第7話 『修学旅行監視任務 上』

 ポラロイドカメラのファインダーから白い砂浜がのぞく。背中を向けていた少女の長い黒髪が風にあおられ、白いうなじと背があらわになる。


 少し背伸びしたデザインの白い水着がよく似合っていた。太陽を眩しそうに手で庇をつくる少女がカメラに気づいて振り返る。


「はい、チーズ」

「・・・ちょっと、撮ってるの?」


 振り返った彩芽が胡乱な目をしてカメラを睨む。


「おっ、良いね良いね、その顔めっちゃセクシーだよっ!」

「・・・何それ」

「カメラマンごっこ」


 カメラを取り上げようとする彩芽の手を、朋美はカメラを持ち上げて避ける。


「へへっ、セクシーショットはわたしのもんだっ」

「くっ、このっ」


 中学までバレー部だった朋美は彩芽よりも身長が高かった。美少女が届かない高さに一生懸命手を伸ばそうとしている姿に謎の多幸感を感じる。


「くぬっ、くぬっ」

「あははははっ」


 ぴょんぴょん跳んで伸ばされる手をジャンプして避けた。中学レベルとは言え、現役の頃はそこそこの強豪校で前衛を務めていたのだ。平均的な伸長の彩芽では届く筈もない。


「ほ~れほれ、ほーれっ」

「こっのっ、渡しなさいっ!・・・あっ」


 二人して砂浜にこける。仰向けになった朋美の胸に顔を埋める様に彩芽が倒れてきた。


「いたた」


 そう呟く彩芽を睨む。


「・・・それ、わたしがまな板だって言いたいのかな?」

「いや、そうじゃなくて・・・ってかごめん、今どく」


 砂浜だからか、背中や尻に比べればぶつかってきた彩芽の頭の方が痛かったの確かだが。贅肉の薄い身体つき、朋美は自身のAカップに手をあてながら自身に跨った姿勢で身体を起こす彩芽を見上げた。


(うぉ)


 引き締まった躍動的な肉体美をしていた。薄く腹筋すら浮いていて、しかし、胸元や腰回りは実に女性的な美しい曲線を描いていた。


 同性の朋美でも思わず生唾を飲み込む程だった。


 いやらしさが出ない様に、いや、むしろ態と助平っぽく手をワキワキさせて、「えいっ」と腹筋に触れた。


「かっ、硬っ!」

「ちょっとぉ・・・って、朋美」


 彩芽の指先が朋美の腹に向かう。臍の横辺りの肉を摘まんだ。慎ましい胸と同程度には豊かに実ったそれを見て呆れた様に言った。


「・・・お風呂の時も思ったけど」

「あっ、分かってるってっ、言わなっ・・・」

「太ったわよね。ちょっと痩せた方が良いんじゃない?」

「むむっ!むっ、むっ!」


 さほど繊細とは言えない乙女心を切り刻むその一言、変な動物の鳴き声の様な声しか出てこない。ようやく「むきぃーっ」と返して彩芽を砂浜に押し倒すと脇腹に手を差し込む。


「あはははっ、ちょっとっ、あたしそこ弱いんだってっ!!」

「デリカシーって言葉を教えてやるっ!わたしにウェイトで勝てると思うなよっ!」


※※※


『デリカシーって言葉を教えてやるっ!わたしにウェイトで勝てると思うなよっ!』

「あはは、あの娘面白いですね」


 運転席でカップラーメンを啜りながらオーグサが笑った。スピーカーから少女二人がじゃれる声が聞こえてくる。ソーヤはコンビニで買ったおにぎりを頬張り曖昧に返す。


「親友って良いポジションですよね。一緒にいても怪しまれないですし、こんな、こそこそする必要もなさそうです」

「・・・・・そうだナ」


 コーラでおにぎりを流し込んで答える。きつい炭酸も容赦なく入った砂糖も随分と久し振りの様に思えた。未来では嗜好品と言ったら紅茶とコーヒーくらいしか残っていなかったし、現代に戻ってからも外では水くらいしか買っていなかった。


「俺が彼女と友達にでもなれれば良かったんだガ」

「いやぁ、あれは無理でしょ」 


 オーグサが車内に味噌にんにくの香りを充満させながら笑った。


「ソーヤさんのこと滅茶苦茶警戒してんじゃないですか。何やったらあそこまで嫌われるんですか?」


 別に何もしていない。ちょっと付きまとって、訝しんだ瞳を殺意を込めて向けていただけだ。


 ソーヤ達、浅浦高校の生徒は修学旅行で沖縄を訪れていた。一日目の博物館見学を終えて二日目、班に別れて自由行動となった為、別の便で現地入りしていたオーグサと合流したのだ。


「抜け出してきて大丈夫なんですか?」

「俺の班はみんな好き勝手やってるラ」


 他のクラスの友人や、部活の仲間と合流したりする様だった。それこそ、関係性が拗れていなければ、美人な転校生をとりまく同級生Aとして近づく事も可能だったかも知れない。実際に白瀬彩芽の周りにも他のクラスから合流してきた者達が男女ともにいて、盗聴した会話によれば夜は那覇市内のレストランでビュッフェを楽しむらしい。


「・・・ソーヤさん、もしかしてお友達いないんですか?」


 オーグサを見る。本気で心配している様な、憐んでいる様な表情だった。


(・・・たぶん、こいつも友達とかいないんだろうな)


 無自覚に人を苛つかせるデリカシー皆無な発言、ダッチは信用できると太鼓判を押したが、本当に大丈夫なのか不安になってくる。


「・・・良いこと思いついタ。お前が制服着て尾行しろヨ」

「えっ」

「お前、童顔だしいけるだロ」


 本人の申告によれば年齢は二十歳らしいが、小柄で背も低く童顔で、制服を着せてしまえば女子高生と言っても通じそうだった。


「いやっ、えっ、マジじゃないですよね・・・って、あっ!」

「なんだ?どうかしたのカ?」

「どっ、どっ、どっ、どうしましょうっ、こっち来てますっ!」


 覗いて見ると、ビーチから上がった彩芽達が同級生らと談笑しながら近づいてきていた。目的は恐らくシャワールームか。


 車道を挟んだ向かい側、ソーヤ達が車を止めているすぐ側にトイレと併設されたシャワールームが並んでいた。


「・・・なんでこんなとこに停めたんダ」

「だっ、だってっ、トイレ行きたくなったら困るじゃないですかっ!」

「良いから落ち着けって、寝たふりでもしとけば・・・」


 しかし、オーグサは「どうしましょ、どうしましょ」とワタワタとして落ち着かなかった。ダッチの言葉が脳裏に浮かぶ。


“彼女は信用できる。嘘はつけないが・・・”


(・・・この手の任務でそれは、致命的じゃないか・・・いや)


 考えてみればソーヤ自身も彩芽を睨み続けて嫌われているのだから同じ穴のムジナかも知れない。


 そう思うと彼女の焦りがソーヤにまで伝播してくる。


「おっ、おいっ、もうそこまで来てるんだぞっ、そんなんじゃ目立ってっ・・・」

「はわわっ、はわわわわっ」


 彩芽達はすぐそこまで来ていた。


 オーグサはまだ良いだろう。直接の面識がないのだから、ただの挙動不審な人物で済むだろうが、ソーヤはそうもいかない。


 どんな反応が返ってくるか分からない。偶然を装えるか?隣の人は誰と聞かれて何と答える?他の班の人達はどうしたの?ここで何してるの?


「ッ・・・・・オーグサっ!」

「はわわわっ・・・・は、はいっ!?」


 ソーヤはオーグサの胸ぐらを掴むと強引に引き寄せた。抱きとめ、背中に手を回すと唇を重ねる。


「大人しくしロ」


 ピキーンッと固まるオーグサを影になる様に動かして、髪の毛の簾越しに彩芽達は楽しそうに会話して近づいてくるのを見た。


 あやす様に背を撫でながら、侵入させた舌でオーグサの縮こまったそれを弄んでいると、「ん゛っ」と鼻にかかった甲高い声をあげて、くたりと力が抜ける。


 彩芽達はソーヤ達の車内で繰り広げられる光景に一瞬固まると、さっと目を背けてそばをそそくさと通り抜けていく。


(・・・しのいだか)


 オーグサを運転席に放り投げて彩芽達の後ろ姿を見送るが、戻ってくる様子はなかった。


「おい、行ったぞ。車出せ」

「あ・・・あひ」


 呆けた様子で話を聞いていなかった。


『茶番は終わった様だな』


 後部座席から電子音声が響く。のそりを座席に手をかけてネオが顔を見せる。


『那覇市内に向かえ。ここはもう良い』

「分かっタ・・・って、何か不機嫌?」


 ネオはぐるぐると唸り声を上げていた。


『・・・この身体は毎日十キロのランニングが必須でな。最近は忙しくて走れていないから落ち着かないんだ』

「ふぅん。そもそも何で犬?あんたも未来の記憶を持ってるんだよナ?元々犬なのカ?」


 ここ数日抱いていた疑問をぶつける。ダッチや他の面々も、シェパードにしか見えないネオに下にも置かない態度で接している。機嫌の良し悪しがすぐに尻尾にあらわれたり、食べ物を前にすると滝の様に涎を流し始めたりと犬そのものな部分も多かった。


『そんな訳あるか。仕方なくこんな姿をしているだけだ』


 詳しく聞こうとしても、言葉少なに返して理由を語ろうとはしなかった。指揮も判断も正確で間違いない様なので、特に問題は生じていなかったが。


『それよりもオーグサ、そろそろ車を動かせ・・・・ん?』


 口をポカンとあけたオーグサは焦点の定まらない目で虚空を眺め、顔は赤く紅潮していた。明るい色のジーンズは股間の辺りを中心にぐっしょりと濡れている。


 ネオと目を見合わせる。


「おい、どうするんだよ。これレンタカーだぞ」

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女王陛下のセラフィエル ー連合宇宙軍大尉ソーヤ・サクライの護衛レポートー @kakeohayadori

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