パーティを追放されるというので脅してみた

七四六明

パーティを追放されるというので脅してみた

 突如ギルドに呼び出されたパドラは、五人の仲間達と対面する形で一人座っていた。

 冒険を共にするパーティを組んでから、かれこれ五年。様々な場所を冒険し、多くのダンジョンを攻略して来た大事な仲間だ。

 リーダーのクリスが誘ってくれた事が、パーティを組むきっかけになったのだが。

「パドラ。おまえ、悪いけどパーティを抜けてくれ」

 パーティを抜けろと言ったのも、クリスだった。

 思わず言葉を失っていると、後ろにいた重装兵のガトムが続けて来た。

「最近は俺達が入るダンジョンのレベルも上がって来た。戦闘に参加しないおまえは正直足手纏いなんだよ。パドラ。おまえはアイテムボックスを使っての荷物持ちがメイン。俺達にはもう、おまえはもう必要ないんだ」

「今装備してる武器だけで充分だしねぇ!」

 と続いたのは女戦士のリムだ。

 筋骨隆々とした体躯に、巨大な大剣を背負っている。ガトムと組んで、前方の敵を一挙に突破する前衛の戦士。

「あたしとガトムが正面を掃除してる間、クリスは司令塔を務めながら敵を討伐。ユミエが魔法で敵を一掃して、ソニアが弓で後方の敵を掃除しながら逃走経路ないし次の道を確保。どうだい? この五人で充分役割は決まってるんだ。あんたは要らないんだよ、パドラ」

「そう言う訳だ……パドラ。今までありがとう。そして、さようならだ」

 そう言って紙を手渡される。

 こんな日が来るとは思わなかった。まさか仲間の手から、パーティ離脱届を差し出されるだなんて。

 さっさとサインしろ。

 彼らの視線が、早くしろと訴えて来る。

「……本気、なんだね」

「あぁ、本気だ」

「そ、そっか……そっか……」

 差し出された紙を受け取り、サインして返す。

 サインを確認したクリスは強かに笑って、じゃあなと言い残して立ち上がろうとした――が、そこでパドラが一言。

「じゃあ、返すわ。全部」

「は?」

「は? じゃねぇよ。おまえらの装備だ何だ、全部返してやるって言ってんだ。ありがたく思えよ、クリス」

 クリスとガトム。そしてリムの頭上に現れる大きな箱。

 箱の底が開くと大量の装備やアイテムが落ちて来て、三人を圧し潰さんばかりの山を作り上げ、ギルドは騒然となった。

 目の前で埋もれていくかつての仲間達に対し、パドラは侮蔑の意を籠めた眼差しを下ろす。

「ぱ、パドラ! 何だこれは!」

「何だって、おまえらが揃えたアイテムだの装備だの薬草だの、これまで集めた全部だよ。知ってるだろ? 俺の固有スキルはアイテムボックス。物体の大きさを問わず、自由自在に収納出来る。おまえはこの力が欲しくて俺に接触して来たのを、忘れたのか?」

「だ、だが……何だこの量は――」

「自分達の荷物も把握してなかったのか? 大方、戦闘に合った武器と防具しか記憶にないんだろ。だからおまえはダメなんだ」

「な、何だと?」

「クリス。アイテムボックス欲しさに俺に声を掛けたのは正解だよ。慧眼だ。何せ俺のアイテムボックスは大きさだけじゃなく。だから、他のアイテムボックスじゃあここまで溜め込めなかっただろうさ。俺だから、五年分ものアイテムを溜め込む事が出来たんだ」

「パドラ!」

「パドラてめぇ!」

 アイテムの中から出て来たガトムとリムが、巨体を震わせながら襲い来る。

 だがガトムには火球が、リムには矢が放たれ、二人共途中で止められた。

 見ると、魔法使いのユミエと弓兵のソニアが、いつの間にかパドラの背後に立っている。

 これを見たクリスは、最初からパドラがパーティ追放の話を知っていて、予め二人を懐柔していたのかと勘繰ったが、そうでない事は、皮肉ながら五年も同じパーティを組んで来た者同士だからこそ理解出来た。

 ガトムが火球の熱で倒れている隣で、リムは足の甲に刺さった矢を引き抜く。

「あんたら! パドラに付くって言うのかい?!」

「私は、そもそもパドラの追放には反対だった! それを三人が多数決だって無理矢理決めて……!」

「私も、パドラの追放はおかしいと思うと、散々言って来たはず」

「何だ。てっきり全員の意見が一致してたのかと思った」

「そんなはずない……!」

「私達、パドラには何度も助けられた」

「どういう事だ! ユミエ、ソニア!」

 そう問われるクリスに対して向ける二人の目は、憐れみに満ちていた。

 今の問いかけは、自分達の問題に気付いてくれていなかった事に他ならないのだから。

「ユミエは魔法使いだ。魔法使いに、魔力は必須だろ? その魔力は、どうやって回復する。ポーションだな? なら、そのポーションは何処から出してる?」

「ユミエ……おまえ、まさか――」

「おまえら前線の体力馬鹿と違って、二人はスタミナが少ないんだ。手持ちのポーションだけで足りる訳ないだろ? 俺が随時補給してたんだよ。ソニアに関しては、弓矢の補給もしてた。おまえら前ばっかり見て、気付いてなかったんだろ」

 頷く二人に対して、クリスは何も返せない。

 起き上がったガトムもリムも、何も言えなかった。

 自分達もポーションは飲んでいたが、いつも手持ちで足りていた。だから後方の苦労なんて想像も出来ていなかった。

 ボックスから出されたアイテムの中には自分達の装備以外に大量のポーションと矢があったが、それも今知った。

 自分達がどれだけのアイテムを獲得したのかも、今知った。

 自分達が集めて来た五年分のアイテムが、山になるほどあるだなんて、今知った。それだけまだ持っていただなんて、全て、今知った。

「で、何だって? 荷物持ちは必要ない? 今ある装備で充分? どの口が言ってんだ。ユミエもソニアも、俺がいないと回らないんだ。そんな事も知らないで、よく俺が不要なんて言えたな」

「パドラが抜けるなら、私も抜ける。パドラがいなかったら、私はもういなかった」

「私達の事なんて、全く考えてなかったんだもんね! 私も抜ける!」

「ま、待ってくれ! 二人が抜ける事はない! そんなに言うなら、パドラの離脱は白紙に――」

「悪いけど、もうサインしちゃったから。そんでもって提出して来るから。おまえらの発言に、俺ももう見限っちゃったから。体力馬鹿三人で馬鹿みたいな荷物持って頑張ってね。あぁ大丈夫、ポーションと弓矢は回収してくから。装備とか全部売れば金にはなると思うけど、ダンジョンの攻略は諦めた方が良いと思うな俺は。そんなわけで、じゃ」

「待てと言ってるだろ!」

 伸ばされる手を払い除け、みぞおちに一撃。

 うずくまり、その場で嘔吐するクリスに、差し伸べる手は無い。

「真正面からやり合ったら確かに勝ち目ないかもだけどさ。俺だってずっとついて来たんだ。不意打ちで一撃入れるくらい訳ないから」

 パーティに誘ってくれた時は、嬉しかった。

 五年の旅路も、楽しかった。それは事実だ。

 だけど、彼は結局自分の能力だけが目当てで、自分がまともに戦闘に参加しないと知ると見限って、荷物の多さに気が引けると呼び戻そうとして、本当に都合が良過ぎる。

 結局五年も付き合って、彼は自分を見てくれていなかった。自分をただの荷物持ち――もしくは、荷物を入れる箱としてしか見てくれていなかった。

 だからこうもあっけなく、ゴミ箱に捨てるかの如く切り捨てようとした。

 だからこうして、自分が捨てられる事を考えられていなかった。

 自分達の事で頭がいっぱいで、自分達の事しか頭に無くて、自分達の事しか考えられない。それこそ、箱一個分の要領しか入らない頭と視野に、パドラという人間は入っていなかったのだ。

 寂しかったが、仕方がない。

 そんな人間と、付き合ってはいられない。

「パドラ!」

 追って来たのは、ユミエとソニアだった。

 三人の姿はない事を確認して、パドラはアイテムボックスの中から五年分の年季が入ったズタ袋を取り出して、更にその中からダンジョンで拾っていったほんのわずかな隠し財産へそくり――基、困った時の軍資金用にと貯めていた宝石を取り出した。

「これから一人で酔いつぶれる気でいたんだけど……二人も、付き合ってくれる?」

「とことん付き合いましょう! 私も、たった今パーティを抜けて来たから!」

「私も。パドラと一緒に行く」

「……そっか。ありがとう」

 クリスらと対峙した時とは、豪い違い。

 だが、これがいつものパドラだ。いつものパドラに戻ってくれたことに、二人は安堵した。

「そういや、アイテムボックスに獣肉があったな……あれも回収しておけばよかった」

「いいわよ、あんなの。そこのお店で、もっといいもの食べましょう?」

「あの肉はまだ解毒してなかったから……三人は、いつもパドラが解毒してたのも知らないはず。いっその事、やけ食いしてお腹を壊せばいい」

「ははっ、そうだね。そうしよう」

 井の中の蛙――いや、箱庭のクリス、己が箱を知らず。と言ったところか。

 彼は自分の能力だけを見て、自分自身を見てくれていなかった。前線の二人も、ただの荷物持ち。荷物を入れる、箱としてしか見ていなかった。

 けれど、二人のようにわかってくれる人もいる。

 自分を箱としてではなく、一人の冒険者として見てくれる人もいる。

 今度は、そういう人とパーティを組もう。

 今度はそう言う人のために、この能力はこを使おう。この二人のような人のために、自分の力を使おう。

 自分のちからは、そのためにあるのだから。

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