第7話
波路を殺め、絶望の淵に立たされた烝を救ったのは画家でした。
幸いにも……、といいますと大変語弊はありますが、長らく座敷牢で生活していたため、波路の死の隠蔽など造作もなく。
けれど、波路の死の隠蔽と引き換えに烝は書生を辞め、郷里へ戻れと言い渡されました。そして、帰郷するやいなや、烝に縁談話が舞い込みます。
忌まわしい記憶と化した波路を一日でも早く忘れしまいたい。その一心で烝は二つ返事で縁談を受ける決意をしました。開いたままだった欲望の箱も、蓋を勢いよく閉ざし、厳重な鍵を幾重にもかけます。二度と開かないようにと。
縁談はとんとん拍子に進んでいきます。
新妻は大層気立てが良く働き者、なにより清楚で可憐な娘でしたので、またたく間に近所でも評判のおしどり夫婦と呼ばれるようになりました。
やがて夫婦の間に子ができ、十月十日ののち、元気な赤子が生まれ──……
自宅の離れから産婆と共に手伝いに来た女たちの悲鳴が、泣きじゃくる赤子の声も掻き消していきます。我が子の誕生を今か今かと、母屋で他の男衆と待ちわびていた烝は即座に立ち上がりました。
出産現場は男子禁制。けれども、あまりにも騒然とし過ぎていては出産直後の妻や生まれたばかりの我が子に障るかもしれない。顰蹙を買い、産婆や女性たちの叱責覚悟で離れへと烝は向かいます。
女たちが集まる部屋の襖を開け、何事かと問おうとして烝は絶句してしまいました。
その部屋に集う女たちの顔は誰もが恐怖で歪み、混乱によって号泣しているのです。
慌てて布団に横たわり、先程大仕事を終えたばかりの妻に視線を巡らせれば、妻もまた、絶望した顔で泣きじゃくっています。
一体何が?問おうにも、まともに答えられそうな者はいません。
どうしたものか。頭を掻き悩んでいると、裸の状態で畳に放置された我が子の姿が。
何てことを!産婆に食ってかかりかけ、改めて我が子をよく見た瞬間、烝はひゅっと息を飲みました。
いくら赤ん坊といっても、我が子の肌は人とは思えぬ朱赤に染まり、四肢が頭や胴体に対し、異常に短かったのです。更に注目すべきは、異常に膨れ上がった胴体は獲物を丸飲みした直後の蛇……、いいえ、違います。
自然と身体は震え、歯がかちかちと絶え間なく鳴ります。
あれはそう。波路が飼っていたランチュウだ。
あの、素赤のランチュウとよく似ているんだ、と。
【KAC20243】欲望の箱 青月クロエ @seigetsu_chloe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます