンボールに足を入れる。


 すっぽり中まで入ると、目の前に乃愛さんの顔がある。


「……ちかくないか?」


「……そっ、すね……」


 息が届きそうなほど近い。


 顔を背けようと思っても、下手に動くといろいろと触れてしまいそう。


 危ないから、両手を後ろに回している。


 痴漢じゃないです。信じてください。


「先輩って、意外とたくましいんすね……」


 乃愛さん?

 小声が聞こえてますよ?


 俺の二の腕に触れてるのはわざと? 狭いから?


「せんぱい。箱デート、楽しいっすね……」


 優しく微笑まないで。


 惚れてまうから。


「ウチ、すっごくドキドキしてるっすよ……」


「そう、なんだ……」


 箱に入ってわかったことが、ひとつある。


「今度は俺が、箱を組み立ててもいいかな?」


「はいっす。楽しみにしてるっす、せんぱい……」


 箱デートは、どきどきする。


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