魅惑の箱

香 祐馬

第1話

私は、伯爵令嬢ミシェル・アワーディア。

伯爵家に生まれ、幸せに暮らしてきました。


小さい頃、お母様が亡くなりましたが、お父様が私を愛してくれたので、寂しくありませんでした。

8歳の頃には、婚約者もできました。

ギルバート(侯爵家次男)は、出会った当初は頼れるお兄様という感じで、いつも私の手をひいて、いろんなところへ連れて行ってくれました。すぐに(兄弟みたいだと)大好きになりました。


小さい頃は、ギルとよく森へ探検に行ったものです。

そこで、長い枝を剣に模しながら勇者とお姫様ごっこをしました。いい思い出です。


そんな私たちも年頃になり、学園に入学。

ギルバートは、騎士科に所属していてメキメキと頭角をあらわしました。

卒業後は、騎士団にも入ることが決まっています。

無駄のない筋肉とスラリと長い手脚。そして、動きが俊敏で力強いのです。

切れ長の目はとても色っぽく、周りの女性から秋波を向けられる素敵な男性になりました。

かくゆう私も、今では一人の殿方としてギルを意識してます。


卒業まであとふた月。

そのあと、私たちは結婚します。

もう二人で暮らすタウンハウスの用意も済んでおります。

すごく楽しみでした...、あの瞬間までは。




ぱちっと目をあけ、見えた景色は変わり映えのないもの。

いつも寝ているベットの天蓋が見えます。

今日は部屋が明るいので、天気がいいのでしょう。

ベットから足を下ろして、身支度をします。

1人で着れるデイドレスをクローゼットから出して、着用しました。

今までこんな服は着たことありませんでした。

いつも侍女がついてましたので、後ろでしっかりと紐を結んで体のラインが綺麗に見えるドレスを着ていましたから....。


このドレスは、侍女もつけることができないくらいの貧乏男爵令嬢の方に、重宝されているものだそうです。


ですが、質は違います。

上質なシルクやレースが使われた一級品。伯爵令嬢らしいものとなっております。


ドレスをきたら次は鏡の前に立ち、髪を整え、軽く化粧をします。

今まで侍女にしていただいていたのを見よう見まねで頑張りました。

自分でやり出してからもうひと月たちました。

何とか令嬢としての体裁を保てているのではないでしょうか?


ここまで終わらせて、朝のルーチンが終わります。これからは、自分の好きなことをして過ごします。

本棚からこないだから読んでいる小説を取り出し、ソファに座ります。

今の私の生活は、日がな読書をして過ごすだけです。

物語を読んでる間だけは、今いる私の現実を忘れられます。


本を読み始めてから、少し経ちました。

そろそろでしょうか...。


ガチャっと、ドアノブを回す音がします。

そして、革靴で床を歩く硬質な音がします。


カツン、カツンと音が近づい来ます。


この瞬間が一番、私は嫌いです。

反射的に、体がビクッとし、硬直します。

本から、目が逸せません。


やがて....、頭上から声がかけられます。


「やあ、おはよう。ミシェル。」


私は、すぐに口角を上げて笑顔で応えます。

ここで、恐怖を顔に出してはいけません。

もっと、恐ろしいことが起きるのです。


「おはようございます。お父様。」


ふり、にっこりとします。


私の目の前には、ここひと月で見慣れた大きさのお父様がいます。

巨大なサイズのお父様、私が手のひらに乗るくらいの大きさです。

お父様が巨大になったわけではありません。

私が、親指サイズなのです。


こうなったのは、訳があるのです。




結婚まで、あと数ヶ月となったある日のことです。

家に、1人の商人がやってきました。


「これはこれは、素敵なお嬢様ですね。

ご結婚されると聞きました。おめでとうございます。」


その商人は、人好きそうな笑顔で、私とお父様に挨拶をしてきました。

身なりもしっかりとしていて、清潔感も誠実さもあり信用出来そうな方でした。


「さあ、ミシェル。この方は、メトレージェフ伯が紹介してくれたロンダ商会のゴトフリーさんだ。

ミシェルの結婚祝いの品を今日は選ぼうと思ってね。」


パチンっと片目を瞑ってウィンクするお父様。

お茶目なんです。


メトレージェフ伯は、お父様のお友達で、気の弱そうなところが玉に瑕ですが、優しく誠実な方です。

私も何度もお会いしてます。

ならば、この商人さんは、信用できる方なのでしょう。安心です。


「メトレージェフが、変わった品を扱うおすすめの商会だと勧めてくれたんだ。

今まで懇意にしてた商会からは、ミシェルの婚姻品はあらかた買ってしまっただろう?

だが、私はもっとミシェルに幸せになって欲しくてね。

私の気持ちだ。好きなものを選んでくれ。」


ふわりと慈愛に満ちた顔を向けられ、胸が熱くなります。

おとうさま....、私、あなたの娘に生まれてきて幸せです....


「さぁさぁ。お嬢様、こちらに並べた品をご覧ください。どれも自信を持ってお勧めできますよ。」


目の前には、何に使うかわからないものがたくさんありました。

ゴトフリーが、黒い手袋を差し出してきました。


「こちらの手袋をしていただいていいでしょうか?この手袋は魔力を遮断しますので、こちらにある魔道具が誤って起動しないための対策になります。」


なんと、目の前にあるものは全て魔道具だったのです。

こんなにたくさんの魔道具見たことがありません。

見たところ、今まで見たことがないものばかりです。


「起動する時は、私の魔力を使って見本を見せましょう。さぁ、どうぞお手にとってみてください。」


色々検討しましたが、私は、花の形をしたブローチを選びました。

この花をカチッとまわすと、自分の身体の周りを空気の膜が包むのです。

これで長距離を移動する時も馬車でお尻が痛くなりません。優れものでした。


こんな素敵なものを取り扱う商会を教えてくれたメトレージェフ伯には感謝をしないといけないですね。

購入した品を手のひらに包み、思わずニマニマしてしまいます。


「良い巡り合わせに出会えたようで、ようございました。では、アワーディア伯はいかがですか?

何か気になるお品はありましたでしょうか?」


「私は、これが気になります。」


お父様が指をさす魔道具は、蓋がない箱でした。

大きさは、何とか抱えることが出来るくらいの大きな箱。

ですが、ただ白いだけで何にも変哲のないものです。


「お目が高い!!これは、とてもいいものですよ。」


ゴトフリーが、大袈裟なリアクションで両腕を上げた。

どうやらこの箱は、空間魔法がかかった珍しい魔道具らしい。

ミシェルの私室が丸ごと入るほどの収納能力があるらしく、驚愕である。


「これがあれば、ミシェルの嫁入りの時引越しが楽になるだろうね。

でも、こんな大容量の収納がある魔道具なんて見たことがない。高いんだろう?」


「そうですね、高いです。しかし、ちょっと持ち運ぶには大きさが微妙でして。支えて持つのも、バランスが悪いんです。あと、こちらに入れるとこうなりまして。」


と言いながら、ゴトフリーはその場にあった大きなスツールを箱にくっつけた。


すると、しゅんと椅子が消え、箱の真ん中に入る。


「このように縮尺されて、収納されます。

そして、整理整頓は蓋のない上から自分で置き直すのです。」


次々にゴトフリーは入れていく。

しばらくすると、箱の中はたくさんの家具でひしめき合った。


「それで、これが欠陥品なところが、コレでして...」


というと箱を揺らす。


中のものが、揺れや傾きに合わせて、ぐちゃぐちゃに動く。


「お分かりですか?このように、大事なものが欠けたり傷ついてしまうところが難点でして....。

ですが、きっちりと詰めていただければ問題ない逸品かと...。いかがしますか?」


「なるほどな。これは、使い勝手がいいのか悪いのか...わからないもんだな。」


「これは、まだ若い魔道具師が作ったもので、まだまだ改良の余地があるものでして...。

ですからお値段は、普通のマジックバックと同じ値段なんです。」


「ほぉ。そんなに安いのか?

