とある沖縄の病院で

谷橋 ウナギ

とある沖縄の病院で


 石田雅史。十八歳。彼は病室のベッドで目覚めた。

 窓から優しい日差しの差し込む、広々とした病院の一室。そこで雅史はベッドに横たわり、複数の管を繋げられている。


 しかし雅史には覚えが無かった。何故この様な状態にあるのか?

 寝起きだからか別の原因か、雅史の記憶は判然としない。彼が理解出来るのは空腹だ。それも腹痛を感じるレベルの。


 と、そこで病室の扉が開き、白衣を着た男性が現れた。


「ああ良かった。目を覚ましたんだね」

「ここは……?」

「佐竹白波病院。君は運び込まれてきたんだよ。僕は佐竹次郎。君の主治医だ」


 その男性、佐竹は微笑んだ。

 彼の年は五十か六十か。髪の毛には白髪が交じっている。


「ちょっとだけ胸の音を聞かせてね」


 佐竹は聴診器を装備しつつ、雅史に掛けられた布団を剥いだ。

 そしてパジャマを軽くはだけさせ、胸へと聴診器を押し当てる。


 ヒンヤリとした金属の感覚。それは雅史も知っているものだ。

 だが雅史の知らないものも有った。ミミズ腫れだ。びっしりと刻まれた。


「これは……」

「覚えていないかな?」


 聞かれて雅史は考えた。

 確かに何かが引っかかっている。喉元まで出て来てはいるのだが。


 雅史が記憶を探っていると、佐竹がスマホを雅史へと向けた。


「ハコクラゲだよ。これが原因だ」


 表示されていたのはクラゲである。白く半透明で美しく、かなり長い触手を持つクラゲ。傘はその名の通り箱の様な、四角っぽい形状となっている。


 そのクラゲで雅史も思い出した。ただしクラゲそのものをではないが。


「そうだ。俺、旅行で沖縄に……」


 卒業旅行。皆で沖縄に。海水浴。まだ断片的だが。

 雅史の記憶が蘇ってくる。クラゲが与えた激しい痛みも。


「この種のクラゲの毒は恐ろしい。人を死に至らしめることもある」

「俺は刺されて?」

「まさにその通り。今は既に落ち着いているけどね」


 佐竹はスマホをポケットに仕舞い、雅史に向かって話を続けた。


「重傷化で呼吸を抑制する。君も一時期は危なかったんだ。オーストラリアで知られる種類は殺人クラゲなんて呼ばれてる」


 佐竹の声質は変わっていない。

 だが雅史は重々しく感じた。


「俺がもっと、気をつけていれば……」


 雅史は自分を責めていた。楽しい旅行を台無しにしたと。

 しかし佐竹はそれを否定する。それは心からの否定であった。


「このクラゲは人より速く泳ぎ、浜辺のような浅瀬にやってくる。その上半透明で見えづらい。君のせいじゃないさ。保証するよ」


 佐竹は温和な様子に戻ると、病室の出口へと歩き出した。


「とにかくもう心配要らないから、今はゆっくりと休んでいてくれ。家族や友達には私から、意識が戻ったと伝えて置くよ」


 そして、彼は病室から去った。

 残された雅史はベッドに潜り、ハコクラゲについて回想をする。と言ってもその姿は見ていない。思い出すのは痛みと触手だけ。


 しかし意識には刻みつけられた。あの風変わりな形のクラゲが。

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とある沖縄の病院で 谷橋 ウナギ @FuusenKurage

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