平穏な時間、尼子経久からの難題
「ここが東源郷……一見普通の平原と山に川がある場所だな」
国産みの儀式を行い、異界に入る結界を整備し、自由に行き来ができるようになったので元就様が東源郷の見学にやって来ていた。
「広さはいかほどなのだ?」
「そうですね安芸国に匹敵する大きさかと」
「ずいぶんと広いな」
「分霊で力が弱くてこれですからね。イザナミ様の神力には恐れ入りますよ」
「……一夜にして家臣が主君の領土の広さを超えたな」
「も、元就様に幾分か領土の寄進を」
「いらんいらん。開墾した土地は自由としたろう。イザナミの分霊を連れてきた時点でもしかしたらと思ったわ……それに照継は幼い時から支えてくれた恩があるからな。家臣から土地を召し上げる君主にするつもりか? お前は」
「失礼しました」
「わかればよろしい……で、ここでは米を作るのか?」
「ええ、気候も暖かく、水源に富み、そしてこの地では金屋子神が国産みを手伝ったことで多量の鉄が産出致します」
「おお! 鉄がか!」
「あと堺にて南蛮芋(薩摩芋)や香辛料を手に入れましたのでその栽培もしようと思います。そして畑を拡張し、家畜を入れ、毛利の隠し田のごとき場所にしようと思っています」
「よし、全力でやれ、資金は足りるか?」
「問題ありません」
照継が自身の拠点の東源郷の整備に着手した頃、元就は吉川家の娘と婚姻の儀を執り行い、夫婦となった。
この吉川の嫁いだ妙玖(法名であるがわかりやすいため以後も法名で通すこととする)という姫は毛利3本の矢と言える兄弟を産むのが史実であり、女子も3名と計6名もの子供を産むのだが、性欲というか生殖能力が妖怪狩りで馬鹿みたいに元就は高まっていたことで、婚姻から翌年の1520年に長女が、1521年には長男が、1522年には次女がみたいに毎年交互に男女を産み分け、1519年時点で20歳である妙玖姫は15年連続で7男8女の子供を産み続けることとなる。
束縛が強かったとされる妙玖姫だが、元就の性欲に耐えきれずに側室を持つことを許し、1523年に隣に接する宍戸家と婚姻を結び、静姫を貰うことにもなる。
宍戸って一揆に参加しないで元就の兄である毛利興元と争っていた家であることを覚えているだろうか。
宍戸家当主宍戸元源は武田を奇策を用いて討ち取った知略を高く評価しており、互いに尼子派になっていたことで過去のわだかまりを流し、時折水の利権争いで争うことになるがプロレスの域を超えることは無く、1518年に契りを結び、5年後の1523年に婚姻同盟、更に5年後の1528年には元就の次女と宍戸元源の長男を結婚させたことで宍戸家は毛利の一門衆となり家臣となる。
この静姫は女傑として名を馳せ、照継に弟子入りし、身籠りながらも妖怪達と稽古をし、元就も手を焼く程の女傑に成長し、メキメキと武力と妖力による怪力を身に付け、毛利家存亡の危機の際に敵大将の首を挙げて伝説となることになるのだが、輿入れの際は14歳であった……
東源郷を手に入れた照継はすぐに動き出した。
元から伝手のあった忍び達を東源郷の土地を与えることと、神主として職を斡旋することで味方に引き入れ、鬼の者達と婚姻を斡旋し、一族に組み込んでいった。
「すばらっです! 照継様、これで互いに日陰者同士で力を合わせることができるってものです」
この図面を引いた者は鬼の異端児こと童子という照継の鬼の嫁であった。
彼女は安芸国出身の鬼であり、近江出身の鬼達とは生まれも考え方も違っていたし、彼女は鬼特有の怪力を持ち合わせていなかった。
その分知略は凄まじく、幼少期から元就の囲碁将棋の好敵手としてしのぎを削っていた。
そんな彼女の策は忍びの技術と鬼の怪力を併せ持つ軍団の創設であった。
鬼は人よりも長い寿命を持つが、数が増えにくい。
一方人は妖怪を孕んだり孕ませたりといった伝承が多い様に母体、種共に強く繁殖に向く。
その為多少血が薄れるかもしれないが、数代掛け合わせなければ種族的特徴が消えることは無いので妖力の強い鬼側の子供が産まれる。
数を増やすことで戦力を上げ、住民を増やすことで開拓も進ませる。
「名付けて人富の計です。すばらっ!」
「相変わらずえげつない策を提案するなお前は」
「いえいえ照継様には及びませんよ」
照継自身も孤児や未亡人、生娘を教育し、娼館で働かせ、身籠った子供をこちらでまた育てるというサイクルを作っており、女は芸者か娼婦に、男は家来にすることで信用できる者を増やそうと考えていた。
「実にすばらっ! なお考えで」
「……東源郷を得たことでどう動く?」
「東源郷の噂を妖怪達に流すこと、神社に学を学ばせる場を新たに設け、塾の再開、毛利の殿様だけでなく照継様の家臣団を作らねばなりません」
「商人との繋がりもそうです。今までは椎茸などの商品を卸す関係でしたが、娼館を通門前町として整備、商人を家臣に組み込むことで資金力を生み出す者を育てるというのはどうですかな?」
「ならもっと商人が食い付く様な餌がひつようだな」
「すばらです! 照継様! 流石私が仕えるに値すると売り込んだお方、我が子含めて支えますよ!」
「結局のところ田畑を耕さなければならないのは仕方がないか」
「鬼土の義兄は不満か?」
「おお、長兵衛じゃねえか。いやな、宮永様に俺達は解放して貰った恩があるが、鬼としての力を見せて欲しいと仰っていた。だが、こちらに来てフタを開けてみれば開墾や建築、農作業の日々……武芸の鍛練や餓えないように宮永様は支援してくださっているがなんともな」
「戦を好むは流石鬼ですな。しかし平和こそが一番ですし、餓えないというのは本当にありがたいことなのですよ」
「近江は豊かな土地だったから餓えとは無縁だったが、安芸はどうなのだ?」
「山だらけで田畑を広げられる土地が限られておりますからな。大内殿のおこぼれと宮永様が我ら草の者でもできる職が与えられたから良かったものの、今まで忍びは下賎の輩として賃金未払いは勿論、棒引きがほぼであり、危険度は高く、自前の田畑も少ない。農民として食っていけないから忍びをやっているからな」
「それは……大変だったな」
「最も最初は宮永様を暗殺しろという依頼から繋がりを得たからな。殺そうとした相手を抱え込める器はまさに名将にふさわしい」
「そうか、そうか。でも宮永様が毛利家での地位がここまで低いとは思っておらんかったな。馬廻り衆ではなく馬衆だとは」
「元々は足軽大将だったからな。馬衆は馬に乗れる事を許されておるから一応武士と名乗れるからな。雑兵から成り上がりとしては良いだろ。今では異界の主ぞ」
「常に暖かく、気候が安定し、作物もよく取れる豊かな土壌、山からはゴロゴロと鉄や鉱物が採掘できるからな。農神の米和姫、鍛冶の神の金屋子姫、それに国母イザナミ様の分霊である美命姫、3名が居るゆえの東源郷だからな」
「お陰で一家では食いきれん量の米や作物が収穫できるからな。この様な土地を与えてくれた宮永様は感謝しかござらんな~、そして美人な妻と鬼土の兄貴と出会えてから毎日が楽しくてしょうがない」
「俺の妹との子供を早く見せてくれよ」
「わかってますよ。兄貴の嫁さんも器量の良い方で」
「ああ、鬼の俺にも臆さず芯の通った女子よ。安芸国は良い女が沢山居るのぉ」
農作業の合間に下忍である長兵衛と鬼の鬼土は世間話に花を咲かせる。
そんな最中、照継はというと米和姫と話をしていた。
「この気候と豊かな土壌故に二期作が可能で、米余りが起こっているな。4公6民の北条式の税にしたことと、余った米を相場より安く買うことで私の収益となりましたが、作物の多様化も必要でしょうか」
「今米、大豆、麦、蕎麦と南蛮芋(薩摩芋)、里芋、コンニャク芋が主な作物だよね?」
「いくら異界といえど時間が経てば作物の疫病が流行ったりするかもしれないからね。今のうちに作物を多角化させて万が一に備えないと」
「あと野菜や食べられる茸、黄泉の国から持ってきたブドウ、桃と栗、柿、梅、椿を多く植えているけどなんで?」
「色々な食べ物を食べることで人は病気に強い肉体を手に入れられるし、椿からは油を取ることができるから。菜種からも取れるけどね」
「桃は薬の材料に、栗、柿、梅は加工することで日持ちする。果実だけど輸出できる物だよ」
「毛利家は自前の港があるわけでも主力となる作物があるわけでも無いから1つ1つ試すしかないからね。豆狸の鶴亀も仲間を呼んで酒造りを始めたし、輸出できる品を増やし、毛利家に還元しなければ」
「何より健康的な肉体を持てば強い兵士になれるからね」
「なるほど……」
「次は家畜も増やしたいねぇ、たんまり藁が取れるから餌には困らないし、次は鶏を増やすか」
照継がぬくぬく東源郷で内政したり、毛利領にイザナミより賜り物のブドウの育て方を広めたり、商人を家来にしたり、神社(東源神社)に塾を新たに開校したり、陰陽師の弟子達に塾の教材を作らせたり、妻達を孕ませたりし、度々元就が社に遊びに来て鬼達と戯れたりしながら大永元年(1521年)へとなる。
この時照継の妻の数は更に増えており、社で雇った巫女をそのまま手込めにしたり、繋がり深い商人の娘を側室にしたりで、人間8人、妖怪5人、神3人の妻(正室は美命)、子供の数は40名を超えていた。
大家族どころではない。
野球チーム4つ以上できる人数なので社の中は子供だらけであり、幼稚園みたくなっていた。
毛利領に住む人々からは鬼や妖怪だけでなく神をも従える英雄だが、色の部分が強すぎて呆れられていたが、完璧超人よりは人らしいところが有った方が人気が出るためか、参拝や奉納に訪れる人や氏子になりたがる人が増えていた。
ひとえに照継の農業指導や私塾により集めた人徳であった。
さて、そんなぬくぬくとした時間だったが、戦(プロレス)を定期的に宍戸とやっているくらいで、この時期は大きな戦も無く平穏な時間が過ぎていたが、元就は高橋家が毛利家に対して意見を言ってくることが多く、元就は高橋家の影響力を排除しようと画策し、実行。
高橋家の一部を調略、結果この年に高橋家当主であり毛利家当主幸松丸の祖父高橋久光を戦死させることに成功する。
家臣達を不自然に本陣が薄くなるように動かし、奇襲を受けて久光は亡くなった。
元就的にはこれで高橋家からの介入が減ると思ったのだが、家督を継いだ高橋久光の孫の高橋興光は毛利家から高橋家の影響力が無くなることを良しとせず、元就に長女を人質に差し出すように依頼した。
この時元就は後見人とはいえ毛利家の分家であり、その長女となれば人質の格は妥当であるのだが……元就にとって初めての子供を取られたことで元就は社で照継と将棋をしている際にこう呟いた。
「高橋家の影響力を削ぐことだけを考えていたが、考えが変わった。必ず高橋は滅ぼす」
元就の逆鱗に触れてしまったのだ。
以後表では仲良くしているが、腹の底で元就は高橋家を滅ぼす機会と計略、謀略を進めていくこととなる。
高橋久光が死んだことで安芸国人一揆一番の勢力が崩れたことで二大勢力(大内家と尼子家)の安芸国での争いが始まった。
元々両家は小競り合いが続いており、大きな武力衝突はなかったものの大内は京から山口館に戻り、国を留守にしていた間に噴出した問題をあらかた解決し、外に勢力を向ける余力が発生し、尼子も長男が亡くなった混乱から建て直し、安芸国への勢力拡大を行える力を持っていた。
先に動いたのは大内。
ただ安芸国ではなく行き先は北九州の少弐、大友連合軍の討伐であり、安芸の国人達は尼子経久が本気で攻めてくる前に臣従を宣言。
厳島神社のやや北にある武田家居城の銀山城周辺と別方向にある鏡山城の2ヶ所を境に大内勢力と尼子勢力がはっきり別れるのだった。
この尼子臣従の国人の中に毛利家も居たのだが、過去に元就に尼子を支えるように言ったのに対して鞍替えをしていたとはいえ、明確な臣従を約3年も決めかねた事を理由に『当主直々に尼子の先方として軍を率いて尼子の不信感を払拭せよ』との命令が尼子経久に命令されてしまう。
まだ9つの幸松丸を大将として戦わせろという命令であった。
毛利家家臣達は派閥を超えて絶句した。
当主の幸松丸は体が弱く、幸松丸の母親から幾度も容態を死を司る神であるイザナミの分霊の美命に死を遠ざける祈願をさせていたが、嘔吐や酷い頭痛、高熱を度々繰り返しており、とても戦に出れる状態ではなかった。
しかし、それを知っていてなお尼子経久は命令をした。
大永3年(1523年)6月
安芸に出陣していた尼子軍に毛利家は合流。
しかし、待っていたのは無慈悲な尼子経久の命令であった。
「当主をしっかり連れてきたのは評価するが、それにしても遅すぎる。故に不信いまだに晴れない。毛利は城2つを落とし俺の不信感を拭え」
命令された城とは片方は大内の安芸国統治の要である鏡山城、そして桜尾城(銀山城の南にある厳島に一番近い城)という無理難題であった。
鏡山城は堅城として名高く、桜尾城は元就が討ち取った武田家の領地を通過しなくてはならないためいつ暗殺されてもおかしくない場所である。
しかも毛利に用意できる兵は毛利と共に臣従をした国衆を含めても4000。
これで2つの城を落とすのは正攻法では無理。
故に元就は策を巡らせるのであった。
チート一族になりたくて 星野林 @yukkurireisa
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