KAC20243 授業で作った箱

戌井てと

第1話

 黒板に書かれたテーマ、箱。


「ねぇ、どんなのを作るの?」

「さぁ……、そっちは?」

「可愛いのを作ろうと思ってる」

「ふーん」


 先生が配ったのは紙粘土。そこから自由に、思う箱を作りなさいという美術の授業。


 プリントが配られて、問題を解きなさいのほうが、やりやすい。

 誰もが知ってる箱なのに、完成はたぶん、人の数だけ答えがある。




 作った箱は、教室の後ろのロッカーに並べることとなった。

 それを知ってたら、無難なものを作ったのに。


「え、なにこれ。開けられる。ていうか、開けられるだけ?」

「箱って、中に入れられるだろ。だからそうしただけ、深い意味はない」

「お店に売られてる紙粘土の量からして、このデザインだと余ったんじゃない?」

「余った。指輪が入ってる箱を参考にして、重厚感出すのに厚くして、表面を触りやすくすることを考えた」

「両手じゃないと持てない大きさの指輪の箱ね。良いじゃん」


 授業中、可愛いのを作ると言っていた。


「バレンタインの時期に売ってそうな箱だな」


 薄い色のピンク、リボンが結ばれてある。授業で配られたものじゃないから、探してきて付けたんだろう。

 他の人も、何か付けてる。


「ちなみにこれ、開けられて、中にもいろいろあるんだよ。見たい?」


 あっちの箱は、ゲームに出てくる宝箱。中身が出てる。

 そっちの箱は、救急箱。となりは裁縫道具が入ってそうな箱で、四角い……キューブ? 箱の形ではあるのか。


 箱が開けられそうになるのを止めた。


「何で止めるの? あたしはバレンタインの箱を作ったとは言ってないよ?」

「そうだけど、可愛く作ってるのは、そう見せたいと思ってるから。そういう相手がいるってことなんだろ?」

「えー、なに。気になんの?」

「その人の考えてることが形に出てるんだと思ったら、知るのが怖いっていうか、それだけ」


「そっか、わかった」そう言うと、開きかけていたのを閉じた。




 ハートの装飾の多さ、どう考えてもバレンタインのことしか浮かんでこなくて、箱の中を知るのが怖かった。

 今その箱は、娘のおもちゃになっている。怖くて開けられなかった箱の中は、たくさんのハートしかなかった。

 小さなハートを見つけては、俺が作った箱にせっせと入れている。

 なんだか捨てる気にならなかった、紙粘土で作った箱。未だに持っているとは思っていなくて、連絡が来たから行ってみた同窓会で中学の話が上がり、作った箱の話題へ移る。

 その時考えていたことを笑って聞いたり、真剣さに驚きもした。


「ただいま〜、また遊んでるの? 好きだね〜」

「お帰り」

「どうして指輪の箱だったんだろうね〜?」


 君は娘を抱っこして、娘を見ながら言った。


「形にしやすかった。それだけだ」

「ふーん?」

「本物は小さいけど、いろいろ詰められてるだろ? 思いが」

「そうだね」

「中学だったとき、まわりを見て何かになりたいと思った。けど何にも出てこなかった」


 小さいのに、輝いてるあの箱。光る何かが欲しかったんだと今なら思う。


「ねぇ、今なら何作る?」

「入れ物ってテーマなら、作れそう」

「へぇ、なに。どんな?」

「仕事で使うパソコンとか、家とか?」

「あ〜確かに、あたしも鍋にするかも」


 ずいぶんと現実的になったもんだね、と顔を合わせて笑った。


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