概念「赤の川」は実在する
クァーラン王国の隣国――複数の派閥が主権を争っているので正式な名前は付けられていない――の豪邸ともいえる家にその姿はあった。
「う~ん、この料理はおいしいねぇ……」
「品質を徹底管理したひき肉にバターを加えて煮詰めた赤ワイン……絶品ですな! こうしてゆっくりと料理を食べることができるのも、メフガ様のおかげでありますな! はっはっはっ!!」
まさか今頃自身の洋館に侵入者がいるとは考えてもいないのだろう。アルコールで顔が若干赤くなっていい気になっている。
しかし、それはふくよかな男も同じで、こちらは態度に現れるほど酔ってしまっている。
こんな気分がよくなっているのも理由がある。
今、この国では、複数の派閥が誰がトップになるのか争っている。
その中でもこのふくよかな体の男は、今複数の派閥の中でも一番勢いがあり注目の的であるからだ。支持率も高い状態を維持。その勢いで、実業家である彼の仕事がうまくいっている。
国民の多くは彼が次の首相になるのではないか、と語っている。
この勢いは最初からあったものではない。勢いを作ったのはメフガと一人の人物のおかげである。
「今や他の陣営皆あなた様の罠にハマって、支持率が急降下! これほど楽しいことがあったでしょうか!」
メフガは他の候補者を陥れる代わりに、莫大なお金を得た。その資金がホワイトノワールに使われているのだが。
「しかし、あれほどのお金は一体どこに使用したのですかな? ぜひお聞かせくださいよぉ」
「ふふ、今となっては無駄だと思っているけどね。くだらないものに使ってしまったよ」
そんな事実を知らない彼はそうメフガに聞くが、知ったところで拒絶はしないだろう。
「私もありますよ。最近では、獣人の奴隷を買ったんですけど、いや~、あれほど使えないものもなかなか無いですな」
「人というから頭を無くしたような存在に、金を払うのはもったいないですねェ……。ふーむ、しかし、今日は彼に会いに来たのですが……いないようですね」
「彼ですか。そういえば、見ていませんねぇ。またどこかを放浪しているのかもしれませんが、この国の長になった暁には彼にも正式に感謝しなければなりませんな」
「あの者の予言では、
「……? どうしたのですかな?」
「……いーや、何、少々心配になってしまっただけサ。嘘は言わないだろうし、未来は既に決まっているのだからね」
彼は予知能力を持っている。そしてその結果が書かれた本、通称「予言書」。そこに書かれている内容を見て対応するように動けば勝手に結果が出る。
未来は変わることはない。すべて神の決めるシナリオ通り。
「そういえば、出兵の件についてはどうなったのですかナ?」
「その件については安心してくださいませぇ。もうすでに準備しておりますぞ! 明日の早朝にはここを出ているかと」
クァーラン王国を滅ぼすための出兵。
これはメフガの提案だけでなく「彼」からの助言もあった。
「それは良いのですがねェ……ふ~む、どこか不安があるねぇ……」
ボソッとつぶやいた声は、向かいのふくよかな男には届かなかった。
彼いわく出兵の判断が大きな利益を生み出し、それを民と分けることでさらに支持を得るという話だ。
メフガは考えながら向かいの男に目をやると少し落ち着きがないことに気付く。
「おや……どうしましたか?」
「メフガ様、その、そこにずっといる彼らが、やはりそのぉ、気になってしまうのです」
「彼ら……? あぁ、動くことはないので安心してください」
「動くことはない……? 改めて彼らが一体どういうものか気になりますな」
「なに……ほんのちょっとした、厄災、ですよ」
「厄災?」と言って首をかしげる。首周りの贅肉が浮いて出てくる。メフガは今の自身の状況に面白く思って笑った。
「彼らは貧しく、ボクはそのことを横目に生きていけるのだから」と。
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数多くの兵士はクァーラン王国へ進軍していた。
見事に列を成し、ただ一直線に足並みをそろえて、殲滅のために向かう。
行軍中の先頭の二人——くじ引きで運良く先頭を歩くことになった——は会話しながら目的地まで歩いていた。
「過剰じゃあないっすかぁ~? あんな時代遅れの国なんてこんないなくても」
後ろを振り向いて、そう言った髭の生えた男の言葉にもう一人の男も同意する。
時代遅れ、しかし金やダイヤなどの資源はある。クァーラン王国の資源は魅力的であった。その事実だけでこの出兵に価値はある。
ただ、納得しないところもある。その国は資源こそあれど、防衛装備が旧時代のものなのだ。昔、戦争を起こしては、クァーラン王国に何度も返り討ちに合っていたなんて信じられない。
しかも、この人数だ。くねった道ではあるが、最後尾が見えないほどである。
「全くだ……ただ、一人残らず殲滅せよとの命令だ。人数は多い方がいい」
「多い方がいい、つったって、たくさんの募集に宮廷クラスの人間が三人もいるんすよ? 一人はあの本場で学んできた超有名人すよ?」
本来は数十人で、という話であったが、追加で国民から募集を開始し、大量の応募が集まったという。そして、何を考えたのか全員参加が決定したのだ。
そんなの資金とモノを消費するだけのパフォーマンスだ、との声もあるが、しっかりと報酬は払われるらしい。
この作戦に参加する者の多くは報酬欲しさに募集した一般人も混じっている。しかし、そのほとんどが魔物との戦いの経験あり。
加えて、宮廷クラス——魔術の本場で正式に認められた——が三人もいる。宮廷クラスは一人で一国を壊滅まで追い込むことができるとされている。
「ってか、殲滅って子供と女もっすか?」
「ああ。そう聞いている」
「この人数でこの戦力なら余裕ありそうっすね~……んじゃあ、少し女で遊びますわ!」
「あまりそういう話は大きな声でするな」
この戦いは一方的なものになる。
風の便りに聞いたこの言葉は誰かの予言らしい。
この戦いが終われば、国はあのデブの男の手中に収まる。
ここに並ぶ兵士皆そう思っている。
その兵隊は、建物一つない砂漠に出た。ワジが見える。このワジを通って砂漠を抜ければ、目的地に着くだろう。
「…………誰か、いるくないすか?」
「あー、本当だ」
水気一つ感じさせない乾燥した地帯。その中にある周りとは異なる薄い薄橙色のワジ。その乾燥したワジの中央にぽつんと一人立っていた。
「あの長い髪、女か? 砂漠と同化して一瞬分からなったが……」
「本当だ、俺らの国に向かおうとしていんのかぁ? にしても、暑そうな格好してんなぁ……」
一見すると軍服のようにも見える、赤と黒の重厚感のある恰好をしている。この気温と日光でそれはないだろう。
服装は自由である。しかし、その女は少し様子がおかしかった。
さらに彼らがワジに乗りあがっても一切動くことなくこちらを見ていた。
やがて兵士の集団の先頭の二人は目の前までやってくる。
「おい!! てめぇさっきから何見てんだよッ!」
「嬢ちゃん俺らはこれから大事な用があんだわ。列も乱しちゃいかんのでね、どいてくれるかい?」
髭の生えた男は脅迫紛いの言葉で圧しようとし、もう一人はどいてもらうよう頼む。
「………………」
それでもその女は何も発さず、ついには腕を組みながら目を閉じてしまった。
その様子を見て二人は困惑する。二人以外のその後ろの兵士も、急に列の動きが止まったことに不満が出てくる。
『おい! 何止まってやがんだ!!』
『早く進め!!』
「すまん! 少し待ってくれぃ!」
「こんな女、無視して進みましょ。変な奴にはかかわらない方がいいっすよ……」
「——お前らか?」
「あん? 何がだ?」
ついに口を開くがその言葉の意味が分からず聞き返す。
「クァーラン王国を襲おうとしている兵士かと聞いている」
どうやらその女は彼らに用があるようだった。
「あー、そうだが。それが?」
「……そうだったらどうすんだい嬢ちゃん?」
「なら話は終わりだ——」
その女は——エル・クロモンド・ハーツェルは、ナイフの刃先をゆっくりと二人に向けた。
「おいおいおいっ!!」
「っ、おい!! てめぇ! 何考えてんだッ!!」
一人の男が剣を構えて、戦闘態勢に入る。遅れて髭の生えた男も剣を持って構えた。「びちゃっ」と、足を上げてから構えたせいで、地面の水たまりの中の水が跳ねる。
「馬鹿だろ嬢ちゃん。俺らは何人いると思ってんだ?」
「そうっすよ! っへ、この女ぁ、よく見れば結構美人さんじゃぁん。なぁ、あんた! コイツ、殺さないでくださいよぉ……!!」
「——手の届く距離にお前らはいる」
「……あん?」
「このナイフによる干渉は、我の手の届く範囲だけだ」
「………………」
「通常、時間や空間は超越せず、自身の特性が変化することもない。であれば、単なる事実」
「てめぇ、さっきから何言ってんだッ!! いい加減にしろよ、ああ!?」
「頭のおかしい奴っていんのよなぁ……強い集団にカッコつけて登場する奴。お嬢さん、許してやるから黒歴史になる前に帰りな」
「おっさんが許しても俺は許さねぇけどなぁ……っ、へへ!」
二人は何か語るエルを半笑いで見つめる。
呆れたのか一人は剣を構えることをやめた。警戒は解いてすでにエルの容姿に夢中になっている。
やけに静かなこの場で、エルは顔色一つ変えずにその二人だけに語り続けた。
「久々に楽しめた。だから今だけは無礼も許そう……もし頭を下げて許しを請うのであれば」
「誰がアマに頭を下げるかってんだ!」
「………………そうか」
やけにエルのその低い声が、何かに干渉せず耳の中に入ることについて、二人は疑問に思っていた。
いや、それ以前に——後ろから声が聞こえない。
「……っひぃ!!」
「ん、おい、どうした?」
「じ、じっ、地面! 地面がぁっ!!」
「なんだぁ? 地面、じ、めん……あ? あぁ、な、なんだ、よ。これ…………」
それを意識した瞬間、足に重さを感じた。
靴や裾に液体を吸ったような感覚。雨の日を思い出す、その感覚。
でも、そんなこと、忘れてしまうくらいの赤。
まるで自分たちが水たまりの中心にいると錯覚するほど、二人を囲む——血。
「後ろ、振り返ってみるか?」
「あ、っ、あ…………あ」
「『見てみるか』と聞いている。……壮観だが、冥途の土産にどうだ。王が特別に——許してやろう」
二人は、虹色に光るその目から逃げることはできない。しかし、最期の時まで、祈るようにただ目を閉じていた。
その日は雨は降らなかった。雲一つない晴天であった。
ただ、近くには川ができたという。その様子を見た人は語った。
「赤色の見たことない川であった」、と。
予言は完全に狂い始めていた。
■川■■の存在によって。
[Iromono:Last Key] @m4a1sr123
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