パンドラの箱
和辻義一
住所地番は正しく記載しましょう
正月早々、全く心当たりのない宅配便を受け取った。
送り主の欄には、会ったこともない女性の名前が。受取人も同じ。だが、住所地番は確かに我が家のそれだ。品名の欄には「書籍」とあった。
箱の外見は、まことに素っ気ないものだった。無地のダンボール箱を、がっちりとガムテープで留めてある。天面には女性のものらしい綺麗な字で「勝手に開けるな!」とだけ書かれていた――伝票の字と筆跡が違うように見えるのが、少し気になるが。
まったくもって、訳が分からない。どう考えても、送り主が住所を書き間違えたのだろう。
その一方で、明らかに表札とは違う送り主、受け取り主の名前であるにもかかわらず、置き配で我が家の玄関先にこの箱を置いていった宅配便の担当者にも問題があるのではないかとも思ったが。
まあ、あれこれ言っていても仕方が無いので、とりあえず封を開けてみる。箱の天面の注意書きは無視無視。
しかし、すぐに自分の軽率な行動を後悔する羽目になった。
箱の中身を見て驚いた。いわゆる同人誌という奴が、ぎっしりと詰まっていた。どうりで大きさの割には、ずしりと重かったわけだ。
しかも、何だ……中身のどれもこれもが、いわゆる「ボーイズラブ」という題材のものだ。学園ものから時代劇もの、何かのアニメを題材にしたもの、動物を擬人化したものなど、数え上げればきりが無い。BLの博覧会が出来るんじゃないか?
嬉しくねぇ、こんなもの送られても嬉しくねぇ。送り主はどこの誰かも分からんが、そいつの性癖オンパレードじゃねーか――たぶんこれ、コミケ帰りに戦利品を持ち帰るのも大変だから、宅配便で自宅へ送ったってパターンだろ。
だが、箱の一番底の方から出てきた一冊だけは、他の同人誌とは異なっていた。ゲームか何かを題材にした、男女の恋愛もの。ここまで延々とメンタルにくるものを見せられ続けてきた中で、こいつだけが唯一まともなもの、一服の清涼剤に見えた。
「あらゆる“腐”の感情が飛び出した後、最後に“希望”が出てくる、ってか……まるでパンドラの箱だな、おい」
つい独り言を言ってしまった中、再びダンボール箱に貼られていた伝票を見て気付いた――この伝票に書かれている電話番号に電話をすれば、本来の送り主あるいは受け取り主に連絡がついたんじゃねーのか?
それに、書き間違えの住所地番は、俺が住んでいるマンションのそれだから――おそらくは、同じマンションに住んでいる似た部屋番号の誰かが、こいつの本当の受取人に違いない。
既に開封してしまったパンドラの箱とその中身を前に、俺は頭を抱えるしか無かった。どーすんだよ、これ?
パンドラの箱 和辻義一 @super_zero
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