本編
「この伝承は今も伝えられています」
夏、ある寺では毎年恒例の地元ならではの怖い伝承が聴けるイベントがあった。
「本当にあるのかな?その首塚」
神崎淳(25)は会社の夏季休暇を利用して元同僚の佐伯旬(25)の地元に遊びに来ていた。
今日はたまたまこのイベントがあることを旬から聞き、興味本位で参加した。
「俺、知ってるぜ。ガキの頃から聞かされていたからな。許可がないと上陸出来ない島なんだ」
旬は観客に配慮して、ひっそりと淳に話した。
「なあ、今夜行ってみないか?その島」
淳は驚いた顔で旬を見た。
「許可なく入れない島なんだろ?どうやって行くんだ?」
旬はにやりと笑いながら「任せろ」と呟いた。
「本日はご清聴ありがとうございました」
話込んでいるといつの間にか講演会は終わっていた。
「先程もお伝えしましたが、絶対に島に許可なく立ち入らないで下さい。いいですね?では、各自退席して下さい」
司会者のお坊さんが観客に伝えると、ぞろぞろと退席して行った。
「早速、出発する準備をしよう」
旬は立ち上がると、淳と共に寺を後にした。
深夜1時、一台の水上バイクがとある小島に停留していた。
「ここが首塚がある島だ」
旬は仁王立ちして、島を見上げた。
「小さい島だな」
淳は懐中電灯を照らし、島を見渡した。
「よし、行くぞ」
2人は目の前にある石の階段を昇って行った。
「着いた、ここだ」
階段を昇るとすぐに首塚が見えた。
「これが、首塚...」
懐中電灯で照らすと、小さな石碑があった。
その石碑の下には水が入った小さな湯飲みと榊が飾られていた。
嫌な予感がする、淳は直感でそう思った。
「なあ、もう帰らないか?何か嫌な予感がする...」
「気のせいだって。試してみようぜ!」
旬は触ると祟りが起こると言う首塚を2回叩いた。
「止めろって!」
「なーんにも起こんないな。お前も触ってみろよ」
旬は淳に勧めると、恐る恐る首塚に触れた。
「な?何にもない。ただの迷信だって」
旬は笑いながら首塚をもう一度叩いた。
「さて、帰るか」
2人は帰ろうと首塚から手を離した時だった。
突然、どこからか声が聞こえた。
「何か言ったか?」
旬は淳に問いかけると、首を横に振った。
「誰かいるのか?出てこいよ!」
旬は叫ぶと、その声はぴたりと止んだ。
「...気のせいか」
2人は立ち去ろうとした時、周りから低い唸り声が近くで聞こえた。
「おい、ふざけるな!出てこいよ!」
旬は怒鳴った。
「なあ、旬。これ、おかしいよ。俺達、怒らせたんだよ...」
淳は震えながら辺りを見回した。
「くそっ、帰るぞ!」
旬はその場を立ち去ろうとした時だった。
「待て」
振り向くと、目の前に兜を被った生首がこちらを睨んでいた。
「うわあああ!」
旬はその場で尻餅を着き、淳は腰が抜けた状態で首塚にすがった。
「ごめんなさい、許して下さい!」
淳はボロボロ泣きながら謝った。
すると、背後にいる旬の方からぶしゃっと何かが飛び散る様な音がした。
「ぐああああ!」
「...?」
恐る恐る背後を見ると、旬の首元に生首が噛みついていた。
「ひっ...!」
淳は後ろにたじろいた。
生首は旬の首元から歯を離すと、口から血が垂れ流しの状態で淳を睨んだ。
「塚に触れる者、敵と見なす」
生首は今度は淳に向かって大きな口を開き襲いかかってきた。
「うわあああ!」
淳は無我夢中で立ち上がり、その場から逃げようとすると、旬が足首を掴み転んでしまった。
「たす、けて...」
旬は血が吹き出る首元を押さえながら助けを求めた。
背後から迫ってくる生首を見ると、淳の意識は段々とぼやけていった。
そこからの記憶は一切覚えていない。
気がつけば大勢の人々に囲まれ港にいた。
上着を羽織り、大型の警察車両の後ろに座っていた。
海側を見ると一台の漁船が停泊しており、白い布をかけた何かが2人の警官によって担架で運ばれていた。
「君、ちょっといいかな?」
淳は横を向くと、1人の刑事が声をかけた。
淳は頷くと、警察署に連行されていった。
