【KAC20243】ミスリルの小箱

涼月

ミスリルの小箱

 ギルドの受付嬢ミラの隣に座って、やって来る冒険者達を退屈そうに眺めていたリシェルは、今日、百回目のため息をついた。


「はぁ~」

「リシェルさん、そんなにみんなのことが心配ですか?」

「違う。みんなのことなんか心配していないわ」

「はいはい、そう言うことにしておいてあげます」


 可愛くて人気があるけれど、荒くれ者達のあしらいに長けているミラちゃんは、そういって軽く受け流すのもお手の物だ。


 そうよ。みんなの心配なんかしていない。だって、パーティーリーダーの勇者ルイスは勇気も瞬発力もあるし、タンクのラルクは強靭な身体と精神の持ち主。神父のトールは冷静な分析眼でいつも危険を未然に防いでくれるし、聖女のアリアはどんな傷だってあっと言う間に癒やしてくれる。

 そう、『解錠』なんていう中途半端な魔力しか持ってない魔法使いの私は、お荷物になってしまうことのほうが多いんだよね。しょぼい戦闘魔力しか無いから自分の身すら守りきれないし。


「はぁ~」

 本日、百一回目のため息と共に不安を吐露する。


「やっぱり、これってフラグだよね」

「なんのですか?」

「パーティーから追い出される。首ってこと」

「え!? 今回の遠征に置いていかれたからですか?」


 ウンウンと頷く私に、ミラ嬢が何かを言いかけて止めるを二回ほど繰り返す。


 ミラちゃんはやっぱり優しいな。きっと、必死で慰めの言葉を考えているに違いない。


 その時だった。血まみれドロドロの男が、受付の前で跪き大声でプロポーズしてきたのは。


「リシェル、俺と結婚してくれ!」


「は、あぁ~?」


 今、リシェルって言ったよね!? ミラじゃなくて。


 エルフの私にプロポーズしてくるなんざ、どこの物好きだろうか。

 

 そのご尊顔をよーく見てやろうと思ってドロドロ男に目をやれば、ちょうど今思い出していた顔。パーティーリーダーのルイスだった。


「え!? ルイス? 首じゃなくて結婚って!?」


 彼は嬉しそうにニカっと笑うと、「ほいっ」と言って小さな小箱を差し出した。隣のミラが「キャー、プロポーズ」と色めきだっている。


 いやいや、そんなことより······


「ルイス、血だらけ。怪我は大丈夫?」

「ああ、もちろん。アリアに治してもらってるから完璧!」


 ああ、そうだった。私が居なくても、このパーティーはなんの問題も無かったんだ。


「おい、リシェル! よく見ろよ、目の前の箱をさ」


 自己嫌悪のループにハマりかけていた私は、そう言われて初めて眼前の箱に目をやった。大きなルイスの手の平にスポッと収まってしまうくらいの小さな箱。でも、きらきらと美しく反射を繰り返す銀色のそれは、きっとミスリルで作られているのだろう。今では残り少なくなってしまったドワーフの匠の手でのみ精製される金属。

 そこに懐かしい紋様を見つけて、私は大きく目を見開いた。


「ルイス、これを何処で?」

「ディアボロダンジョンさ」

「!」


 ディアボロダンジョン。そこは奥深く魔物の数も桁違いで、この二百年、誰も攻略できなかった難攻不落のダンジョン。

 

 そして―――


 私の故郷。


 二百年前、森の中に突如現れたディアボロダンジョンは、私が生まれ育ったエルフの郷、ピレア村を巻き込んであっという間に膨れ上がった。私は丁度師匠と共に修行の旅に出ていたので難を逃れたが、両親も兄弟も友人も、たくさんの親しい人が巻き込まれて亡くなってしまった。


 悲しくて、淋しくて、悔しくて。

 私も一緒に死んでしまえば良かったのに。何度もそう思った。

 でも、自死を選べないエルフの掟が私をこうして生きながらえさせている。


 ああ、だから······


「お前の故郷があった所だってな。だから連れていけなかった。ごめんな」


 ふるふると顔を横に降って素直に賞賛する。


「あそこの攻略は難しかったでしょ。でも、それを成し遂げたなんて、みんな凄いよ。これは王都で表彰ものだね」


「まあな、噂通り、すげえ大変なダンジョンだったぜ。でも、何かわからないんだけどさ、奥の方から呼ばれている気がしたんだよな。それが俺達に力をくれたっていうか、魔物の力を弱めてくれたみたいな感じで、最奥に辿り着いたらこれがなんの結界も無くポンって置かれていたんだよ」


 そうだったんだね。セイシェル、貴方がみんなを助けてくれたんだね。


 私は、ルイスからミスリルの小箱を受け取るとそうっと抱え込んでキスした。


「やっぱり······リシェルに縁のある品か?」


 ルイスが私の気持ちを慮るように優しく尋ねてくれた。


「うん、この紋様はピレア村の証。当時はこの紋様で産地がわかるようになっていたから。で、ここに刻まれているのは私達の文字。アルミナ文字」


「なんて書いてあるの?」


 ミラもルイスも興味津々で目を輝かせる。


「セイシェルからリシェルへ。つまり、これは大好きな親友のセイシェルが、私に遺してくれた最後の贈り物ってこと」


「最後の······そんな」

「そうだったんだ。ああ、だから、俺達を導いてくれたんだな」


 二人の瞳が一気に悲しそうになる。私は慌てて明るい声をあげた。


「と言っても、もう二百年も前のことだからね。私は大丈夫。さ、開けるよ」


 ミスリルの小箱に手を翳し、鍛え上げた唯一の能力『解錠』で難なく開けて見せる。中にはまん丸な緑の種がギッシリと詰め込まれていた。


「これは何の種?」


 ミラの問いに直ぐに答えられない。胸が一杯で切なくて、でも誇らしくて。


 セイシェル、全くあんたってどこまでいい子なのよ!


 押し迫るダンジョンの脅威に飲み込まれる瞬間、あなたがやったことは未来へ貴重な種を守り届ける事だったのね―――


 セイシェルはいつも一緒に魔法の練習をしていた幼馴染。

 彼女は私と違って『緑の手』という魔法力を持っていた。

 色んな植物の研究をしていて、綺麗な花畑を作ってみんなを喜ばせたり、品種改良のようなこともやっていたんだよね。痩せた土地でもよく育って栄養価の高い植物を作るんだって、いつも言っていた。

 優しくて温かくて······強い信念も持っていて。大好きだった友達。


 「名前はわからない。でも多分、痩せた土地でもよく育って、採れた穀物には栄養が一杯で。そんな植物の種だと思う」


 セイシェル、あなたは自分の身の安全よりも種を残すことを選んだんだね。魔力とミスリルで守られた種が、こうして無事後世へ届けられたことに感動して、溢れる涙が止められなくなってしまった。


 ミラが背を、ルイスが頭を優しく撫で続けてくれた。


「お前の友人って、凄いやつだな。そんな食物があったら、貧しい人達も飢え死にしないですむかもしれない。助けられる人も増えるだろうな」


 ルイスの心からの賛辞に少しだけ気持ちが救われたけれど、直ぐに自分の不甲斐なさを思い出す。


「でも、私には『緑の手』の魔法力は無いから、活かしてあげられない······」

「別に、魔力がなけりゃ地道に撒いて育てるまでさ」

「え、そんな簡単に言うけど」

「俺は元々、貧しい農村の生まれなんだよ。だから勇者より農作業のほうがちっこい頃からやっていて慣れているんだぜ」


 ルイスがまた、ニカっと笑う。


「でも、多分ルイスは今回の働きで男爵の称号を得るよ。そうしたら王都で屋敷も構えられるし贅沢三昧の日々が待っているはず」

「あー、俺に王都のしちめんどくせー貴族の社交界生活が務まると思うか?」


「いや、それは」

「想像がつきませんね」


 横からミラちゃんがはっきりと言う。案外毒舌。でもそれがまた可愛いんだけど。


「さっきのプロポーズは本気だぜ」 

「え?」

「だーかーらー、リシェル、俺と結婚してくれ。んでもって、故郷に帰って一緒にこの種育てようぜ」 


 そんな、こと······


「でも、みんなはパーティー解散するの反対だと思うよ」

「いいや。もうみんなには話した。みんな納得しているし、祝福してくれている」

「祝福って、何勝手に結婚することになってるのよ」

「嫌いか? リシェルは俺のこと?」


 そんな真っ直ぐな瞳で見られたら、心臓がバクバクいっちゃうよ。


「嫌じゃないよ。寧ろいい奴だなって、仲間思いで優しいし、いざとなると勇気があって強いし」

「おお、すげー嬉しい!」

「でーも!」


 敢えて大きな声で否定する。


「それと結婚は別。私は誰とも結婚しないよ」

「······それは、寿命が違うからか?」


 コクリと頷いた。私はまだまだ後何百年も生きる。でも、ルイスは後どんなに長生きしてくれても百年は届かないだろう。

 今までも多くの人を見送ってきているから分かる。近ければ近いほど、失った時のダメージが大きいことを。だから無意識のうちに、程よい距離を取り続けてきたことを。


 それを今更変えろって言われても、怖くて出来ないんだよ。


「自分勝手な言い草だけどさ、俺は短い間でもいいからお前と楽しく暮らせたらいいなって思っている。人間なんてものはエルフに比べたらほんの一瞬の人生だけどさ、そんな中にも楽しいことも苦しいことも悲しいこともあるからさ、俺は永遠の幸せなんてものは眉唾だって思っているんだよ。でもさ、一時でも楽しい思い出があれば、まあ、生きていて良かったなって思えるから」


 そう言ってまた、私の大好きな笑顔を見せてくれた。


「リシェル、訪れる悲しみを恐れて幸せになることを避けるっていうのは、本末転倒だと思うぜ」


「もう、言いたい放題言ってくれるじゃないのよ」


 口では文句を言いつつも、私の心は少しずつ軽くなってゆく。


 そうだね。私、いつの間にか臆病になっていたんだね―――


「私、料理下手だって知っているよね」

「もちろん」

「掃除魔法も洗濯魔法も失敗する確率高いよ」

「知ってる」

「それに」


 言いかけた口元はルイスの節くれだった人差し指に塞がれた。


「そんなことよりさ、二人でこの種育てて、貧しい地域へ配ろうぜ」


 迷いのない真っ直ぐな眼差し。


 ああ、そうか! 

 だから、セイシェルはダンジョンで彼を助けたんだね。


 立ち止まっている場合じゃないよ、リシェル!

 

 そう、背中を押された気がした。


 

           fin.


 

 


 


 


 

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【KAC20243】ミスリルの小箱 涼月 @piyotama

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