部屋丸々入るのに?」


「はい。作り手が、試作品なので材料費を回収できれば良いという考えの魔道具師でして。」


「なるほど。では、若き魔道具師にためにも購入しよう。

それで、さらに良いものを作ってもらおうか。」


おとうさまは、人の気持ちに寄り添える素晴らしい方なのです。

そんなお父様が誇らしいです。


「ミシェル。これにドレスなど、壊れにくいものを収納して持って行ったらいい。

これを結婚祝いの一つにさせてくれ。」


優しい笑みを浮かべるお父様にぎゅうと抱きつきます。


「はい...。お父様、大好きです。ありがとうございます。」


涙が、互いに溢れそうになってしまいました。

ダメですね、感傷的になってしまいます。

お父様と離れることが迫ってきている昨今、よく2人で抱き合いぐずぐずと泣く姿を、使用人たちによく見られてます。

みんな生暖かい目で、見守ってくれて、ちょっと気恥ずかしいのです。


「では、現在私が所有者になってますので、所有者の変更をしましょう。

そうすると、もう私がこの箱に物を入れたり取り出すことはできません。」


「ほぉ。そんなことができるのですか?」


「ただ、これも試作品ゆえに簡単な認識方法なんですよ。なので、知られないように気をつけてください。

私も所有者を変更後、他の方に言わないという制約魔法をかけますので、安心してください。」


ゴトフリーは、懐のケースから金の針を取り出す。

指に火を灯すと、針の先端を炙った。


「では、コレの殺菌が済んだところで、アワーディア伯の指をお借りできますかな。ちょっと、血を出させていただきます。」


この魔道具は、血で所有者を認識するようです。

お父様は、指を差し出して、ぷくっと浮かび上がった血を箱につけます。

すると、すっと血が吸い込まれました。


どこの部分に血をつけても、所有者の変更ができるようで、何ともザルのセキリュティです。

確かにコレでは、売り物になりにくいでしょう。


「では、私がこの箱から椅子を取り出してみましょう。」と、ゴトフリーが言い、上から椅子を掴もうと手を伸ばしました。

すると、箱になかった天井が、まるでそこにあるかのように、ゴトフリーの手を阻みます。


「ほぉ。」「まぁ!」


お父様も私も感嘆し、口に手を当て思わず大きな声を出してしまいました。

そして今度は、お父様が手を伸ばすと、するりと箱の中に手を入れることができました。難なく模様替えができます。

私も手を伸ばしてみますが、やはり何か透明な壁があるようでさわれません。


お父様は、ホクホクとしたような顔で椅子を箱から取り出したり、入れたりしています。


どうやら大容量収納箱は、手で触れながら取り出す物を思い描くと、横にそれが現れるようです。

逆に入れたい時は、手で箱を触れながら対象物に箱を接触させることで収納されるようです。


なるほど、この作りでは大きな物を入れる時は、お父様が必死にこの箱を持ち上げてくっつけなくてはならないのですね。

確かにちょっと大変です。


そしてゴトフリーは、簡単に説明をしていくと帰っていきました。

最後に、何やら一言、念を押して....。




 わたくし、ゴトフリーはアワーディア邸を辞して、一度振り返りました。


何とも幸せそうな親子で、お嬢様は可愛らしく聡明であったな。と、少し胸がモヤっとしました。

コレからあの親子の未来が、どうなるのか、心配です。


今日こちらに来たのは、メトレージェフ伯からの紹介でしたが、実際はちょっと違うのです。

メトレージェフ伯は、脅されていたのです。

悪どい噂が絶えない侯爵家からの圧力に屈したのです。

侯爵家のお嬢様が、アワーディア伯爵令嬢のお相手ギルバート様に懸想していたのがきっかけです。

何とか、破談にしたくて実力行使に出たのです。

メトレージェフ伯は、最後まであがきました。それゆえの、今回の魔道具の箱です。

条件が揃わなければ、このまま幸せに生きていけます。

しかし...、条件が揃って仕舞えば....


きっと、アワーディア伯とお嬢様の関係も、婚約者のギルバート侯爵子息さまとの関係も破綻するでしょう。


ですから、私は何度も念を押しました。


『決して、自分にとって命と同じくらいの大切なもの入れてはいけません。』


実は、あの箱には空間魔法の他に、魅了の魔法がかかっているのです。

大切なものを入れれば入れるほど、執着してしまうのです。

それこそ、人格が変わってしまうほど。


もう一度邸を振り返りました。

どうか、条件が揃いませんように。

伯とお嬢様が幸せに暮らせますように。

と、祈らずにはいられませんでした.....




さて、どうなったかというと....

条件が揃ってしまったのです。





お父様が、箱を持ち上げて私の部屋の荷物を次々に入れていっていた時です。

振り返った時、偶然私がいたのです。

つまり...私が箱に接触しました。


何が起きたのか、最初はわかりませんでしたが、気づくと私は、白い壁に囲まれた空間に居ました。

そして頭上を見上げると、そこには大きなお顔のお父様が居ました。

間違って、私が収納されたようです。


何とこの箱、生きているものも収納できる優れものだったのです。


お父様と唖然と見つめ合いました。

わたしは、おかしくてケラケラと笑ってしまいました。


「ふふ、私お人形みたいですね!」


そして、お父様も笑いました。


「はは!可愛いお姫様が入ってしまったね。」


ですが、その後お父様が私を出すことはありませんでした。

すごく満面の笑顔で、私を見つめると次から次へと私の部屋の家具を入れていきました。

気づくと、私に部屋のもの全てが箱に入ってました。


「ミシェル。私の可愛いミシェル...。

もう、嫌なことはしないで良いんだ。ここにずっといれば良い。お父様が、ミシェルの望むものを何でも手に入れてあげよう。

ご飯も運ぶし、お風呂も時間になれば入れてあげよう。何も、不安にならなくて良い。

お父様と一生一緒に暮らしていこう。」


その時、ようやくゴトフリーの言葉を思い出しました。

お父様の命と同じくらいの大切なものは、わたしでした...。


お父様の瞳が、笑っているのに笑ってないのです。

この瞳は見たことがあります。

黒魔術の洗脳状態です。きっとこの箱には、魅了の黒魔術がかかっていたのです。

執着が増す恐ろしい魔法が...。


その後ここから出してほしいと、何度も言いましたが、無理でした。

ある時には、目を血走せながら激怒され。

ある時には、大粒の涙が滝のように箱に降り注ぎ、悲しまれ。

ある時には、髪の毛をぐしゃぐしゃにして半狂乱になり、箱を揺らされ、家具に押しつぶされそうになりました。


死にたくもなく、それからは笑顔で従順なフリをして過ごしました。

しかし、希望は捨てません。

今は耐えます。お父様の機嫌を損なわないように、チャンスを待ちます。

きっとギルバートが助けてくれます。

私が居なくなれば、屋敷の使用人たちも学園のお友達も、気づいてくれるでしょう。





そして....。その日がやってきました。


朝から、箱の外が騒がしいです。

遠くから私を呼ぶ声が聞こえます。


「ミシェルー!!」


大好きなギルバートの声がします。

だんだんと、声が近づいてきました。


「ミシェルー!!居るんだろう??どこだー!」


「ここー!ギルー!!私はここよー!!」


必死に箱から天井に向かって声を出します。

気づいて!わたし、ここにいるの!!

だけど、私の声は届きませんでした。


「ギルバートくん。止まりなさい。」


静かでいて、力強い重い声音が聞こえてきました。

お父様の声です。


「伯...。ミシェルはどこですか?」


「ミシェルは、体の調子が悪くて、領地で療養中だと言ったじゃないか。ここにはいないよ。」


「嘘です。俺、領地の方にもいきました。

でも、ミシェルはいませんでした。

ここの使用人に聞いても、ここ1ヶ月はミシェルを見ていないと言ってます。でも、最近ミシェルの体型に合わせたドレスがたくさん搬入されてますよね。伯が、オーダーした店もわかってます。


ミシェルは...、ここに居ますよね?」


確信を持ってギルバートは、詰め寄る。

しかし、アワーディア伯は一歩も動かずに一言バシッと言うだけだった。


「いない。帰りたまえ。」


ギルバートは、騎士科ではあるが、脳筋ではなかった。アワーディア伯がいずれ引退したら、伯爵位を継ぐのは婿に入る自分である。

使用人との仲も良好であるため、伯爵邸に出入りする商人も品物も把握できる。

怪しい魔道具商人の存在も、ドレスの購入履歴、それこそ伯の最近の動向なども調べることが可能だった。


「では。ミシェルの部屋を見せていただいても良いでしょうか...?

ミシェルに、卒業式で使うものを預けてあるんです。半月後の卒業式で使用するので探させて下さい。」


そんなものはないが、このまま帰るわけには行かない。口から出まかせではあるが、伯の動揺を引き出せた。


「何を...預け、」


伯が喋りはじめると同時に床を蹴り、横をすり抜ける。

そのまま走り抜けて、ミシェルの部屋を開けた。

後ろから伯が、切羽詰まった顔で追いかけてくるが、構わない。


「ミシェル!!」


大声を出しながら、雪崩れ込んだ部屋に、ギルバートは息を飲んだ。


「何もない...。」


がらんとした部屋になっていた。机もテーブルもソファもベットもない。

あるのは、窓側に一つだけ。

長いローチェストただ一つあるのみ。

その上に箱が不自然にあるだけだった。


ギルバートは、その箱が何なのか気になり近づく。しかし、到達する前に阻まれた。

伯が追いつき、ギルバートの肩を掴んで後ろへぴっぱったのだ。


「この箱に触るなぁぁぁっ!!!」


伯が絶叫して、ギルバートを睨みつけた。

その顔は、今まで一度も見たことがない憤怒に染まっていた。


8歳からの付き合いだが、伯は常に穏やかな人格者だった。こんな顔は見たことがない。しかも、何やら狂気を感じる。

目が...おかしい。


「伯...もしかして正気じゃないのです、か...?」


ギルバートは、魔術には詳しくはないが、何らかの魔法がかかってるのではないかとここにきて初めて思い至った。


絶対、この部屋に何かある。この部屋に近づくたびに伯の様子がおかしくなった...。

後ろに庇っている箱が、やはり怪しい。


そんなふうに考え、緊張しながら互いに見合っていた時、声がうっすらと聞こえた。


『ギ...ギル....、ここ、ここにいるの....

気づい...気づいて!...こ...は...はこっ...

箱に...いる...の!』


ミッシェルの声が聞こえた!


「伯!!後ろの箱にミシェルがいるんですね!!出してください!!」


「うるさい!うるさい!うるさぁぁっい!

ミシェルは私のものだ!貴様なんかに渡さない!!」


ぐわぁぁっと、伯が感情を昂らせていく。

パチパチと、魔力が迸った。


アワーディア伯の全盛期は、名だたる魔術師だったのを思い出した。

このまま攻撃魔法を放たれたら、無事では済まない。

ギルバートは、腰に帯剣していたロングソードを抜き、構えた。


ドンっ!ドンっ!と、繰り出される魔法を、魔力を纏わせた剣で防ぎながら間合いを詰める。

そして、ギルバートは、伯に剣を振り下ろした。





一方でミシェルは、箱の中から耳をそばだてていた。

お父様とギルバートが言い合っているのを聞いていた。


そう、私はここにいるの!助けて!

ここから出して!そしてお父様を正気に戻してっ!!


そのうち、爆音と共に箱が震え出した。


お父様、ギルに攻撃魔法を放っているの!?

ギルは??無事なのっ!?


不安で胸の前で手を組み、祈る。

2人の無事を祈ってどのくらい経っただろうか。

5分も経ってないかもしれないが、もっと長かったようにも思える。


スタスタと、近づいてくる音がする。

お父様の革靴の音じゃない。ならば、ギル?


天井を見つめていると、ニョキっと顔が現れた。

その顔を見て、安堵で腰が抜けた。


ギルだった。

お父様の攻撃魔法で、見える場所限定だったが、顔面も上半身もボロボロに傷つきながらも元気そうだ。


「無事だったのね?」と、涙を流しながら手を伸ばす。


ギルバートも、ミシェルが小さくなってることに驚いて目を見開いたが、伸ばされる手を掴むために手を箱に入れようとした。


しかし、見えない壁に阻まれる。


「くそっ!何だこれ。どうしたらミシェルをここから出せるんだ!!入り口は、どこだっ!?」


あっ!と、ミシェルは思い当たった。

所有者を書き換えないと、ここから出れない。


「ギル!ここ箱のどこでも良いから、ギルの血をつけて。そうしたら、ギルが所有者になれるの!

そして、私を出して!」


「わかった!!」


すぐさま顔の裂傷部位から流れる血を、片手で荒っぽくぐいっと拭うと、箱に接触させる。

ふっと透明な壁が消えて、箱の天井に置かれていたギルバートの手が箱の中にカクンと入った。


「ギル...。」「ミシェル...。」


ギルバートの人差し指を、ぎゅっとミシェルは抱きしめた。

ひとしきり、婚約者の体温を堪能する。

ひと月以上、会えなかった。

互いに、じんわりと胸が熱くなった。


「じゃあ、ここから出してくれる??」とミシェルが涙を指で拭いながら気丈に笑って言う。



しかし、

それは...叶わなかった。



「なぜ?」


真顔でギルバートが心底わからないというように、ミシェルに問うた。


「な、何を言ってるの?ギル、私をここから出すんでしょ?」


へっ?と、ミシェルは呆けてしまう。


さっきまで、必死にここから出そうとしてたのに?どうしちゃったの?


まじまじと、ミシェルはギルバートの顔を見つめ、真意を探る。

そして、思い至る。


“大切なものほど執着がわくことを。”


元々、ギルバートとの結婚は政略的なものだった。

互いに想いあっての婚約ではなかったが、休みのたびに逢瀬をかさね、絆を深めていった。

ミシェルの方は、どんどん逞しく男らしくなるギルバートに、いつからか恋心を抱いて、今では愛していた。

だが、ギルバートの方はわからなかった。

ミシェルは、どこにでもいるような令嬢だったから、仕方なく一緒にいてくれているのではないかという思いがいつもあった。

一緒に過ごした年月が長いので、友達や兄弟のようには思ってくれているとは思っていたが、恋愛感情なんかないと思っていた。


しかし、どうだろう。

目の前のギルバートの目には、執着の光がギラギラと灯っている。


お父様の時は、絶望感があったが、今は微塵もない。

あるのは、“歓喜”だ。


ギルバートは、気を失っているアワーディア伯の横を、ミシェルが入った箱を大事に抱えて持ち帰った。


そして....、


「さあ。ミシェル。今日のご飯だよ。」


ヒュンと机に現れる朝食。

ギルバートは人差し指で優しくミシェルの頬を撫でる。

恍惚な表情で、ミシェルを愛でる。


ギルバートは、箱を持ち帰った後、精力的に動いた。

ミシェルの父親には罪悪感を煽り、婚姻届にサインをさせて、卒業を待つことなく夫婦になった。

タウンハウスの夫婦の寝室の窓際には、ミシェルの箱を厳重に保護しながら置いた。

使用人も、全てを通いの者に変えて、夫人が家の中をうろつかなくても疑問に持たないようにした。


自分だけしか喋れない、触れられないミシェルの境遇に、満足していた。


ギルバートは、ミシェルのことを初めて会った時から惚れていた。

どこにでもいるような女の子なんて、とんでも無い。

ミシェルは、穏やかで温かい笑顔が素敵な女の子だ。早くから母親を亡くしていたので、しっかりとした芯もある。

でも、ミシェルは自分を兄のように見ていたのは知っていたから、徐々に怖がらせないように距離を縮めていったのだ。

学園に入学してからは、自分の容姿の良さで、周りの令嬢から付き纏われたりしたが、ミシェルの可愛い嫉妬が見えて満足していた。


可愛いミシェル...もうすぐ俺のものになると、卒業まで指折り数えていた時に急に婚約解消の手紙が、伯から届いた。

そんなことは許さない!と、すぐさま調べたが、まさか箱の中にミシェルが囚われているとは思わなかった。

箱に血を吸わせた後、今までミシェルの前では抑えていた執着が爆発した。

ちょうど良い、このまま俺だけのミシェルにしようと思ったのは、当然の結末。


だけど....


そのうち跡取りも必要だし、深いところでミシェルと繋がりたい。

だから、あと少し経ったら、箱から出してあげるね、ミシェル。


俺の執着は、元々天元突破していたから、箱の魅了なんて大したことがないんだ。

正直になっただけ。

俺は、正気のままだから、そのうち交わる時や、社交の時、デートをする時には出してあげる。

でも、お仕置きをするためにこの箱はそのまま取っておくよ。


そういえば、俺に執着していた侯爵令嬢が、この箱を作らせたみたいだが、一体何がしたかったんだ??

たとえ、ミシェルが囚われていても俺が必ず救い出すし、ミシェルが殺されてたら俺もあとを追うだけだ。あの女のものになることは万にひとつもない。


まあ、その侯爵令嬢も、アワーディア伯に娘に会えなくなった八つ当たりで嵌められ、北の修道院に行くことになっていた。

それも、運命だったんじゃないかな。

だって俺は、ミシェルのものだから。

侯爵令嬢は神様と結婚したら良いよ。


はあ...、今日はこれからミシェルとなにして遊ぼうか...。

バスタブで、恥じらうミシェルを指の腹で洗ってあげようかな。ふふふ、楽しみだ。




















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魅惑の箱 香 祐馬 @tsubametobu

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