「なるほど、許可なく行ったんだね」
警察署のある部屋で、刑事は頭を抱えながら今までの経緯を淳から聞いた。
「あの、旬は、どうしたんですか?」
部屋の隅では警官が調書をとっていた。
「死んでいたよ、首がない状態でね」
淳は唖然とした。
「首が、ない...?」
「そう、首がなかったんだよ。更に見つかっていない」
刑事は神妙な顔つきで話した。
「10年前、今日と同じ事件が起きてね。君らと同じように友人2人で興味本位であの島に行ったんだ。だけど、誰1人生きて帰って来なかった」
刑事は深いため息をついた。
「今回、違うのはそれと、後は首はある状態で発見されたことだ。2人共、首に何か噛み付いた痕があり、目を見開いて死んでいたらしい。検死の結果、心臓発作だった」
淳は話を聞き、固唾を飲んだ。
「だとしたら、2人はさっき君が話してくれた生首を見たのかもしれない。まあ、馬鹿馬鹿しい話ではあるが...けど、今回は違う。何故、君だけ生きているのか」
「僕を、疑っているんですか?」
淳は肩を震わせた。
「誤解しないでくれ。誰かの声が聞こえたということは、君たち以外誰かがいた可能性もあるからね。まあ、今日は疲れただろう。帰ってゆっくり休みなさい」
刑事がなだめると、淳は宿泊先へ向かった。
早朝、淳は布団から起きると窓の外を見た。
靄がかかり、何も見えない状態だった。
「後で上司に電話しないと...」
淳は眠い目を擦り、体を起こすと朝の支度をして、宿から出た。
靄がかかり、前も見えない状態だった。
今、出ていくのは危険だ。
そう判断し、宿に引き返そうとした。
先程まであった宿がない。
淳は辺りを見回した。
「どうなっているんだ、これ」
見回すと、ぼうっとした光が前方に見えた。
ほっとして、光を目指すとあの首塚にいた。
「何だよ、これ...」
首塚には生首が浮いていた。
よく見ると、こちらを睨んでいる旬の生首だった。
淳は無言で尻餅を着いた。
「裏切り者」
旬は血の涙を流しながら呟いた。
「ごめん、なさい...」
淳は体を震わせながら涙を流しながら、昨日寺で聞いた伝承を思い出した。
「この首塚に邪な心を持つ者が触れる時、祟りが起きる」
淳は背後に気配を感じ、ゆっくりと振り向いた。
あの武将の生首がこちらを睨み浮いていた。
その日の夕方、刑事の呼び出しの電話をかけ直さない淳を心配して宿に向かうと窓際でぶつぶつ言っている神崎淳が座っていた。
署に連れていき、事情を聞くととんでもないことを言い出した。
「僕が旬を殺りました」
どういうことだ?と尋ねると、神崎淳はあの日の出来事を淡々と語った。
あの日、逃げた時、石の階段を急いでいると背後から旬の怒鳴り声が聞こえた。
「裏切り者!」
その言葉に何かがぷつんと切れ、過去の出来事を思い出した。
新卒で入った旬とは親友と言える仲だった。
悩んだ時は相談に乗ってくれたり何でも言い合える仲だった。
だが、ある日を境に旬は変わってしまった。
「あれ?社員カードがない」
淳はロッカールームで鞄やロッカーをくまなく漁った。
社員カードは毎日自宅に持ち帰り保管している。
淳は情報課に配属されており、会社には書庫がある。
書庫は情報課のみ解錠可能で、情報課の社員カードのみ入室出来る仕組みだ。
昨日は仕事帰り、旬と飲みに行った後、社員カードを鞄に入れっぱなしのまま今朝出社したつもりだった。
「淳、来たのか」
ロッカールームに旬が入ってきた。
「これ、忘れていたぞ」
旬は淳に社員カードを手渡した。
「お前、相当酔ってたもんな。テーブルに置き忘れていたぞ」
どうやら昨日、居酒屋のテーブルに社員カードを置き忘れていたらしい。
「ありがとう、助かったよ」
「俺に感謝しろよ?」
この時、淳は思った。
何故社員カードをテーブルに出したのか。
それに、昨日はそこまで酔っていない。
記憶もはっきりしている。
不審に思いながらも、淳は旬と一緒にオフィスに向かった。
オフィスに向かうと何やらざわめいている。
「何かあったんですか?」
淳は近くにいた社員に尋ねたが、何も答えず気まずそうに立ち去った。
周りが淳を見て何やらひそひそ話している。
「神崎君、ちょっと」
上司に声をかけられ、会議室に連れて行かれた。
「まあ、座ってくれ」
淳は椅子に座ると、上司も前に座り、深いため息をついた。
「実は、今朝、書庫に行ってみたら社内情報ファイルがいくつか無くなっていてね」
「え、そうなんですか!?」
淳は驚いた顔をした。
「...カードの使用履歴を見たら、最後の使用者は君になっていたんだよ」
「え...」
淳は顔が青ざめた。
「昨夜、23時に入室した履歴が残っていてね」
淳はあまりの衝撃に言葉が出なかった。
「警察には言わない。処分は追ってこちらから連絡する。ただし、言わない代わりにファイルは返してもらう」
「僕は、やってません...」
淳の答えに上司は再びため息をついた。
「昨日、帰る前に確認した時には全てあったんだ。俺が帰った後に会社に戻ってオフィスに誰もいないのを確認してから書庫を開けたんだろ?」
「だから、僕はやってません!」
淳は机をばんっと叩き訴えた。
「...じゃあ、何故履歴に残っている?」
「それは」
淳は昨日のことを思い出した。
昨日、旬と行った居酒屋でトイレに2回席を外した。
その時にカードを抜いて朝返せば犯行は可能だ。
「それは旬が、佐伯が」
「佐伯がどうした?」
淳は踏みとどまった。
親友を疑っていいのか、と。
「...いえ」
淳は黙ると、上司が思い出したように言った。
「そういえば、佐伯が言ってたぞ。君と飲みに行った後、自宅に戻らず会社の方向に戻るのを見かけた、と」
「え...?」
淳は頭が真っ白になった。
「とにかく、早くファイルを返してくれないか。会社としても大事にはしたくないんでね。もし、流出した場合、分かるよね?」
上司は淳に目も暮れず、部屋から出ていった。
淳はすぐに旬を倉庫に呼び出した。
「旬、どうして」
淳は体を震わせながら旬に言った。
「どうして、あんな嘘を」
旬は首を傾げた。
「何の話だ?」
「とぼけるな!お前だろ!?僕のカードで社内情報のファイル盗んだ奴は!!」
淳は旬の肩を持ち、壁に叩きつけた。
「それに、俺が会社に戻ったって何で、何であんな嘘を...」
しばらく沈黙の後、旬は淳を突き飛ばした。
「よせよ、俺がそんなことすると思うか?」
「それは」
淳は言葉を詰まらせた。
旬は何も言わずドアノブに手をかけると立ち止まった。
「俺、今度転職するんだ」
「え?」
旬は顔を振り返り歯をむき出しにして笑った。
「うちのライバル会社が条件次第で給料の5倍出すって言ってくれてさ。あるものを出したらたんまり報酬くれてな。いやー、いい会社だよ」
淳は呆然となった。
「まさか、情報を売ったのか...?」
「持つべきものは親友だな。違う会社行っても俺達仲良くしようぜ、淳」
旬はそう言うと立ち去った。
それから会社は業績悪化し、淳は謹慎処分になった。
警察には通報されなかったものの、淳の会社の信用は最悪なものだった。
「裏切り者はお前だろがああああ!!」
淳は旬の首を近くにあった鋭利な石で何度も打ち付けた。
「あの後、会社でどんな辛い想いをしたか分かってんのか?お前は新しい会社で充実した生活を送ってるんだろ?そうなんだろ!?」
ぐちゃっ、首が取れた。
淳は涙を流しながら生首を持ち上げた。
「仕上げた」
淳は生首を首塚の下に埋めた。
「裏切り者はお前だよ、旬」
淳は満足そうな顔でその場を去った。
その後、淳の証言から旬の首が見つかった。
淳は警察病院に入れられた。
マスコミが殺到し、外が騒がしい中、淳は布団を被りながら体を震わせた。
寺で聴いた話を思い出す。
「あの首塚に邪な心を持つ者が触れると祟りに触れる」
ずっと憎かった、ずっと苦しかった。
あの首塚が自分の心を救ってくれた。
「ありがとう」
ようやく平穏が訪れる、淳はにやりと微笑んだ。
祟り @maimare
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます